54(領海)
1884年、冬。
ドイツ帝国首都、ベルリン。
ベルリン会議、後半戦の火蓋は、アフリカ分割の議題が終了した直後に切られた。
議長のビスマルクが、日本からの新たな議題の提出を告げると、議場の空気は再び緊張に包まれる。
陸奥宗光は、静かに立ち上がると、傍らに控えていた書記官に巨大な海図を広げさせた。
それは、欧州を中心としたメルカトル図法の、何の変哲もない白地図だった。
「議長、並びに各国ご代表。先のアフリカに関する議題において、我が国は大きな譲歩をいたしました。それは、この会議の成功と、世界の平和的秩序の構築を願ってのことに他なりません」
各国代表、特に利害関係の薄い北欧諸国や先の条約で得をしたベルギーなどは特にだが、ここまでの日本は「アフリカの領土はいらないと宣言し、」 「人道的な原則を掲げ、」 「最終的には、自分たちの提案の一部を『譲歩』してまで、会議をまとめようとした」という認識になっている。
ここまでの動きはその通りだ、と各国が、一部渋々といった形でも納得の顔をする。
それを見届けて陸奥は続ける。
「...その上で、今度は我々、海に生きる国家の、まさに死活問題について、皆様にご審議いただきたい」
陸奥は、そう切り出すと、地図上の一点、日本列島を指し示した。
「我が国のような、無数の島々から成る『群島国家』の主権は、どこまで及ぶべきか。国は、最も外側に位置する島々を結んだ線を『基線』とし、その内側に他国の権益が無い場合において全ての海域を、その国家の主権が及ぶ『内海』、すなわち『領海』と定める、という新しい国際法の原則を、ここに提唱いたします!」
その言葉に、議場は一瞬、水を打ったように静まり返り、次の瞬間、激しい怒声となって爆発した。
「馬鹿な!」「断じて認められん!」「世界の自由な航行を妨げる暴挙だ!」
最も激しく反発したのは、やはりイギリス首席代表だった。フランスも、即座にこれに同調する。彼らにとって、七つの海は自らの庭であり、日本の提案は、その庭に巨大な壁を築こうとするに等しい行為だった。
だが、陸奥は冷静だった。
彼は、今度は地図上のヨーロッパを指し示し、穏やかな、しかし芯のある声で語りかける。
「イタリア代表殿。サルデーニャ島やシチリア島を結ぶ航路に、他国の軍艦がいつでも通れる状態というのが、果たして健全な国際法と言えましょうか」
「スウェーデン、デンマークの代表殿。貴国が、バルト海に浮かぶ無数の島々の主権を守るため、どれほど苦心されているか、我々は存じ上げております」
陸奥は、同じく多くの島を持つ国々の代表に、一人一人、語りかけていく。
「高い山の頂に人は住めずとも、その山を囲う国があれば、そこはその国のもので、その山から出る資源もその国のもの。では何故、海はそうならないのか。島々によって囲まれた海が、その国の『内海』となる。それは、ごく自然な道理ではございませんか?」
その論理は、シンプルかつ強力だった。
アメリカとロシアは、日本の太平洋進出を阻まれる立場から、依然として猛反対の姿勢を崩さない。
「この提案は、太平洋における自由な交易を阻害し、捕鯨船の安全な操業をも脅かすものだ!断じて容認できない!」
「我が国の太平洋艦隊の航行を、事実上、日本の許可制にしようというのか! そのような屈辱、我が帝国が受け入れるとでも!?」
アメリカとロシアの代表が捕鯨や艦隊の航行の観点から声をあげる。
だが、北欧、南欧の国々の代表たちの表情は、明らかに揺れ動いていた。
自国の利益を計算し、イギリスの顔色を窺い、水面下で激しい視線が交わされる。
イタリア代表がポルトガル代表にそっと囁く。
「…あの東洋の男、我々の足元を見て、的確なところを突いてくる。確かに、シチリアの安全は、常に我が国の懸案だ。この提案は…我々にとって、決して悪い話ではない」
「ご尤もですな。我が国もこの国際法が通ればアゾレス諸島、デゼルタス諸島と本土を結ぶ広大な領域が領海となる。日本の利益が遥かに大きくとも、これには賛成せざるを得ない、か」
ポルトガル代表がイタリア代表に返事をしている中、スウェーデン代表も心の中で計算していた。
(…小賢しい。だが、的を射ている。バルト海の覇権を巡り、常にロシアとドイツの顔色を窺ってきた我々にとって、自らの海を『内海』と主張できる法的な根拠は、喉から手が出るほど欲しい…!ゴットランド島と本土を結ぶラインが領海になると首都ストックホルムの周辺を領海と出来る…)
自国権益とイギリスとの関係に板挟みとなったオランダとスペインは、最後まで態度を決めかね、苦渋の表情で「棄権」を表明した。
そして、採決の時が来た。
議長のビスマルクが、一国ずつ、その判断を問うていく。
日独土墺ブロックが、事前の打ち合わせ通り、立て続けに「賛成」を表明。
続いて、デンマーク、スウェーデン=ノルウェーが、熟慮の末に「賛成」。
そして、イタリア、ポルトガルもまた、自国の利益を優先し、「賛成」の札を上げた。
結果、賛成8、反対5(イギリス、フランス、アメリカ、ロシア、CSA)、棄権2。
日本の提案は、またしても可決された。
イギリス首席代表は、その結果を聞いた瞬間、テーブルの下で、握りしめた万年筆を、指が白くなるほどの力で握りつぶした。
バキッ、という鈍い音が、彼の屈辱を物語っていた。
指の間から、濃いインクが静かに滲み出る。
彼は、最後の抵抗として、絞り出すような声で言った。
「…よろしい。多数決は多数決だ。だが、このままでは、我が国の船は、貴国の『内なる海』を横断できなくなる。これは、世界の通商にとって死活問題だ。この法案を認める最後の条件として、『全ての国の船舶に対し、日本の群島水域における無害通航権を、国際法上の権利として保証する』と、この場で明確に約束していただきたい! 我が国の軍艦も、だ!」
さも、自分がこの議論の落としどころを作ってやった、と言わんばかりの尊大な態度だった。
議場が、その提案に再び緊迫の空気に包まれかけた、その時。
陸奥は、一瞬の間の後、にこやかな笑みさえ浮かべて、あっさりと答えた。
「よろしいでしょう。その権利、認めましょう」
イギリス代表の口元に、わずかな勝利の笑みが浮かぶ。
だが、それも一瞬だった。
陸奥は、カミソリのような、決定的な一言を付け加えた。
「――その通航が、我が国の平和、秩序、そして安全を害することのない、“無害”なものである限り、ですがね」
§
ベルリンでの日本の外交的勝利と並行して、太平洋の勢力図もまた、劇的に塗り替えられつつあった。
エクアドルとの協定に基づき、ガラパゴス諸島で住民投票が実施された。
特使・桂太郎とエクアドルの代表が見守る中、島民たちは圧倒的多数で「日本への編入」を支持。
島の代表が、住民たちの歓声の中、桂太郎と固い握手を交わした。
その報は、すぐに他の島々へと伝わった。
トンガ王国。老王ジョージ・トゥポウ1世は、日本の新たな特使、青木周蔵と謁見していた。
「日本の大使よ、あなたの言葉は美しい。だが、白人たちはいつも美しい言葉と共にやってくる。片手には聖書を、そしてもう一方の手には、我らの土地を奪うための銃と鎖を隠し持っているのだ。日本が、彼らと違うと、どうやって信じろと?」
老王の言葉には、長年、欧米列強の圧力に晒されてきた民の、深い不信がこもっていた。
青木は、陸奥とは違う、実直で力強い説得を試みた。
「国王陛下。我々は、ハワイを侵略したのではありません。彼ら自らの意思で、我々と一つの家族となりました。ガラパゴスもまた、民の投票によって、我々の仲間となることを選んだのです。我々日本人は、同じ太平洋に生きる民。西洋の帝国主義とは違う、新たな共存共栄の道を、共に歩もうではございませんか」
自国の未来、独立、欧州の脅威、日本となった他の王国、色々な思いがトンガ王国国王、ジョージ・トゥポウ1世の中で駆け巡る。
国王が声を振り絞り、青木に聞く。
「...ハワイの王族は、今、江戸でどのように暮らしておるのだ? 我々と同じ、島の王として、その誇りは保たれているのか?」
「当時ハワイ王であったカメハメハ5世は既に亡くなられていますが、ご子息は今も帝国の華族として、最高の敬意を払われ、ハワイの文化を守るための活動に、日々尽力されておられます」
その答えを聞いて、老王は、青木の目の奥にある「誠実さ」を見たような気がした。
「…よかろう。信じるに値するかどうか、我が民と、この国の未来を、しばしお主の国のやり方に賭けてみよう。だが、もし、その約束が偽りであった時は…我らトンガの民は、たとえ最後の一人になろうとも、戦うことを忘れるな」
青木の熱意と、日本の圧倒的な実力、そしてハワイという成功例を前に、老王はついに頷いた。
これを皮切りに、サモア、ニウエ、ツバル…太平洋の島々が、西洋の植民地となる未来を拒み、雪崩を打って日本の旗の下へと集い始めた。
§
江戸、総攬府・地図室。
俺は、次々と届く太平洋からの吉報を元に、巨大な世界地図の島々を、一つ一つ、日本の色である赤へと塗り替えていた。
その手は、マーシャル諸島の上で止まる。
「ミネルヴァ、ビスマルクとの『茶番劇』の準備は?」
「はい。ドイツ側が、我が国のマーシャル諸島領有に『遺憾の意』を表明。その後、我が国が、ドイツの持つ旧い商業上の権利を『買い取る』形で、円満に解決、という脚本です」
二大国の連携が、世界を動かしていく。
§
ロンドン。外務省。
外務大臣が、ベルリンから帰国した首席代表の、屈辱に満ちた報告書を読んでいた。
そこへ、通信室から息を切らした事務官が駆け込んでくる。
「大臣!緊急電です!トンガ、サモア、ニウエが、日本の保護下に入ることを受諾!さらに日本は、太平洋に残るほぼ全ての無主地…ツバル、ウォリス・フツナ、果てはイースター島まで、全て領有を宣言しました!」
事務官が広げた海図には、日本の新たな領土と、『群島国家の領海主権』によって、日本の内海と化した、広大な太平洋の姿があった。
「…ベルリンで我々が足止めされている間に、太平洋全土で日本の特使が動いていたというのか!………これが内海だと!?奴らは、太平洋を、自分たちの湖に変えてしまったというのか…。スエズに飽き足らず、これ以上、我が帝国の生命線を好きにはさせん…!」
「大臣。オーストラリア、シンガポール、ポートヴィクトリアなど植民地からも日本を警戒する声が日増しに高まっています」
「…あぁ、わかった」
外務大臣の堪忍袋の緒が、ついに切れた。
「直ちに、フランス、ロシア、CSA、スペイン、オランダの大使をここに呼べ!…『欧州太平洋利害調整会議』などという、生ぬるい名前の会議はもう終わりだ。議題は一つ、『対日大同盟』の結成についてだ!!」
大英帝国は、ついに日本を、国家の存亡を賭けて戦うべき「敵」と定めた。
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『群島国家の領海主権』とトンガ王国などを併合後の日本領と領海
ベルリン会議中は日本の最東端は布哇州だったのが、会議が終わって即ガラパゴス諸島とイースター島を取ったので領海が倍近く増える罠。
そしてトンガ王国を説得して周辺国も纏めて日本化。更に日本の南下が進みました。
・無害通航権について
1880年代当時も国際法の概念として認識され始めていたようです。
現在でも国連海洋法条約で定められた「無害通航権」があります。
北海道と本州の間にある津軽海峡は、国際航行に使用される海峡であり、一部が公海となっているため、外国船舶は無害通航権に基づいて航行できるようですよ。




