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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第一章(黒船)
9/65

9(胎動)

嘉永6年(1853年)の秋


ペリー艦隊が江戸湾を去ってから数ヶ月が経過した。

神田に構えた俺たちの屋敷は、いつの間にか「ジンの工房兼私塾」のような様相を呈し始めていた。田中久重は工房で昼夜を問わず新たな発明と試作に没頭し、土方歳三は江戸で集めた数人の若者たち――その中には、日野から彼の気風を慕ってやってきた者も数名いた――と共に、厳しい訓練と江戸市中の情報収集に明け暮れていた。


「ジンさん、例の隊規ですが、一通り目を通しました。こいつは…確かに厳しいですが、筋は通っている。これなら、烏合の衆ではない、本当に戦える集団が作れそうです」


土方は、俺とミネルヴァが数日かけて練り上げた隊規を手に、感嘆と緊張の入り混じった表情で言った。隊規の名は「局中法度」。規律と忠誠、そして実力主義を重んじる厳しい内容だ。


「名前も決めた。『新選組』だ。新しい時代を俺たち自身の手で選び取り、作り上げる組だ。その組織の頂点は名誉局長として俺が務めるが、実質的な指揮と隊士の育成は副長であるお前に一任する、土方」


「副長…俺が、ですか」


土方の目に、一瞬戸惑いと、それ以上の強い決意の光が灯る。


「ああ。お前ならできる。そして、いずれ近藤たちもここに来るだろう。彼らが来た時には隊長クラスを任せようと思っている。それまでは、俺とお前でこの組を大きくする」


「…承知いたしました。この土方歳三、ジンさんの期待に応えてみせます!」


こうして、後に幕末の世を震撼させることになる「新選組」が、まだ江戸の片隅で、ほんの数十人の規模で産声を上げた。もっとも、その内実は俺の私兵組織であり、来るべき日本の変革のための尖兵となるべく鍛え上げられる集団だが。


日野宿から井上源三郎、江戸の試衛館から近藤勇が、俺の言葉を信じて数名の門弟と共に俺たちのもとへ合流したのは、それから間もなくのことだった。彼は、俺が語った「新しい国」の姿と、土方の熱意に心を動かされたのだという。俺は彼を温かく迎え入れ、土方と共に新選組の中核を担ってもらうことを約束した。

ミネルヴァの情報によれば、この時期の江戸には後に新選組で名を馳せることになる永倉新八ら若き剣客たちも潜んでいるはずだ。土方には、優秀な人材のスカウトも引き続き命じておいた。沖田総司はまだ少年だが、その剣才はいずれ必要になるため近藤に連れてきてもらい、見習いとして参加する事となった。


技術開発も着実に進んでいた。田中久重の工房では、電信機の改良が進められており、白熱電球もフィラメントの素材や真空技術の改良により、より安定し長時間点灯できるものが試作されつつあった。

そして、産業育成の布石として、俺はミネルヴァの知識を元に桑の品種改良と、効率的な養蚕技術の指導を秘密裏に開始させていた。また、以前収集した各地の優良な稲の種籾も、江戸郊外に確保した小さな試験田で交配と選抜が行われ始めていた。これらが実を結ぶには数年を要するだろうが日本の未来にとって重要な一歩となるはずだ。


そんな中、俺は新たな人材との接触も積極的に行っていた。

ミネルヴァが「海防に関する卓越した知識と、型破りな発想力を持つ人物」としてリストアップしたのが、赤坂で蘭学塾を開いている勝麟太郎――後の勝海舟だった。

俺は一介の若者として彼の塾を訪ね、その門を叩いた。


「ほう、面白いことを言う若者がいるもんだ。日本の海軍だと?そんなもの、今の幕府に作れるかね?」


勝は、俺が語る未来の海軍構想や列強の海軍力に関する詳細な分析に、最初は半信半疑ながらも次第に目を輝かせて聞き入っていた。


「俺には、それを作るための具体的な設計図と、それを実現する仲間がいる。あんたの知識と経験もぜひ貸してほしい」


俺の言葉に、勝は豪快に笑った。


「はっはっは!気に入った!おめえさん、何者か知らねえが、ただの法螺吹きじゃねえようだ。よし、時々ここへ来て、俺に新しい世界の風を吹かせてくれや」


すぐに仲間になるわけではないが、確かな手応えを感じた。


また、中津藩の江戸藩邸には、福沢諭吉がいることもミネルヴァは突き止めていた。俺は彼とも接触し、その旺盛な知識欲と西洋への強い関心を知る。彼には、まだ日本には伝わっていない経済学の基礎や、地政学といった新しい思想の断片を語り聞かせた。福沢は、俺の語る未知の知識に目を輝かせ、食い入るように質問を重ねてきた。彼はいずれ、この国の啓蒙に大きな役割を果たすだろう。俺は彼を個人的な弟子のような形で側に置き、新しい知識を授けることにした。


さらに、ミネルヴァの情報によれば、土佐藩から坂本龍馬が剣術修行のために江戸に滞在しているという。彼が佐久間象山の塾に出入りし始めるのは、もう数か月先のことらしい。


「折を見て会ってみるか」


彼との出会いが俺の計画にどんな影響を与えるのか。面白くなりそうだ。


こうして、俺たちの活動は少しずつ、しかし確実に江戸の町に根を張り始めていた。

だが、それは同時に、幕府内の保守派や、俺たちの動きを快く思わない勢力からの警戒を招くことにも繋がっていた。ミネルヴァは、俺たちの拠点の周囲に不審な影がうろついていることや、俺の出自を探ろうとする動きがあることを度々報告してくる。


「ジン様、お気をつけください。我々の動きが目立てば、敵もまた動きます」


「わかってる。だが止まるわけにはいかない。時間がないんだ――ペリーが再来する前に、俺たちはやらないといけないことがある」


江戸の空には、うっすらと灰色の雲が広がっていた。風が流れを変えようとしている――俺たちにとって、その風が追い風となるか、向かい風となるかはまだ分からない。

【人物紹介】

■勝海舟(かつ かいしゅう / 幼名:麟太郎 りんたろう):

・1853年当時の年齢:30歳

・史実の生没年:1823年~1899年

・主な功績:

幕臣、政治家。早くから海防の重要性を認識し、長崎海軍伝習所で学ぶ。咸臨丸艦長として渡米。江戸城無血開城の立役者。明治政府でも海軍卿などを歴任。


福沢諭吉ふくざわ ゆきち

・1853年当時の年齢:18歳

・史実の生没年:1835年~1901年

・主な功績:

思想家、教育者。慶應義塾の創設者。欧米の思想や文化を日本に紹介し、明治の啓蒙に大きく貢献。「学問のすゝめ」は有名。


坂本龍馬さかもと りょうま

・1853年当時の年齢:18歳

・史実の生没年:1836年~1867年

・主な功績:

土佐藩郷士。海援隊隊長。薩長同盟の斡旋など、幕末の日本を動かした風雲児。大政奉還や船中八策など、新しい国家体制の構想も示した。

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2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在ラズ。桜子姫殿下ノ一撃ニ在リ。

日米開戦前夜、大日本帝国は一つの「真実」に到達する。それは、石油や鉄鋼を遥かに凌駕する究極の戦略資源――魔法を行使する一人の姫君、東久邇宮桜子の存在であった 。

都市を消滅させる天変地異『メテオ』 。だが、その力は一度使えば回復に長期間を要し、飽和攻撃には驚くほど脆弱という致命的な欠陥を抱えていた 。

この「ガラスの大砲」をいかにして国家の切り札とするか。
異端の天才戦略家・石原莞爾は、旧来の戦争概念を全て破壊する新国家戦略『魔法戦核ドクトリン』を提唱する 。大艦巨砲主義を放棄し、桜子を護る「盾」たる戦闘機と駆逐艦を量産 。桜子の一撃を最大化するため、全軍は「耐えて勝つ」縦深防御戦術へと移行する 。

これは、巨大戦艦「大和」さえ囮(おとり)とし 、たった一人の少女の魔法を軸に、軍事・経済・諜報の全てを再構築して世界最終戦争に挑む、日本の壮大な国家改造の物語である。
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