プロローグ
三年前。
一枚の写真がインターネットにアップロードされた。
写真に写っていたのは、まるで雪のように降る灰と全てを焼き尽くし静寂の中でどこか遠くを見つめる物憂げな少女だった。その黒髪には白い灰が積もり、頬には灰で黒い一線が引かれていた。
それでも少女の夜空のような長い黒髪と、琥珀色の大きな瞳の美しさが、多くの人々を魅了した。
写真はすぐに拡散され、誰もが少女の正体を探ろうとするが答えに辿り着く者はいなかった。
そして、写真の少女はこう呼ばれることとなる。
"憂鬱なシンデレラ"
時は現在。
ゴールデンウィークが明けて二週間後の朝。
人々が写真のことを忘れかけた今日この頃。多分、あの写真の少女が俺の目の前に座っている。
「おい、口元にパンくずが付いてるぞ」
朝食の食パンをお供に通学しようとする彼女に指摘すると、まるで興味がないような『……そ』とだけ返事をして、そのまま席を外した。
美人の癖に、自身の容姿に興味がないのか、それとも照れ隠しか……いや、彼女の性格からして前者だろう。
彼女の名前は"月我瀬 夜弥"。
この国の治安の要とも言われる月我瀬家の御息女で、この界隈では有名な"魔術師"の一人。
先ほどの通り性格は冷静沈着というよりか、自身にも周りの人間にも興味がまるでないようだ。まるで感情をどこかに置き忘れたような、そんな空虚さが彼女にはあった。
なんせ年頃の男子が住む家……つまり我が家なんだが、そんなところへ荷物一つ持たずに居候を始めたのだ。
こうなった原因は————
「お兄ちゃん。なにボーッとしてんの? 遅刻するよ」
「……あぁ」
気の抜けた返事が気に食わなかったのか円は俺に眉を寄せながら耳打ちする。
「……夜弥さんには絶対に手を出しちゃダメだよ」
「なっ……! 出すわけないだろ!?」
確かに彼女は美人ではある……美人ではあるが、こんな愛想もなく、可愛げもない不感症女だ。俺のタイプは笑顔の似合う守ってあげたくなるような女の子だ。
「ただでさえお兄ちゃんはセクハラまがいの魔法で……」
「いや、あれは事故だッ! しかたないだろ!」
あぁ……確かに事実だがそれとこれとでは話が違う。
「こんなことがバレたら月我瀬の御家とモメるよ」
確かに月我瀬家と揉め事なんて面倒事は勘弁だ。現時点で俺と彼女は二人揃って互いの人生を狂わすほどの大きな問題を抱えているのだから————……