閑話3「獅子は静かに夢を見る」
――ボールスの視点――
遺跡の中枢ドームは、不思議なほど静かだった。
崩落の轟音も、外界の喧騒も、この分厚い古代の壁が全てを遮断している。
俺は、目を閉じ、瞑想によって、【獅子奮迅】で消
耗した生命力を、ゆっくりと回復させていた。
だが、俺の心は、静寂とは程遠い場所にいた。
(……モードレッド・アシュフォード)
脳裏に蘇るのは、あの金色の悪魔が振るった、双剣の軌跡。
一撃一撃が、若さゆえの荒削りさを持ちながらも、その剣筋に宿る才能は、疑いようもなく本物。
……あと数年。
あいつが成長しきってから戦っていたら、今の俺ですら危うかったかもしれん。
いや、もし奴が、アーサーへの憎しみという「私情」に囚われていなければ、今この瞬間ですら押し切られていた可能性があった。
それほどの、傑物。
そして、その才能は、俺がよく知る、一人の男の面影を色濃く映し出していた。
(ガウェイン……お前の見る悪夢は、これほどの化け物を生み出したか)
俺は、ゆっくりと目を開け、ドームの片隅で眠る、三人の若者たちに視線を移した。
ケイ・ランカスター。
堅実な盾役だ。
己の役割を正確に理解し、命を賭して仲間を守る、PTの要となる男。
だが、その瞳の奥には、何か、俺たちには言えぬ秘密を抱えている者の、深い苦悩の色が見える。
エレイン・エア。
類まれなる精霊使い。
彼女ほどの才能を持つ者は、魔法派の貴族どもでもそうはいないだろう。
だが、彼女のその優しすぎる心が、いずれ、彼女自身を壊わさねばいいが。
そして――
アーサー・ベル。
俺は、静かに眠るその寝顔を見ながら、先ほどのやり取りを思い出していた。
「俺に、戦い方を教えてください」
「貴様には、才能がない」
俺の言葉に、奴は絶望もせず、ただ、悔しそうに唇を噛み締めていた。
あの目は、まだ死んではいない。
才能がない、というのは、本心だ。
少なくとも、モードレッドのような天賦の「剣才」は、あの男にはない。
いくら修行を積んでも、剣士としてモードレッドを超えることは、決してないだろう。
だが――と俺は思う。
あの男には、剣才とは全く別の、得体の知れない「何か」がある。
常識外れのガチャスキル。
Nランクのガラクタすら、時に戦局を覆す武器に変える、土壇場の発想力。
そして、あのケイとエレインが、命を賭けてまで守ろうとする、不思議な求心力。
それは、正統な強さではない。
王道ではない。
あまりに歪で、危うくて、そして、底が見えない。
(まるで、かつての、あなたを見ているようだ。ガウェイン)
かつて、スキル派の頂点に立ち、「太陽」と呼ばれた、俺の師匠。
そして、王家の闇に触れ、全てを失い、反逆者の汚名を着せられて、歴史から消えた男。
俺は、アーサーの中に、あの男と同じ「光」と、そして同じ「破滅の匂い」を、感じ取っていた。
だからこそ、俺は来た。
命令を破ってまで、この若者たちを助けに来た。
歴史を、繰り返させてはならない。
あの日の悲劇を、二度と。
俺は、静かに立ち上がった。
そろそろ、この大馬鹿者に、稽古をつけてやる時間らしい。
俺が近づく気配に気づいたのか、アーサーがゆっくりと目を開けた。
その隣で、ケイとエレインも、傷ついた体をゆっくりと起こし、警戒するように俺を見ている。
「ボールスさん……」
「少しは休めたか、アーサー」
俺が問うと、奴は、まだ少し気まずそうに、しかし、まっすぐな目で頷いた。
その瞳には、先ほどの絶望の色はない。
「お前は、俺に戦い方を教えろと言ったな」
「……はい」
「良かろう。貴様のその【ガチャ】というスキル、その真髄を教えてやる」
「し、真髄?」
俺の言葉に、アーサーは、目を丸くした。
「貴様は、あのスキルのことを、ただ運良くアイテムが手に入る、便利な力としか思っていないだろう。赤子同然だ」
俺は、はっきりと、奴の甘い考えを断ち切る。
「スキルとは、生き物だ。使い手の意志と経験に応え、形を変え、成長する」
「貴様のスキルは、まだ、生まれたての雛にすぎん。本来の可能性の、一割も引き出せていない」
俺の言葉に、アーサーだけでなく、ケイとエレインも、息を呑んで聞き入っている。
「俺がお前に教えるのは、剣の振り方ではない。モードレッドを剣で超えることなど、未来永劫不可能だ」
「俺が教えるのは、貴様のそのスキルを**『成長』させ、その『本質』**を掴むための、思考法だ」
「思考法……?」
「そうだ。今までは、ただの『運任せの博打』だったそれを、これからは**『再現性のある戦略』**に変える」
「それが、俺がお前に課す修行の、全てだ」
「最初の稽古だ」
俺は、懐から、一つのアイテムを取り出して、アーサーの足元に放り投げた。
カラリ、と乾いた音がする。
それは、どこにでもある、ただの(N【小石】)だった。
「それを拾え」
アーサーは、戸惑いながらも、その小石を拾い上げる。
「朝日が昇るまで、あとおよそ三時間」
「それまでに、その小石を使って、この俺に一撃でも食らわせてみせろ」
「もちろん、剣の使用は禁止だ。使っていいのは、その小石と、貴様のその頭だけだ」
俺の言葉に、三人が絶句した。
スキル派最強と呼ばれたこの俺に、ただの小石で、一撃を。
それが、どれほど無謀なことか、こいつらも分かっているはずだ。
「不可能だと、思うか?」
俺は、静かに問いかける。
「その小石は、貴様のガチャから出てくる、最も価値のない『ハズレ』だ。そのハズレの中に、万に一つの勝ち筋を見出す。それこそが、貴様のスキルの真髄への、第一歩だ」
アーサーは、手のひらの上の、小さな、あまりに無力な小石と、俺の顔を、交互に見つめている。
やがて、奴の顔に、いつもの、不敵な笑みが浮かんだ。
「最高に、面白え」
その瞳に、再び、闘志の火が宿るのを、俺は、確かに見た。
これで第一章は終了となります。
次回から、アーサーた達の成長を描く修行編が始まります。




