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第1話 楽天家の日常、そして十連ガチャ

 俺、アーサー・ベルには、7年前より前の記憶がない。


 気づいた時には、そこは王都アストリアの孤児院だった。


 自分が誰なのか、親はどこにいるのか、親しい人間がいたのか、何も分からなかった。

 ただ一つ、身につけていた古びたネックレスに名前が刻まれていた。


「アーサー、か」

 孤児院の院長はそれを見て、刻まれた名をそのまま俺のファーストネームとしてくれた。

 そして、「いつかお前の過去を呼び覚ます、希望のベルになるように」と、「ベル」という姓も与えてくれた。


 アーサー・ベル。


 それが、記憶を失った俺の新しい名前だった。

 記憶はまだ戻らない。


 でも、いつか必ず、俺が何者だったのかを知る日が来る。

 この名に込められた願い通り、きっと。



 アストリア王国の歓楽街にある、昼時で賑わう酒場(夕凪亭)


 香ばしい肉の焼ける匂いと、大声で笑い合う者たちの喧騒が店内に満ちていた。

 その一角のテーブルで、俺は目の前に浮かぶ半透明な画面を前に、唸っていた。


 ガチャポイント:915 pt


「あと85ポイントかぁ」

 七年間、俺の生活を支えてきた唯一のスキル、【ガチャ】

 記憶を失った俺に残された、もう一つの謎だ。


 モンスターを倒すと手に入るポイントで、様々なものが召喚できる力だ。

 記憶が無いことをいつまでも落ち込んでいても仕方がない。

 だから、この能力を「ガチャ」と呼んで、前向きに楽しむことにしたんだ。


「なぁ、アーサー。また画面とにらめっこか。昨日の夜、カードで銅貨一枚残らずスッたばかりだというのに、懲りない男だな」


 ごつごつとした腕を組み、不機嫌そうに声をかけてきたのは、ケイ・グラントだ。


 筋肉質な体格に、精悍な顔つき。このパーティの「盾」であり、いつも俺を心配してくれる兄貴分である。


「うるさいな。あれは運が悪かっただけだ。それに、カードとガチャは別! 俺はガチャの神様に愛されてるぜ?」

 そう言って、俺は景気づけに単発ガチャを引く。


 画面が光を放ち、アイテムが排出された。

(古びた木のスプーン(N)を獲得しました)


「どこが愛されてるんだ!」

 と。ケイが呆れた声を上げたが、俺は気にも留めない。


「ま、こんなもんだろ。それに、Nのアイテムだって使いようによっちゃ、大化けするんだぜ」


 すると、肉料理を上品に切り分けていたエレイン・マリーゴールドが、くすりと笑った。

 オレンジがかった茶髪が、窓から差し込む光で柔らかな光を放っている。


 彼女は、俺たちのパーティの「賢者」だ。


「そうですね。この前も、アーサーは「空き瓶」を使って、敵の目を眩ませていましたから」

「だろ? 俺のひらめきにかかれば、ゴミも宝に変わるんだよ」

 エレインの言葉に、俺は胸を張る。


 彼女の茶色の瞳は、いつも真っ直ぐに俺を肯定してくれる。

 だが、その優しさの奥に時々、俺の知らない寂しさがよぎる理由を、俺はまだ知らない。


 この二人とは3年前に、この酒場で偶然知り合って意気投合し、パーティに誘われた。

 当時ソロで活動していた俺にとって、それは願ってもない誘いだった。

 それ以来、こんな感じで結構うまくやっていると思う。


 まあ、俺のギャンブル好きのせいで、慢性的な金欠だということを除けば。


「今日こそはいいもの引けると思ったんだがなぁ」


 1000ポイント貯めれば、SR以上が一つ確定の10連ガチャが引ける。

 強力なアイテムでも引ければ、記憶の手がかりに繋がるような難易度の高い依頼も受けられるはずなんだが、我慢できたことがない。


 分かってる。

 分かってるんだが、目の前のボタンを押さずにはいられないんだ。

 まあ、それが俺らしいってことで。


 三人の間に流れる、穏やかで他愛のない時間。

 この、かけがえのない日常は、俺の全てだ。

 だが、この日常は、「俺が何者なのかも分からない」という、砂上の楼閣でもある。

 いつか本当の自分を知らなければ、この幸せを、本当の意味で守ることなんてできない。


 だから、俺は戦う。

 記憶を取り戻す、その日まで。

 それが、今の俺にできる唯一のことだった。



 組合で「ゴブリン斥候の討伐」の依頼書を受け取った俺たちは、アストリア王都の南門から、歩いておよそ一時間の森に来ていた。


「いたぞ、数は8匹。聞いていたより少し多いな」

 茂みの陰から、ケイが静かに告げる。


「俺が正面の5匹を引き受ける。エレインは援護を。アーサーは、横から回り込んでくる3匹を頼む」

「了解!」

 俺はニヤリと笑って、腰の剣の柄を握った。

 ケイの突撃を合図に、戦闘が始まった。


 巨大な盾を構えたケイが、正面から殺到する5匹のゴブリン全てを、いとも容易く受け止める。

「風よ、彼の盾となりなさい!」

 後方から、エレインの澄んだ声が響き、風の精霊がケイの盾に薄い障壁を張る。

 ケイの方は心配なさそうだ。


 おれの相手は、残りの3匹。

 案の定、奴らはケイを避け、俺とエレインがいる側面へと回り込んできた。

 リーダー格らしき、少し体の大きいゴブリンが、下卑た笑みを浮かべている。


「サービスだ、涙と鼻水でも拭いときな!」

 俺はこっちへ向かってくるリーダー格のゴブリンの顔の前に、それを具現化させた。

(ひどく汚れた雑巾(N))

 強烈な悪臭を放つ雑巾に視界を塞がれ、リーダー格は「ぎゃっ!?」と奇声を上げて体勢を崩した。


 その隙を、俺は見逃さない。

 体勢を崩したリーダー格と、それに気を取られた残りの二匹に素早く斬りかかり、沈黙させた。


「ケイ、加勢する!」

 俺は、なおも盾で5匹の攻撃を受け止め続けるケイの元へ駆け寄る。


 側面からの俺の攻撃にゴブリンたちの注意が逸れたその一瞬、ケイが貯め込んでいた力を爆発させゴブリンたちをノックバックさせた。

「終わりだ!」

 ケイの剛腕が振るう剣と俺の刃が、残りのゴブリンを一掃した。



 街に戻り、組合で報酬の80ゴルを受け取った後、俺はすぐに頭の中のスクリーンを確認する。

 今日消化してしまった単発ガチャ分も、道中で遭遇したモンスターで稼ぐことができた。


(ガチャポイント:1012 pt)

「よし!」

 俺は、思わずガッツポーズをした。



 その夜。

 宿屋の、俺たちの部屋。


 ケイとエレインが見守る中、俺は大きく深呼吸をした。

「よし、お前ら、見てろよ! SR以上確定、10連ガチャの時間だ!」


 俺の言葉に応えるように、目の前に半透明のスクリーンが現れる。

 そのスクリーンは、俺たちパーティメンバーにしか認識できない、三人だけの秘密の光景だ。


 画面に表示された「10連ガチャ」のボタンを、俺は祈るように、力強く押し込んだ。

 まばゆい光が部屋を満たし、十個のカードが画面上で裏返っていく。


 最初の一枚、二枚八枚目までは、NやRの見慣れた光。


 だが、九枚目のカードが裏返った瞬間、これまで見たこともない、鮮やかな虹色の輝きが俺たちの視界を覆った。


最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

新人作家の、しきです。


記念すべき第一話の投稿になります。

本日は3話迄投稿、以後は毎日更新の予定となります。


皆様からの応援が、執筆を続ける、何よりの燃料です!


「まあ、読んでやってもいいか」と思っていただけましたら、

ぜひブックマークと評価で応援していただけると、めちゃくちゃ嬉しいです!

次回も、よろしくお願いします!


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