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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第6章(世界大戦)
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62(落英)

大戦略室の巨大な地図盤から、連合国の駒が次々と消えていく。太平洋とインド洋の制圧を終え、地中海を我が内海とした今、残る敵の牙城は、ただ一つ。大西洋に浮かぶ、大英帝国そのものだった。


その決戦前夜、俺は征夷大将軍となった徳川慶喜と二人、静かに地図盤を挟んで対峙していた。


「…いよいよだな、慶喜公」


「うむ…」


慶喜は、ブリテン島を示す駒を複雑な表情で見つめていた。


「かつて徳川は、たった四隻の黒船に国中が震え上がった。その徳川の血を引く私が、今や世界の覇者である大英帝国を滅ぼすための戦を指揮しているとは…人の運命とは、誠に数奇なものよ」


その声には、武家の棟梁としての誇りと、歴史の奔流の中に立つ者としての畏怖が入り混じっている。


「我々は歴史を塗り替えるのではない。新しい歴史を創るのです」


俺は静かに応じた。


「そのための、最後の仕上げですよ。…日独連合艦隊に通達。これより、英国本土艦隊の殲滅作戦を開始する」


§


ケルト海。鉛色の空が冬の荒波を押し潰さんと低く垂れ込め、鋼鉄の城がひしめき合っていた。

英国本土艦隊。

数こそ減らしたものの、その戦列は一糸乱れず、乗組員たちの瞳にはトラファルガー以来、百年近くにわたり七つの海を支配してきた覇者の誇りが宿っている。

彼らにとって、この海は自らの庭。負けるわけにはいかなかった。


「ここは我らの海だ!ネルソン提督の御魂に誓い、帝国の栄光を守れ!」


英国艦隊司令長官の檄が、荒れる海風を切り裂いて全艦に響き渡る。

だが、彼らが最初に聞いたのは、敵艦の砲声ではなかった。

警報のけたたましい叫びと、空を切り裂く、無数の悪魔の羽音だった。


「空襲!空襲だ!日本の航空機だ!」


日本の機動部隊から発艦した数百機の艦上攻撃機と戦闘機が、分厚い雲を突き破り雨のように降り注いでくる。

英国艦隊の対空砲が絶え間なく咆哮し、無数の曳光弾が空に赤い絶望の網を張る。

しかし、あまりに数が多く、そして速い。


彼らが想定していたのは、栄光ある砲撃戦。

断じて、空から一方的に嬲られる「狩り」ではなかった。

航空魚雷が、純白の航跡を描いて英国艦隊の戦艦の喫水線下に次々と突き刺さり、艦腹から巨大な水柱を噴き上げた。

金属が引き裂かれる悲鳴が、爆音の合間に響き渡る。


「怯むな!奴らの狙いは我々主力だ!駆逐艦は前に出て盾となれ!」


英国の提督は、必死に艦隊を立て直そうとする。

だが、その指揮系統を、静かなる暗殺者が断ち切った。


「魚雷接近!右舷後方!海中からだ!」


日本の航空攻撃を陽動とし、海中に潜んでいたドイツのUボート部隊が一斉に牙を剥いたのだ。

鋼鉄の鯨たちが放つ魚雷は、護衛の駆逐艦を次々と屠り、英国艦隊の陣形を内側から食い破っていく。


そして、空と海中からの飽和攻撃で混乱の極みに達した英国艦隊に、日独の戦艦部隊が正面から鉄槌を下した。

もはや、それは海戦と呼べるものではなかった。

抵抗らしい抵抗もできぬまま、かつて世界に君臨した英国本土艦隊は、母国の海で次々と火柱を上げて沈んでいった。

旗艦の艦橋がオレンジ色の閃光に包まれる直前、老提督はロンドンの方角を見つめ、ただ静かに呟いたという。「女王陛下…申し訳ありません…」と。


§


ロンドン、ダウニング街10番地。地下作戦司令室。

ケルト海艦隊壊滅の報は、英国政府の心臓に突き刺さった最後の氷の刃だった。


「提督…海軍は…王立海軍は、もはや存在しません」


第一海軍卿が、血の気の失せた顔で報告する。その言葉に、室内の誰もが息を呑んだ。


「まだだ!まだ本土決戦がある!このブリテンの地で、獅子の爪を見せてくれるわ!」


陸軍大臣がテーブルを叩いて叫ぶ。

だが、その声は虚しく響くだけだった。


§


ケルト海海戦の勝利により、ドーバー海峡の制海権は完全に我々のものとなった。

次の作戦は、ナポレオンさえも阻まれた、近代以降誰も成し遂げえなかった英国本土への上陸作戦――アシカ作戦だ。


「目標、ドーバー沿岸要塞群。距離、三万五千。撃ち方、始め!」


夜明け前のドーバー海峡に、地軸を揺るがす轟音が響き渡った。

空気を引き裂く、という生易しいものではない。

空間そのものが悲鳴を上げているかのような、凄まじい衝撃波。

究極の戦艦『大和』『武蔵』、そして『白峰級』五隻からなる日本の打撃艦隊が、その恐るべき砲口を英国本土に向けたのだ。

50口径17寸砲(約51.5センチ砲)から放たれる巨弾が、ドーバーの白い崖に築かれた要塞群を、まるで砂の城のように粉砕していく。

英国沿岸砲の反撃は、遥か手前の海面に虚しく着弾するだけ。

彼らは、自分たちの攻撃が全く届かない安全圏外から、一方的に蹂躙されているのだ。


夜が明ける頃、ドーバーの沿岸要塞は完全に沈黙した。

その静寂を破り、朝日を浴びて海峡を渡ってくるのは、ドイツ陸軍の精鋭部隊を乗せた、無数の上陸用舟艇。

日本の航空部隊がその上空を護衛し、打撃艦隊の艦砲射撃が、抵抗しようとする全てのものを沈黙させる。


1066年のノルマン・コンクエスト以来となるイギリス本土上陸作戦。

アシカ作戦は、開始からわずか数時間で、その成功を決定的なものとした。


§


ロンドン、ダウニング街10番地。

地下の作戦司令室には、絶望的な空気が垂れ込めていた。


「…ケルト海艦隊、壊滅…」

「ドーバー要塞、陥落…」

「ドイツ軍、ケント州に橋頭堡を確保。ロンドンへ向け、進撃中…」


次々と入る凶報に、首相は顔を蒼白にさせていた。

もはや、本土決戦は避けられない。

だが、それは大英帝国が築き上げ、信じてきた世界の秩序そのものを、焦土と化すことを意味していた。


「…女王陛下に、連絡を…」


首相は、絞り出すような声で言った。


「…我々は、降伏する」


数日後、パリ北東、コンピエーニュの森に置かれた列車内で、イギリス政府は無条件降伏の文書に署名した。

同席したフランス、オランダの亡命政府もまた、全ての抵抗を断念した。

七つの海を支配した大英帝国の、長きにわたる覇権が、ここに終わりを告げた。


§


ロンドン陥落の報を、俺は江戸の大戦略室で静かに受けていた。

報告書には、降伏後のロンドンの様子が淡々と記されている。

死んだように静まり返った市街を、ドイツ軍の装甲車が静かに行進していく。

バッキンガム宮殿には、ユニオンジャックに代わり、ドイツ帝国の鷲の旗が掲げられた。

窓という窓から、ロンドンの市民たちが、屈辱と、絶望と、そして戦争が終わったことへの奇妙な安堵感が入り混じった表情で、その光景を眺めている、と。


「…一つの時代が終わったな」


俺は静かに呟いた。


「驕れる者も久しからず、か。俺は、彼らと同じ轍は踏まん」


俺は地図盤に向き直ると、ユニオンジャックの駒を静かに取り除いた。


「ジン様、イギリスの降伏に合わせ、フランス、オランダの亡命政権も正式に降伏。連合国の欧州における抵抗は、ほぼ終了しました」


「ああ。だが、まだ残党がいるな」


俺の視線は、地図盤の南西、イベリア半島へと向けられていた。

イギリス降伏の報を受け、ポルトガルとスペインは、未だ徹底抗戦の構えを崩していない。


「礼儀を尽くして、彼らにも降伏の機会を与えてやろう。打撃艦隊を、リスボンへ向かわせろ」


ジブラルタル海峡を抜け、大西洋に出た日本の打撃艦隊は、ポルトガルの首都リスボンの沖合に、その威容を現した。

『大和』『武蔵』の主砲が、威嚇として、リスボン港の軍事施設をピンポイントで破壊していく。

同時に、日本の海兵隊がリスボン郊外の海岸に上陸を開始。

抵抗するポルトガル軍を、最新鋭の装備と圧倒的な火力で蹴散らしていく。


そして、フランスを完全に平定したドイツの装甲師団が、ピレネー山脈を越え、スペイン領内へと雪崩れ込んだ。

ドイツ軍の進撃は、抵抗する者すべてを轢き潰して進む、あまりに完璧な『電撃戦』そのものであった。

抵抗らしい抵抗も受けぬまま、怒涛の勢いで首都マドリードを占領した。


リスボンとマドリード、二つの首都を同時に失ったポルトガルとスペインは、戦意を完全に喪失。

両国は、相次いで無条件降伏を受け入れた。


大戦略室の地図盤から、ポルトガルとスペインを示す駒が、参謀の手によって静かに取り除かれる。

ヨーロッパの西側は、完全に中央同盟の支配下に落ちた。


「…さて、ミネルヴァ」


がらんとした西ヨーロッパの地図を見つめながら、俺は静かに言った。


「欧州の掃除は終わったな。残るは東のロシア、そして海の向こうのアメリカ…二つの大国だけだ」


「はい、ジン様」


ミネルヴァは、どこか楽しむように、しかし確かな信頼を込めて、俺の言葉に応えた。


「最後の戦いが、始まりますね」

■落英

落ちた花ぶさ。散った花。落花。

(引用:コトバンク)

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2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在ラズ。桜子姫殿下ノ一撃ニ在リ。

日米開戦前夜、大日本帝国は一つの「真実」に到達する。それは、石油や鉄鋼を遥かに凌駕する究極の戦略資源――魔法を行使する一人の姫君、東久邇宮桜子の存在であった 。

都市を消滅させる天変地異『メテオ』 。だが、その力は一度使えば回復に長期間を要し、飽和攻撃には驚くほど脆弱という致命的な欠陥を抱えていた 。

この「ガラスの大砲」をいかにして国家の切り札とするか。
異端の天才戦略家・石原莞爾は、旧来の戦争概念を全て破壊する新国家戦略『魔法戦核ドクトリン』を提唱する 。大艦巨砲主義を放棄し、桜子を護る「盾」たる戦闘機と駆逐艦を量産 。桜子の一撃を最大化するため、全軍は「耐えて勝つ」縦深防御戦術へと移行する 。

これは、巨大戦艦「大和」さえ囮(おとり)とし 、たった一人の少女の魔法を軸に、軍事・経済・諜報の全てを再構築して世界最終戦争に挑む、日本の壮大な国家改造の物語である。
― 新着の感想 ―
ここまで見事に瞬殺されると各国の首脳部以外は情報置いてけぼりで敗戦を認識出来ないで戦い続ける部隊がそれなりにいそうだ。
あんなに強かったイギリスが堕ちてしまったか 辺境の弱かった国が半世紀の準備で強くなったもんだ
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