第十話「絶対的な剣」
パチ、パチ、パチ。
俺の言葉を遮るように、研究所の入り口から、ゆっくりとした拍手の音が響いた。
俺たちが驚いて振り返ると、そこには、一人の青年が、凍てつくような笑みを浮かべて立っていた。
闇の中で、太陽のように輝く金色の髪。
血のように赤いスカーフ。
そして、全てを見透かすような、鋭い青い瞳。
その整いすぎた顔立ちは、まるで神が作り出した最高傑作のようだったが、そこからは一切の温もりが感じられなかった。
「おめでとう。その通り、君の『神引き』だ。そして、僕の手間も省けたよ」
その声も、その顔も、俺は知らない。
なのに、なぜだろう。
俺の魂が、その男の存在を、知っていると叫んでいる気がした。
だが、それ以上に俺を驚かせたのは、仲間二人の反応だった。
ケイは、まるで亡霊でも見たかのように、顔を真っ青にして、固まっていた。
エレインは、口元を手で覆い、その茶色の瞳からは、大粒の涙が、音もなくこぼれ落ちていた。
「モードレッド」
エレインが、か細い声で、目の前の男の名を呼ぶ。
モードレッド。
その名前を聞いた瞬間、また、頭の奥がズキリと痛んだ。
「てめえ、誰だ! なんで、エレインたちが!」
俺が剣を構えながら叫ぶと、モードレッドと呼ばれた男の、氷の笑みが、憎悪に歪んだ。
「7年だ。僕は、7年間、一日たりとも忘れなかった。あの日の炎を、歓声を、そして、手のひらを返したあの村人たちの顔を!」
彼の青い瞳が、剥き出しの殺意を宿して、俺ただ一人を射抜くように見つめる。
「お前は、全て忘れて、何も知らず、ケイとエレインに守られながら、馴れ合っている。お前のせいで、僕は! 僕が、どれだけの地獄を味わったと思っている!」
「何の話だ!」
「その研究資料と、オートマタは、僕がもらう。それは、僕と、僕の妹を裏切ったこの世界に、報復するために必要なものだ」
モードレッドは、ケイとエレインに、心底理解できないものを見るかのような、憐れむような視線を向けた。
「なぜ、そんな抜け殻を守っている? 邪魔をするなら、お前たちも容赦はしない」
そして、彼はすっと双剣を構えた。
その切っ先は、真っ直ぐに俺だけを捉えている。
「死ね、アーサー」
「ふざけるな!」
最初に動いたのは、ケイだった。
「モードレッドッ!」
ケイが、悲痛な叫びと共に、巨大な盾を構えて突進する。
大型魔獣すら止める、重戦車の突撃。
だが、モードレッドは、まるでそよ風を避けるかのように、ひらりと半身をずらしただけだった。
「遅い」
冷たい声が響いた瞬間、男はケイの懐に潜り込んでいた。
いつの間に抜いたのか、その両手には、青い燐光を放つ二本の剣が握られている。
ケイが慌てて盾を構え直した、その瞬間。
モードレッドの双剣が、十字を描いて盾に叩きつけられた。
ゴウッ!と、鉄と鉄がぶつかる音とは思えない、爆発のような轟音が響き渡る。
「ぐっぉおおおっ!」
ケイの巨体が、数メートルも後方へと吹き飛ばされた。
彼が咄嗟に地面に突き立てた足が、石畳に深い溝を二本も刻んでいる。
そして、俺たちは見てしまった。
大型魔獣の突進すら無傷で受け止めていた、ケイの自慢の巨盾の表面に、くっきりと亀裂が走っているのを。
「ケイ!」
「きゃあっ!」
甲高い悲鳴。
見れば、衝撃の余波だけで、魔力を使い果たしていたエレインの華奢な体が、木の葉のように宙を舞い、壁際まで吹き飛ばされていた。
だが、モードレッドは、ケイを吹き飛ばした体勢のまま、流れるような動きで片方の剣を横薙ぎに振った。
青い燐光を放つ斬撃そのものが、刃から離れて宙を舞い、エレインの足元の石畳を抉る。
追撃を許さない、完璧な一手だった。
「さて、と」
モードレッドは、倒れた二人から視線を外し、ゆっくりと、俺の方へと顔を向けた。
その青い瞳には、もはや憐れみも、冷徹さもない。
ただ、7年分の憎悪と、狂気と、そして、ほんの少しの悲しみが、濁流のように渦巻いていた。
「アーーサァァァァァァッ!」
魂ごと削り取るような、絶叫だった。
俺は、剣を握りしめ、彼の憎悪を真正面から迎え撃った。
モードレッドが繰り出す、殺意の嵐のような連撃。
俺はそれを、必死に、ただ必死に弾き、受け流し、後退する。
一歩間違えば、即死。
そんな攻防が、既に数十秒は続いていた。
(こいつの一撃、重すぎる! もし、さっきガチャで引いたこの剣じゃなかったら、最初の一合で、剣ごと叩き斬られていた!)
強い。
俺の剣技も、決して未熟なはずじゃない。
だが、目の前の男の双剣は、まるで感情の奔流そのものだ。
俺の全ての攻撃をいなし、捌き、そして的確に急所だけを、執拗に狙ってくる。
まるで、俺の次の動きが、全て分かっているかのように。
ガキンッ!
ひときわ甲高い音と共に、俺の手から剣が弾き飛ばされた。
がら空きになった俺の喉元に、モードレッドの冷たい刃が、ぴたりと突きつけられる。
「終わりだ。アーサー」
絶体絶命。
その時だった。
「させるかァァッ!」
倒れていたはずのケイが、絶叫と共に、俺とモードレッドの間にその巨体を割り込ませた。
そして、地面に盾を突き立て、全身から黄金の光を溢れ出させる。
【絶対防御】!
光は、ケイ自身の肉体を、鉄壁の要塞へと変えた。
モードレッドの剣が、その身を挺したケイの盾に叩きつけられ、激しい火花を散らす。
「ケイ!」
「今よ、アーサー!」
ケイが稼いだ、ほんの数秒。
それを、エレインが見逃すはずがなかった。
彼女は、いつの間にか詠唱を終えていた。
杖の先に、眩いほどの光が収束している。
「風よ、嵐よ、我が声に応えよ! 彼の者を貫く、神罰の槍となれ!」
上級精霊魔法、【ゲイルボルグ】!
エレインの全力。
彼女の持つ魔力の全てを注ぎ込んだ、最大威力の攻撃魔法。
緑色の光を纏った、巨大な竜巻の槍が、ケイの盾をこじ開けようとしているモードレッドへと放たれた。
これに、俺も続くしかない!
俺は、弾き飛ばされた自分の剣を拾い上げる。
(クソッ! 頭の中でストックを確認する。R【ポーション】N【ロープ】。ダメだ、こんな高速戦闘じゃ、使えるものが何一つねえ!)
ならば、信じるのは、この剣だけだ。
こいつの力を、全部引き出す!
「うおおおおっ!」
俺が魔力を注ぎ込むと、SR【風禍ノ剣】の刀身に刻まれた紋様が、眩い光を放ち始めた。
風の精霊が、俺の呼び声に応えてくれる。
ウェポンスキル、【天翔ける風牙】!
俺が剣を振るうと、翠色の斬撃が、エレインの竜巻の槍と螺旋を描くように絡み合い、一つの巨大な嵐となって、モードレッドへと殺到した。
これが、俺たちの、今出せる全ての力。
だが、モードレッドは、笑っていた。
迫りくる巨大な嵐を前にして、彼は、ただ静かに、双剣を構え直した。
「双剣術、奥義【凪】」
モードレッドの双剣が、陽炎のように揺らめいた。
次の瞬間、俺には何が起きたか分からなかった。
ただ、耳をつんざくような風切り音と、無数の閃光が、目の前で弾けた。
気づいた時には、俺たちが放ったはずの巨大な嵐は、跡形もなく消え去っていた。
まるで、最初から何もなかったかのように。
そして、俺の前に立ちはだかっていたケイの巨体が、「ぐっ」という呻き声と共に、後ろへと吹き飛ばされた。
モードレッドの一撃を受けた巨大な盾が、悲鳴のような金属音を立てて砕け散り、【絶対防御】の光がガラスのように消える。
「ケイ!」
俺の叫びも虚しく、ケイは砕けた盾の残骸と共に地面に倒れ伏し、動かない。
「きゃあっ!」
見れば、衝撃の余波だけで、魔力を使い果たしていたエレインの華奢な体が、木の葉のように宙を舞い、壁際まで吹き飛ばされていた。
やめろ。
その光景を見た瞬間、頭の奥で、焼印を押し付けられたかのような激痛が走った。
知らないはずの光景が、意味のない映像の断片となって、思考をかき乱す。
砕ける盾。
悲痛な悲鳴。
そして、血に濡れた、金色の髪。
「ッ!」
声にならない叫びが、頭蓋の内側で反響する。
「ぐぁっ!」
俺は、頭を押さえて、その場に膝をついた。
なんだ、今のは?
息ができない。
心臓が、嫌な音を立てて軋んでいた。
「これが、君たちの全力か」
膝をつく俺の前に、モードレッドが、心底つまらなそうに、呟いた。
彼の双剣の切っ先が、再び、俺の喉元に向けられる。
「なら、終わりだ。死ね、アーサー」




