第十三話「遺跡での最初の稽古」
遺跡の中枢ドームは、不思議なほど静かだった。
俺は、瞑想するボールスさんの前に、膝をついたまま、その答えを待っていた。
「俺に、戦い方を教えてください」
俺の覚悟を値踏みするように、じっと俺を見つめていたボール-スさんは、やがて、重々しく口を開いた。
「貴様には、才能がない」
その言葉は、あまりにも無慈悲な、事実の宣告だった。 だが、俺は、ここで引き下がるわけにはいかない。
「それでも、です! 俺は、強くならなきゃいけない。モードレッドに、勝たなきゃいけないんだ!」
俺が、食い下がるように叫ぶと、ボールスさんは、ふっと、その口元に、面白そうな笑みを浮かべた。
「・・良かろう。その目、気に入った。お前に、その資格があるか、試してやる」
彼は、おもむろに立ち上がると、足元に無数に転がっている瓦礫の欠片の中から、一つを軽く蹴り、俺の目の前に転がした。
「朝日が昇るまで、あとおよそ3時間」
「それまでに、その小石を使ってこの俺に一撃でも食らわせてみせろ。剣の使用は禁止だ。それ以外は、何をしても自由だ」
スキル派最強の男に、ただの小石で、一撃を。 あまりにも、無謀な課題だった。 だが、俺にはもう、退路はない。
「・・分かりました。やります」
そのやり取りの間、ケイとエレインは、俺たちのことを見守っていたが、傷と疲労で、もう限界だったのだろう。 いつの間にか、壁際に座り込んだまま浅い眠りについていた。
俺はそんな二人に、ストックからいくつかのボロ切れの布を具現化させ、そっとかけてやった。
ボールスさんは、ドームの中心に、仁王立ちになった。
そこから、1時間。 俺は、足元に転がる小石を、次々と拾っては投げつけた。
真っ直ぐに投げても、指一本でいなされる。
回転をかけて投げても、最小限の動きでかわされる。
フェイントを入れても、見透かされる。
2時間が経過。
汗が、全身を伝う。
息が上がる。
「だめだ、全く当たらない……」
「貴様の殺気が、石の軌道を教えてくれている。それだけのことだ。その足らない頭を使って、よく考えろ」
ボールスさんの、鋭い言葉が突き刺さる。
残り1時間。
俺は、その場に、大の字に寝転がった。
ダメだ。全く、勝筋が見えない。 (頭・・? 思考法・・? ボールスさんは、俺の頭を使えと言ったのか・・?)
俺は手のひらの上のただの石ころを、じっと見つめた。
こいつは武器じゃない。
じゃあ、なんだ?
俺はこの単なる石ころで、一体、何をすればいいんだ・・?
その時だった。
(・・待てよ)
俺の脳裏に、一つの記憶が、閃光のように蘇った。
ルナを再起動させた時のことだ。
あの時、俺が使ったのはガチャで手に入れた(SR【古代の動力炉】)。
そして、あの魔石は、この遺跡の動力炉と共鳴して、ルナを目覚めさせた。
(そうだとしたら・・この遺跡のシステムは、俺のガチャから出てきたアイテムに反応するんじゃないか?)
だが、どこを、どうすれば?
俺が、そこまで考えた時、肩の上のルナが、静かに口を開いた。
「マスター。何か、お探しですか?」
「ルナ! そうだ、お前なら!」
俺は藁にもすがる思いで、彼女に尋ねた。
「この遺跡のどこかに、俺のガチャアイテムで、何か、作動させられるような場所はないか?」
ルナの瞳が、淡い光を放つ。
彼女はこのドームの内部を、高速でスキャンしているようだった。
「・・解析完了。マスターの背後、5メートルの位置にある床の紋様。古代の低レベルメンテナンス用ターミナルと特定。マスターのスキル由来のエネルギーに反応し、診断用の発光シーケンスを起動する可能性があります」
「・・やっぱりか!」
俺の予想は、確信に変わった。
見つけた。
このあまりにも無謀な課題の、たった一つの勝ち筋を。
俺は、立ち上がった。
そして、口の端に、不敵な笑みを浮かべた。
俺はまず、足元から「ただの石」を拾うと、下手投げで、ふわりと、山なりになるように投げた。
石は、ボールスさんの頭上を大きく越えていく。
彼はその軌道を見て、また陽動かと興味を失ったように動かなかった。
そして俺は、二投目を投げるフリをしながら、一瞬の指先の動きだけで、二つの石をすり替えた。
俺の手の中にあるのは、ガチャ産の(N【小石】)。
この一投に、全てを賭ける!
コトン、と
俺が投げた二投目の石は、狙い通り、ルナが示した紋様の結節点の上に完璧に着地した。
その瞬間だった。
カシュンッ! という、空気が抜けるような軽い作動音。
そして、ボールスさんが立っていたその足元の床の紋様が、一斉にまばゆい光を放った。
「なっ!?」
その強烈な光と、足元から響く振動にさすがのボールスさんも、咄嗟にその場から一歩飛び退いた。
絶対的な強者に見せた、ほんの一瞬の「隙」。
俺は、それを見逃さなかった。
光に目が眩んだ彼のがら空きの懐に、俺は獣のように飛び込んでいた。
そして、渾身の力を込めた拳をその鋼鉄の腹に叩き込んだ。
「うらァッ!」
しん、とドームに再び静寂が戻る。
床の光も、収まっていた。
ボールスさんは自分の腹にめり込んだ俺の拳と、そして、悪戯が成功した子供のように笑う俺の顔を、交互に見た。
そして。
「・・ぶはっ」
不意に、噴き出した。
やがて、その笑いは腹の底から響くような豪快な大笑いへと変わった。
「ぶ、ははははは! そうか、そうきたか! 己のスキルと仲間を信じ、本質を『推察』し、遺跡のシステムを利用して隙を作り、最後は、その拳で決めるか!」
彼はひとしきり笑うと、最高に満足げな顔で頷いた。
「合格だ。アーサー・ベル」
「お前は、この状況で、物理的な力ではなく、『思考の力』で、俺の防御を完璧に破ってみせた。その最後の拳は、その結果にすぎん。見事な『一撃』だった」
ボールスさんは俺の前に来ると、その巨大な手で俺の頭をわしわしと撫でた。
朝日が昇り始めていた。 時間切れギリギリだったらしい。
ボールスさんは俺に背を向けると、瓦礫で塞がれた通路へとゆっくりと歩き出した。
「道を開ける。行くぞ」
彼はその巨腕に【轟雷の篭手】を再び装着すると、巨大な岩盤に向かって無造作にそれを叩きつけた。
ゴウッ!と、雷鳴が落ちたかのような轟音が響き、瓦礫がまるで小石のように粉々に砕け散っていく。
彼は瓦礫の山の中に俺たちが通れるだけの道を作ると、俺の方を振り返った。
「だが、この課題は、終わりではない」
「スキル派の修練場に着くまでの『宿題』だ。今の思考法を、どうすれば、貴様のガチャスキルに応用できるか。答えを見つけておけ」
そう言い残し、ボールスさんは、仲間たちを起こすように促した。
俺は床に転がる小石を拾い上げると、それをお守りのように強く握りしめた。




