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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第6章(世界大戦)
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63(終戦)

大戦略室の巨大な地図盤から、ヨーロッパの駒が一つ、また一つと中央同盟の色に塗り替えられていく。

イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル…かつて世界を支配した古き獅子たちの牙は、ことごとく折られた。


「…欧州の掃除は終わったな。残るはロシア、アメリカ…二つの大国だけだ」


俺の呟きに、ミネルヴァが静かに応じる。


「はい、ジン様。最後の戦いが、始まりますね」


俺の視線は、太平洋を越え、南北アメリカ大陸へと注がれていた。

CSA…アメリカ連合国。

卑劣な奇襲でこの大戦の火蓋を切った、若く、そして傲慢な国。

彼らに、本当の戦争というものを教えてやる時が来た。


「全軍に通達。これより、対米最終攻略作戦を開始する。目標はCSA本土。西海岸、東海岸、そしてパナマ。三正面同時に、帝国の鉄槌を下す!」


§


その号令は、ハワイの真珠湾から発せられた。

フィリピン、ジャワ、オーストラリア、ニュージーランドを平定し、太平洋の制圧を完了した帝国陸軍の精鋭たちが、この太平洋の心臓部へと集結していたのだ。

港という港は、兵員と物資を満載した輸送船で埋め尽くされている。


「第一次上陸部隊、出撃!」


号令一下、第一・第二機動部隊の空母群と、それを護衛する高速戦艦、そして陸軍第一波を乗せた大船団がハワイの青い海を割り、アメリカ西海岸…サンフランシスコを目指す。


数日後、夜明け前のカリフォルニア沖。

霧に包まれたサンフランシスコ、ゴールデンゲートの沖合に、日本の艦隊が音もなく姿を現した。


旗艦『翔鶴』の艦橋。

作戦司令官は、サンフランシスコからの迎撃機が上がってこない事を確認した。


「…敵の警戒網は、我々の存在にまだ気づいていないようですな」


傍らの参謀の報告に、司令官は静かに頷く。


「結構だ。眠っている間に、地獄の扉をこじ開けてやる。全機、発艦始め!」


合図と共に、『翔鶴』『瑞鶴』の飛行甲板から、数百機の艦戦、艦爆、艦攻が咆哮と共に飛び立っていく。

彼らの任務は、日本のハワイ領有によってCSAが威信をかけて築き上げた、難攻不落と謳われた沿岸要塞群の沈黙。


「目標、敵砲台!一基たりとも反撃させるな!」


夜明けの光を背に受けた艦爆、艦攻編隊は、急降下爆撃と雷撃で、要塞のコンクリートをバターのように切り裂いていく。

CSAの兵士たちが警報に気づき、対空砲座に駆け寄るよりも早く、彼らの頭上から死が降り注いだ。

要塞が火柱を上げて沈黙するのと、ほぼ同時。

湾内へと突入した日本の駆逐艦隊が、上陸用舟艇の航路を確保すべく、残存する沿岸警備艇を掃討していく。


そして、朝日がサンフランシスコの街を照らし始めた、その時。

湾内には、既に陸軍の上陸部隊が殺到していた。

後に「黄金のゴールデンゲート電撃戦」と呼ばれる、完璧な奇襲攻撃だった。

サンフランシスコは、わずか半日で陥落。

星条旗ならぬ、南軍旗が引きずり下ろされ、日章旗が高々と掲げられた。

ロサンゼルスもまた、同じ運命を辿った。

ハワイから発進した長距離爆撃機が、ハリウッドの丘を黒煙で染め上げ、抵抗の意志を完全に粉砕した。


§


西海岸が炎に包まれている頃、中央アメリカの地峡では、空からの奇襲が始まっていた。

ガラパゴス諸島(南東洋州)の基地から飛び立った、数百機の大型輸送機『富嶽』。

その巨大な機体には、陸軍第一空挺団の精鋭たちが、静かに出撃の時を待っている。


「降下始め!」


号令と共に、パナマ運河上空の漆黒の空に、無数の白い花が咲いた。

彼らは、KKKの残党と、それに呼応したCSA正規軍が立てこもる管理施設、そして閘門こうもんに、寸分の狂いもなく降下していく。


闇の中から現れた日本の空挺部隊に、CSA兵は大混乱に陥った。

指揮系統は寸断され、防御拠点は次々と内側から制圧されていく。

夜が明ける頃には、パナマ運河は、再び日本の手に落ちていた。


§


そして、主戦場は、大西洋へ。

CSAが誇る大西洋艦隊が、日本の脅威から本土を守るべく、バミューダ諸島沖に最後の防衛線を築いていた。


「敵影見ゆ!日本の主力艦隊だ!」


見張り員の絶叫に、CSAの提督は、双眼鏡を手に艦橋の前に立った。

水平線の彼方に、絶望的な数の艦影が浮かび上がる。

地中海を平定し、大西洋を横断してきた、日本の第三、四、五機動部隊。そして、その中央には、悪夢のような巨体を誇る、打撃艦隊の姿があった。


「馬鹿な…西海岸にも、大艦隊が向かったはずでは…。奴らは、一体どれだけの海軍力を持っているのだ…」


提督の呟きは、空を覆い尽くさんばかりの艦上機の編隊が放つ、悪魔の羽音にかき消された。

バミューダ沖海戦は、海戦と呼ぶのもおこがましい、一方的な蹂躙だった。

CSA大西洋艦隊は、日本の航空攻撃と、戦艦部隊のアウトレンジ攻撃の前に、為すすべもなく海の藻屑と消えていった。


大西洋の制海権を完全に掌握した日本の打撃艦隊は、アメリカ東海岸へとその恐るべき砲口を向けた。

ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア…。

自由の女神が見守るニューヨークの沖合に、『大和』『武蔵』の巨体が静かに陣取った。


「目標、ウォール街。あの忌々しい金の亡者共に、鉄槌を下せ」


50口径17寸砲の咆哮が、摩天楼の街を揺るがした。

一発、また一発と放たれる巨弾が、アメリカ経済の心臓部を粉砕していく。

株式市場は崩壊し、金融街は炎に包まれた。

ボストンの歴史的な街並みも、フィラデルフィアの独立記念館も、容赦ない艦砲射撃の前に瓦礫と化した。


そして、その混乱の極みに、ヨーロッパから再編されたドイツ陸軍の精鋭部隊が、ニューヨーク郊外のロングアイランドに上陸を開始した。

フランスを6週間で降伏させた、独立戦車大隊を中核とする歴戦の突撃兵団。

彼らは、本土防衛に当たっていたCSA正規軍との激しい市街戦を制し、マンハッタンへと進撃していく。


西からは日本の陸軍が、東からはドイツの陸軍が、そして海からは日本の無敵艦隊が、CSAの息の根を止めんと迫っていた。


§


アメリカ大陸が炎に包まれるのと時を同じくして、ユーラシア大陸の東では、冬の到来を前に、人類史上最大規模の陸上戦の幕が切って落とされようとしていた。大戦略室の地図盤の上で、俺は西からロシアへと向かう、巨大な赤い矢印を指し示した。


「欧州の掃除は終わった。次は、この巨大な熊の息の根を止める番だ」


イギリス、スペインを攻めていた部隊は大部分をアメリカへ送ったものの、一部を東部へと転換させたドイツ軍。

彼らの前には、第一次大戦初期の悪夢…泥と鉄条網、そして機関銃が支配する、延々と続く塹壕線が広がっていた 。

史実であれば、ここから数年にわたる、血で血を洗う消耗戦が始まるはずだった。

だが、この世界のドイツ軍は、その地獄を過去のものとする切り札を手にしていた。



「全軍、前進!」


号令と共に、ドイツ軍の戦線から地響きを立てて現れたのは、鋼鉄の怪物。

日本から供給された、最新鋭の戦車部隊だった。

俺がミネルヴァの知識を元に設計し、大村益次郎が改良を加えたその車体は、この時代のどんな兵器をも凌駕する性能を誇っていた。


「パンツァー・フォー!」(戦車前へ!)


ドイツ兵の鬨の声と共に、戦車部隊は塹壕をいとも容易く踏み越え、鉄条網を引きちぎり、ロシア軍の陣地へと突入する。

その後ろを、塹壕突破用に訓練された歩兵たちが続く。

機関銃の掃射も、分厚い装甲の前には意味をなさない。

ロシア兵たちは、自分たちの塹壕が、突如として鉄の棺桶と化したことに気づき、恐怖に絶叫した。


日本の戦車を先頭に立てたドイツ軍の進撃は、もはや止まらなかった。

彼らはベラルーシの広大な平原を駆け抜け、バルト海東部を平定し、一直線にロシアの心臓部、サンクトペテルブルク、そしてモスクワを目指す。

それは、かつてのナポレオンでさえできなかった、完璧な電撃戦だった。


§


北の都、サンクトペテルブルクは二方向からの鉄槌に晒されていた。

南からは、ドイツ北方軍集団が、バルト海沿岸を席巻しながら帝都へと迫る。

そして北からは、「大フィンランド」を掲げるフィンランド軍が、雪中のゲリラ戦で鍛え上げた勇猛果敢な兵を率いて、カレリア地峡を南下していた。


「ハッカペル(突撃)!」


フィンランド兵の雄叫びが、雪深い森に響き渡る。

彼らは、共通の敵を討つべく、信頼できる同盟国である日本とドイツとの連帯を示すため、獅子奮迅の戦いを見せた。サンクトペテルブルクは、南北から挟撃される形で完全に包囲され、冬宮殿に籠る皇帝の元には、次々と絶望的な報告だけが届けられていた。


§


西海岸と東海岸、二つの海から同時に鉄槌を下されたCSAの抵抗は、もはや風前の灯火だった。

西からは我が帝国陸軍が、東からはドイツの陸軍が、怒涛の勢いで大陸を席巻し、その歩みを止めるものは何一つない。


首都リッチモンドは、炎に包まれていた。

かつて南部の誇りの象徴であった議事堂は砲撃で半壊し、星条旗ではなく南軍旗が煙を上げて燃え落ちていく。

その光景を、大統領府の執務室で、CSA大統領はただ呆然と眺めていることだろう。


「…神が定められた、我ら白人が導くべき世界の秩序は…どこで間違えたのだ…」


そんな彼の呟きは、遠くから響く我が戦艦『大和』の砲声にかき消されたはずだ。

ノックもなしに執務室に飛び込んできた副大統領が、血の気の失せた顔で絶叫したに違いない。


「大統領!もはやこれまでです!ドイツ軍はポトマック川を渡り、戦車部隊は市街地に突入しました!これ以上の抵抗は、無意味な死を増やすだけです!」


「…分かっている」


大統領は、震える手で一杯のバーボンを呷ると、ゆっくりと、しかしはっきりとした声で、最後の命令を下しただろう。


「…全軍に、停戦を命じよ。…我々は、降伏する」


その言葉は、モンロー主義という名の傲慢な夢の、完全な終わりを告げていた。


§


アメリカ大陸が沈黙するのと時を同じくして、ユーラシア大陸の巨大な熊もまた、断末魔の叫びを上げていた。

そして、南のコーカサス山脈でも、ロシアの防衛線は崩壊しつつあった。

日本の潤沢な物資支援と軍事顧問団によって近代化されたオスマン帝国軍と、オーストリア=ハンガリー帝国軍が、黒海とカスピ海の両方面から、ロシア領内へと攻め入っていたのだ。


オスマン軍の騎兵が、聖戦の旗を掲げてコーカサスの山々を駆け巡る。

彼らの目的は、ロシアの重要な石油産地であるバクーの制圧。

これにより、ロシア軍は継戦能力を支える最後の生命線さえも断ち切られようとしていた。


東から、西から、南から、そして北から。

四方八方から押し寄せる中央同盟の大軍の前に、巨大なロシア帝国は、なすすべもなく崩壊していく。


レーニンといった革命家を支援するような、小細工は一切しない。

そんなことをせずとも、勝敗は既に決している。

そして何より、未来に「共産主義」という名の、より厄介な火種を残すつもりは毛頭なかった。


冬宮殿の、暖炉の火も届かぬような冷たく広大な皇帝の書斎。

皇帝アレクサンドル3世は、次々と届けられる絶望的な報告に、その巨体を震わせていた。


「陛下!カフカスのバクー油田が、オスマン軍によって完全に制圧されたとの報せです!帝国の…最後の生命線が…!」


伝令将校の悲痛な声が、凍てついた空気に響く。

石油を失い、継戦能力を完全に喪失したロシア軍は、もはやただの的だった。

食糧も弾薬も尽き、国内では民衆の暴動が頻発。

帝国は内と外からの圧力で、自壊しようとしていた。


「…三百年のロマノフの歴史も、ここで終わりか…」


皇帝は、窓の外で静かに降り始めた雪を見つめながら、力なく呟いた。

その目には、もはや帝国の指導者としての光はなく、ただ深い諦観の色だけが浮かんでいる。

彼は、歴史上最も屈辱的となるであろう降伏文書に、静かに署名した。


§


江戸、大戦略室。

アメリカ連合国(CSA)、そしてロシア帝国、二つの大国の無条件降伏を告げる電信が、立て続けに司令室にもたらされた。

その報に、参謀たちが「おおっ!」という歓喜の声を上げ、互いに抱き合って勝利を称え合う。


「やりましたな、総攬!」

「これで、我々の勝利です!」


その熱狂の中心で、ただ静かに、巨大な作戦地図盤を見つめていた。

ゆっくりと手を伸ばし、アメリカ大陸に置かれていたCSAの駒と、ユーラシア大陸の広大な版図を占めていたロシア帝国の駒を、一つずつ、指で盤上から取り除いていく。


「…これで、全て終わったか」


俺の静かな呟きに、傍らに立つミネルヴァが、満足げに微笑んだ。


「はい、ジン様。敵は、全て盤上から消えました。あなたの、完全な勝利ですわ」


俺は、歓喜に沸く閣僚たちに向き直ると、静かに、しかし有無を言わせぬ力強さで告げた。


「…戦争は終わった。これより、新しい世界の秩序を作るための『講和会議』の準備を始める。諸君、気を引き締め直せ」


その言葉に、室内の空気は再び引き締まる。

一つの時代が終わり、全く新しい世界秩序の時代が始まろうとしていた。

戦争終了です。


この小説も残り2話となりました。

実は最終話まで書き切りましたので、明日、明後日に更新致します。


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