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番外編② 悪魔のはじまり

櫂理君が最恐ボディーガードとなるルーツ。



「櫂理、今日から莉子ちゃんがあなたのお姉さんよ。私達はこれから家族になるの」



俺の誕生日を向かえてから数日後のこと。


あの時の出来事は今でも鮮明に覚えてる。


母親が再婚すると聞いて、抵抗を感じながら渋々莉子達と初めて顔を合わせた日。



そこから世界が一変した。




「初めまして。宇佐美莉子です。あの……これから、よろしくね櫂理君」


そう恥じらいながら恐る恐る差し伸ばされた手を、俺は暫く握れなかった。




めちゃくちゃ可愛い。



莉子を見て初めに思ったこと。



そして、幼いながらに俺はそこで全てを悟った。



莉子を“姉”として見ることは、おそらくこの先一生ないということを。





__数年後。




「ねえ、櫂理君って好きな子いるの?」


期末テストが終わり、久しぶりに莉子と一緒に下校した日。

突然投げられた質問に、俺は思わずその場で立ち止まってしまう。


「………………いない」


それから、どう答えようか迷ったけど、とりあえず今は混乱させてはいけないと。

短い間で脳をフル回転させ、そう結論に至った俺は無難に答えた。


「もしかして、莉子は好きな人いるのか?」


そして、瞬時に浮かんできた疑問をすぐに吐き出してみる。


こんな質問をするということは、十中八九そんな気がして、緊張と不安で徐々に鼓動が早くなっていく。



「……えと、好きな人っていうわけではないけど、気になる人なら……」


「誰?」


そして、嫌な予感が的中した瞬間、俺は莉子の言葉を遮り即座に聞き返した。


「え?あの……同じクラスの橋本君。でも、本当にただ気になるだけだよ。橋本君はクラスの人気者で、誰にでも優しいの。だから、ちょっといいなって思って」


俺の食い気味な反応に若干戸惑いながらも、照れくさそうに教えてくれた莉子の表情はすこぶる可愛くて。

話してる内容が違ければ、このまま見惚れてしまうくらい。


でも、そんな余裕は当然あるはずもなく。


心の底から湧き上がる憎悪と嫉妬で、今にも気が狂いそうになっていく。



「これ誰にも言わないでね。櫂理君だけ特別」



一方、俺の心境なんて露知らず。

これまた蕩けるような笑顔で向けられた“特別”という単語が、これ程までに憎いと感じたことはなかった。




橋本。



誰だそいつは。



これまで、男の話は一切してこなかった莉子が気になるなんて、一体どんな奴だ。




今日も今日とてボクシングジムでトレーニングに励む中。


未だ収まることのない怒りのせいか、いつもよりパンチ力が上がり、サウンドバックを叩く音が部屋中大きく響き渡る。



「おー。今日はやけに精が出るな。てか、お前本当に伸び代すげーよ。真面目に大会出ないか?」


すると、その様子を隣で傍観していたトレーナーは突然真顔でそんな提案をしてきて、全くその気になれない俺は鼻で笑った。


「そもそも、俺が強くなりたいのは全部莉子のためだから。大会とかそういうの全然興味無いし」


そして、胸の内を隠すことなく堂々と曝け出す。


「お前中学になってもまだ姉さん好きなんて、本当一途な奴だよな。なんか……おじさんドキドキする!」


「おい。壊滅的に気持ち悪いから、それ止めろ」



スキンヘッドで体格が良く、普段は強面なヤクザみたいな顔をしているくせに。


人の色恋話になると、まるで噂好きの女みたいになるのはどうにかならないものだろうか。 



でも、何だかんだ実力は確かなので、俺がここまで強くなれたのは、全部このおっさんのお陰だと言っても過言ではない。



このボクシングジムを見つけたのは、単なる偶然だった。


莉子には友達の紹介だって言ったけど、本当はそうじゃない。


たまたま通り掛かったところにジムがあり、単身で乗り込んで理由を話したら、色恋話好きなおっさんのツボにハマったようで。


俺の要求をあっさり引き受け、しかも会費は要らないと言ってくれた。


けど、その条件として俺の恋愛事情を教えることとなり、話に食いつく姿はなかなかに気持ちが悪い。




「……で、お姉さんに気になる人が出来たのか。どうするんだ?ここは潔く身を引くのか?」


「まさか。そう簡単に諦めるわけないだろ」


とりあえず今日のことをトレーナーに話したら、これまた興味津々な目を向けてきたので、その視線を鬱陶しく感じながらも、俺はキッパリと断言した。



……そう。


こんなことで諦めるなんて、絶対にありえない。



それに、莉子の意識が別の男に向いていたとしても、まだやれることはある。



そもそも、莉子は“弟”の俺にとことん甘く、何をやっても大抵のことは許してくれる。



だから、例え恋愛対象になれなくても、その特権を思う存分使っていけばいい。




それが、今の俺が出来る唯一の抵抗だから。





__翌日。




「宇佐美さーん、弟君来てるよー」



授業が終わり、昼休みが始まる頃。

俺はあるものを持って莉子の教室に顔を出した。


「櫂理君どうしたの?珍しいね」


俺の姿を見るや否や、小走りでこちらに駆け寄ってくる莉子の姿はまるで小動物みたいで、そのまま抱き締めたくなる衝動をなんとか堪える。


「ごめん、莉子の体操着間違えて持ってきた。俺のそっちにある?」


そう言うと、俺は《《わざと》》取り違えた莉子の体操着を差し出し、困ったような表情をしてみせた。


「あ、多分あると思う。ちょっと待って……」


そして、慌てた様子で席に戻ろうとする莉子の手を、咄嗟に掴む。


「ねえ、橋本ってどれ?」


それから本来の目的を果たそうと、俺は目を光らせながら莉子にそっと耳打ちした。


「……あ、えっと…………あの窓際の一番前に座っている人」


不意に投げられた質問に戸惑いながらも、こっそり指をさして教えてくれた人物に俺は視線だけ向ける。



そこに立っていたのは、そこそこのイケメンで、短髪小麦肌のいかにもサッカー部員みたいな爽やか系な男。


莉子の言ってたとおり女子に人気なようで、昼休み始まって早々既に何人かに囲まれていた。



「莉子はああいうのがタイプなの?」


「分かんない。でも格好いいなって思う」


ふつふつと湧き上がる怒りを何とか表に出さないよう静かに尋ねると、恥じらいながら上目遣いをされ、その可愛さが余計苛立ちを助長させる。


そして、気付けば手が勝手に動き、俺は莉子の顎を無理矢理引き上げた。



「か、櫂理君!?みんなが見てるよ!?」



まさか公衆の面前でこんなことをされるとは、思ってもみなかったであろう。


莉子はかなり焦った様子で訴えてくるけど、この手を振り解こうとしないのは、やっぱり俺への甘さがあるから。


だから、その弱みに漬け込んで、俺は更に顔を近付ける。


「なあ、俺とそいつどっちが格好いい?」


それから、目線を合わせて俺は莉子の揺れる瞳を捉えた。



「う……。それは……」


「それは?」



俺から視線を逸らし、耳を真っ赤にしながら言い淀む姿を見る限りだと、答えは聞かずとも分かる。


けど、それをハッキリと口にするまでは絶対に逃さないと。俺は容赦なく追い討ちをかけた。



「…………櫂理君です」



そして、暫くしてから満足のいく答えを貰うことが出来、俺は満面の笑みを浮かべる。



やっぱり、莉子は俺に抗えない。



そう確信すると、あっさりと手を離し、その後は何事もなかったように莉子が体操着を取りに行くまでの間、大人しくその場で待機した。


すると、どこからか視線を感じ、何気なく教室に目を向けた途端、例の男がこちらを凝視しているのを視界の隅で捉える。


その直後、男は俺から視線を逸らし、それ以降こちらを気にするような素振は一切見せてこなかった。



けど、状況を理解するのには、それだけで十分だ。





◇◇◇




「あれ?君は宇佐美の……」


「なあ、ちょっと面貸せ」



授業が終わり、部活が始まる時間前。


俺はあの男を待ち伏せするため廊下で待機していると、向かいから歩いてくる姿を捉え、ある場所へと連れ出す。




「あんた、莉子のこと好きなのか?」


そして、人気のない校舎裏まで到着するや否や、単刀直入に切り込むと、橋本という男の表情が一瞬だけ歪んだ。


「それ知ってどうするの?もしかして、俺の姉ちゃんは渡さないとでも言うつもり?」


それから、蔑んだ目を向けて挑発してくるということは、おそらく図星で間違いないだろう。


そんなことは想定済みなので別に驚きはしないけど、人をおちょくるようなこいつの態度は気に入らない。



確か莉子はこの男は誰にでも優しいと言っていた。


けど、初対面にここまで敵意を剥き出しにしてくる姿を見た限りだと、そうは思えない。



「だとしたらどうするんだ?」



だから、俺はこいつの人間性を確かめるため、静かに問いただすと、今度はお腹を抱えて笑い出した。


「マジか。昼休みの時もそうだったけど、君シスコンにも程があるよね。もしかして、本気で付き合いたいとでも思ってる?俺が手を出せば君の姉ちゃんなんて呆気なく堕ちるのに」



こいつは俺と莉子の関係性を知ってか知らずか。


しかも、莉子の気持ちに気付いている上でマウントをとってくるとは、なかなかの下衆具合。



おかげで、迷いは完全に吹っ切れた。



自分の中でそう判断が下された瞬間、俺は橋本という男の胸ぐらを勢い良く掴み、そのまま片手で軽々と持ち上げた。


「お、おい!何すんだよ!?離せ!」


足が宙に浮き、呼吸がままならない橋本はかなり焦った様子で俺の腕を引き剥がそうと必死に抵抗する。


けど、日々鍛えている俺に敵うはずもなく。


段々と抵抗する力が弱くなっていくのを見計らい、俺はこいつの服の襟を捻るように強く握った。



「おまえの言うとおり莉子は渡さない。ちょっとでも近寄ったら即潰すから覚えとけ」



そして最大限の脅しをかけ、窒息させる勢いで手に力を込めると、橋本は顔面蒼白になりながら、涙目で首を激しく縦に振ってきた。




それから橋本は俺を恐れ、約束通り莉子に近付くことはなかった。


それどころか避けるようになったそうで、嫌われていると勘違いした莉子は、もうそいつに想いを寄せることはなくなった。



こうして害虫は除去され、再び平穏な日々が訪れる。



今思えばなかなかに卑劣なやり方だったとは思うけど、莉子を変な男から守るためなら手段を選ばない。



そして、力は全てにおいて有効なんだということを改めて認識すると、これを機に、俺はより一層鍛錬に励んだのだった。

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