第二十三話「血と誓い」
静寂が森に戻ってきた。
俺はその場に立ち尽くしていた。
手に残る、グレンの胸を突き刺した短剣の生々しい感触。
鼻腔にこびりつく血の匂い。
そしてガチャスクリーンに映し出される二つの金色の光。
(SR【鋼鉄の皮膚】)
(SR【捕縛の鎖】)
課題は、クリアした。
だが俺の心には、達成感など一欠片もなかった。
「――どうやら、貴様は最初の『宿題』の答えを見つけられたようだな」
不意に背後から、低い声がした。
振り返るといつの間にか、そこにボールスさんが立っていた。
彼は俺の隣に立つと、倒れているグレンの亡骸を静かに一瞥した。
そして、俺の血に濡れた顔と、ガチャの結果が表示されたスクリーンを見比べる。
その瞳に称賛の色はなかった。
ただ、深い、深い憐れみのような色が浮かんでいた。
「おめでとう、アーサー・ベル」
彼は静かに言った。
「今日、貴様はやっと、あのモードレッドの背中が見える場所までたどり着いた」
「え……?」俺はか細い声で聞き返した。「人を殺した、この俺が、か?」
「そうだ。だからこそだ」
ボールスさんは俺から目を逸らさない。
「悔しいか、アーサー」
「……当たり前だ」
俺の目から、堪えていたはずの熱いものがこぼれ落ちた。
「俺は、誰も殺したくなんてなかった! だけど、殺さなければ俺が殺されていた! こんなのが、俺の目指すべき強さだなんて、絶対に認めねえ!」
魂の叫びだった。
俺のその叫びを聞いたボールスさんは、初めて静かに頷いた。
そして、スクリーンに浮かぶ漆黒の鎖を指差した。
「その鎖を見ろ。それは、貴様の血塗られた魂の叫びに、スキルが応えた結果だ。
それは、貴様が心の底から『殺したくない』と願った、何よりの証拠でもある」
「……!」
「いいか、小僧。お前のその甘ったれた理想を本当に実現させたいのなら、今のお前では力が圧倒的に足りん」
俺は手のひらの上に、(SR【捕縛の鎖】)を具現化させた。
闇そのものを練り上げたかのような、禍々しいほどに美しい漆黒の鎖。
鎖の一つ一つには古代のルーン文字のようなものが刻まれ、それはまるで罪人の魂を縛るかのように、静かに冷たい光を放っていた。
ずしりと、重い。
それは、ガチャの対価となった命の重さだった。
俺はその血塗られた鎖を、強く、強く握りしめた。
そして師の前で、新たな誓いを立てる。
「俺は、もう誰も殺さない」
「この力を使って、必ず殺さずに勝って見せる」
その血に濡れた誓いを聞いたボールスさんは、初めて満足げな笑みを浮かべた。
「よろしい。ならば、修行の第二段階だ」
彼はその場でゆっくりと拳を構えた。
「今から俺がお前の修行相手になる」
「……え」
「その鎖、使ってみろ。そして、この俺を捕縛してみせろ」
次の瞬間。
ボールスさんの拳が、俺の腹部にめり込んでいた。
「ぐ、はっ……!」
息ができない。
俺の体はまるで木の葉のように、数メートル吹き飛ばされた。
「修行はもう始まってるぞ」
ボールスさんは一切手加減する気はないようだった。
彼は倒れた俺に容赦なく近づいてくる。
俺は必死に鎖を振るい応戦する。
だが俺の素人同然の鎖の動きなど、この生ける伝説に通用するはずがなかった。
鎖は軽くいなされ、いとも簡単に懐に入られる。
そして殴られ、蹴られ、投げ飛ばされ、俺は何度も地面に叩きつけられた。
「目に頼るな!」
朦朧とする意識の中、ボールスの怒声が響く。
「相手の息遣いを、筋肉の動きを、闘気の流れを、その全身で感じろ! そして、次に何をしようとしているのか、考えろ!」
痛みで意識が遠のきそうになる。
だが俺は、倒れても、倒れても、立ち上がった。
そしてただひたすらに、鎖を振り続けた。




