表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第4章(維新外征戦争)
48/65

48(幕間:機関)

肌寒い秋風が吹き抜ける、相模の陸軍秘密演習場。

陸軍卿・大村益次郎と、中将となった川上操六が、陸軍大学校から選抜された若きエリート将校たちを前に、新しい戦術思想の講義を行っていた。彼らの目の前には、この日のために日本軍自身が構築した、複雑な塹壕と、人の背丈ほどもある鉄条網が、どこまでも続く陰鬱な防御陣地が広がっている。


「諸君、よく見ておくのだ」


大村が、冷静な、しかし地金を打つような重い声で語りかける。その指が示す先、鉄条網の錆びた色と、深く掘られた塹壕の影が、将校たちの顔に不安の色を落とす。


「総攬閣下の予測によれば、いずれ世界の戦場は、こうなる。互いが穴を掘り、鉄の針金に籠り、機関銃で睨み合う、不毛な消耗戦だ。人の命が、ただの数字として消えていく、地獄の戦場だ」


「我々は、そうなる前に、この地獄そのものを、一方的に打ち破る『矛』を、手に入れねばならん。それこそが、総攬閣下が、我々陸軍に与えられた至上命題である!」


川上の力強い言葉を合図に、演習場の端から、地響きと共に、防水布を掛けられた巨大な何かが姿を現した。防水布が取り払われると、そこに現れたのは、鋼鉄の装甲板をリベットで留めた、無骨で異様な塊。試作の『戦車』数両だった。

エンジンが咆哮を上げ、黒煙を吐き出す。兵士たちの鬨の声と共に、その鋼鉄の巨体は、大地を掴むように進み始めた。無限軌道が軋み、鉄条網をいとも容易く引きちぎり、塹壕を踏み越え、防御陣地を、まるで粘土細工のように蹂躙していく。

若き将校たちは、その光景に、言葉を失って立ち尽くす。彼らは、自分たちがこれから戦うことになる、新しい「戦争」の姿を、そして、その圧倒的な「答え」を、目の当たりにしていた。


§


総攬府の閣議室。重厚な樫のテーブルを囲み、帝国の重鎮たちが顔を揃えている。

海軍卿・勝海舟と工部卿・五代友厚が、日本の造船能力の飛躍的な拡大計画…「八廠体制」をジンに上奏していた。


「…総攬。現状の二工廠では、大英帝国の建艦ペースに、大きく劣ります。世界の海を、真に支配するためには、もっと工廠が必要です」


「財政的にも、技術的にも、可能です。維新外征戦争で得た賠償金と、新しい領土からの資源。そして、育ちつつある我が国の工業力が、それを可能にします」


ジンは、彼らの上奏に静かに頷くと、自ら立ち上がり、壁に掲げられた巨大な日本地図の前へ進んだ。その小さな体躯が、ランプの光を受けて、大きな影を落とす。彼は、地図の上に置かれた「横須賀」「呉」という二つの駒に加えて、**「佐世保」「舞鶴」「室蘭」「大湊」「鹿児島」「長崎」**の六つの駒を、一つ一つ、まるで未来への礎石を打ち込むように、力強く置いていった。


「承認する。八つの工廠で、八つの艦隊を、同時に建造・整備できる体制を整える。呉で学んだ事を、新しく作る造船所で活かすのだ。世界と同時に戦える、世界最強の海軍を、我々の手で創り上げる」


その場にいた大蔵卿・小栗忠順が、その壮大な計画に、お馴染みの頭痛を感じながらも、国の未来への興奮で顔を紅潮させ、深々と頭を下げる姿があった。


§


呉の海軍工廠設計局。その空気は、紙とインク、そして寝不足の男たちの熱気で、むせ返るようだった。壁という壁に、ジンの手による、次世代艦の設計図が貼られている。


「45口径15寸砲(≒46センチ砲)を、三連装で九門…だと? 馬鹿な!!? こんなものを積めば、船が、船でなくなってしまう!」


伝統的な大艦巨砲主義者である老技師が、超弩級戦艦の設計図を前に、頭を抱える。


「ですが、主任!」と、ジンに心酔する若手技師が、別の、さらに異様な設計図を指し示す。「総攬閣下は、これからの海戦の主役は、大砲ではないと、そう仰せです! この、『航空母艦』こそが、未来だと!」


彼らが見ているのは、最初から航空機運用のためだけに設計された、本格的な航空母艦『翔鶴』の設計図だった。格納庫、エレベーター、そして、船体から斜めに伸びた「着艦甲板アングルド・デッキ」という、彼らの常識では理解不能な構造。


「議論はそこまでだ!」


設計主任が、唸るように言った。その声に、喧騒が静まる。


「総攬閣下の、大局的な戦略は、軍人たちに任せておけばいい。我々は技術者だ! 我々の仕事は、この設計図に込められた『思想』を読み解き、完璧に実現することだ!」


彼は、航空母艦『翔鶴』の設計図を、指で力強く叩いた。


「この傾いた甲板…馬鹿げているように見えるか? だが、これがあれば、発艦と着艦を同時に行える! 航空機の運用効率が、飛躍的に高まる! この革新的な意味が、分からんのか!」


彼は、熱を帯びた目で、若い技師たちを見渡した。


「我々は、ただの鉄の塊を造っているのではない! 新しい『海戦の形』そのものを、この手で生み出しているのだ! それを成し遂げられるのは、日ノ本広しといえど、我々呉の技術者だけだという誇りはないのか! 文句を言う暇があるなら手を動かせ! 世界が、我々の仕事を待っているぞ!」


主任の檄に、技師たちは、再び、その狂気と天才が同居する設計図へと、取り憑かれたように向き直った。


§


名古屋近郊に建設された、巨大な航空機製造工場。リズミカルな鋲打ちの音と、機械油の匂いが満ちている。

田中久重の養子、田中大吉が、その責任者として、工場内を厳しく、しかし誇らしげに視察している。

これまで一機一機、職人の手で作られていた『海神』が、ライン工場方式で、ベルトコンベアの上を流れながら、次々と組み立てられていく。銀色の機体が、流れ作業の中で、翼を取り付けられ、エンジンを搭載され、一つの完成品となっていく。

そこへ、ジンが予告なしに視察に訪れた。彼は、その壮観な生産体制に満足げに頷くと、田中大吉に、次なる、そして、より重要な任務を告げる。


「大吉、見事な工場だ。父上も、君のこの仕事ぶりを見れば、後継者は安泰だと、きっと満足されるだろう。…だが、この工場は、雛形に過ぎん。君の本当の仕事は、飛行機を作ることじゃない。この工場そのものを、そっくりそのまま再現できる、優秀な指導者たちを育てることだ。彼らを、台湾へ、南洋州へ、新彦根州へ送り込み、帝国全土に、空の翼を生み出すのだ。帝国の空は、帝国全土で守る」


§


南洋州、バンカ島。鬱蒼としたジャングルの、蒸し暑い空気の中。

南洋州総督に就任した西郷隆盛が、日本の地質調査団を伴い、現地の視察に訪れていた。彼らを案内するのは、ミンダナオでの戦いを共にした、モロ族の元義勇兵たちだ。

調査団が、ジンの示した地図に基づき、ボーリング調査を行っている。やがて、掘削機が、赤みを帯びた、独特の粘土質の土壌を掘り当てた。


「閣下! これです! 間違いありません! 総攬閣下が仰っていた、ボーキサイトです! この赤い土こそが、我が国の空を、鋼鉄の翼で覆うための、最初の鍵…!」


地質学者が、震える手でその土を掲げ、興奮に声を震わせる。

西郷は、その赤土を、自らの大きな手で力強く握りしめた。

その湿った土の重みが、未来の重さのように感じられた。


「ほう…。この土くれが、日本の新しい翼になるちゅうわけか。…モロの衆よ、見ちょるか。この島に眠る宝は、もう、オランダの商人が、おはんらから搾取するためものではなか。我ら帝国民が、共に豊かになるための、我らの宝じゃ」


モロ族の族長は、その言葉に、深く、そして誇らしげに頷いた。


§


瀬戸内海沿岸に建設された、巨大な工業地帯。

背後には、山を切り開いて作られた、巨大な水力発電所のダムが、近代日本の象徴のように聳え立つ。

工部卿・五代友厚が、真新しいアルミニウム精錬工場の、落成式に臨んでいた。

南洋州から、最初のボーキサイトが、船で運び込まれたところだ。

ダムから送られてきた、膨大な電力が、工場内の電解炉へと注ぎ込まれる。

炉が、青白い、神々しいほどの光を放ち、赤土は、その中で、眩いばかりの銀色の液体へと姿を変えていく。

やがて、その液体が鋳型へと流し込まれ、日本初となる、アルミニウムのインゴットが、ゆっくりと姿を現した。


「…これが…電気の力か。そして、これが、未来の翼の、血肉となるのか…。総攬閣下は、一体、どこまで先を見ておられるのだ…」


五代は、出来立てのインゴットを手に取り、そのあり得ないほどの軽さと、美しい輝きに目を見張った。


§


大坂湾岸に建設された、最新鋭の化学コンビナート。

日本の最高の頭脳を持つ、若き化学者たちが、歴史的な実験の成功を、固唾を飲んで見守っている。

ハーバー・ボッシュ法による、工業レベルでのアンモニア合成の、最終実験。

高圧のパイプが唸りを上げ、触媒の入った反応炉が、赤々と輝いている。

管制室の空気は、張り詰め、誰もが一言も発しない。

張り詰めた空気の中、主任技師が、ゆっくりと、冷却装置のバルブを開く。

すると、出口のパイプから、透明な液体…液化アンモニアが、最初の一滴、また一滴と、ビーカーへと滴り落ちてくる。

その最初の一滴が落ちた瞬間、管制室は、割れんばかりの歓声と、抱き合って涙する技術者たちの姿で、満たされた。


「やったぞ…! 成功だ! これで、我々は、神の領域に、足を踏み入れた! 空気から、大地を育む『

化学肥料』を、そして…国を護る『火薬』を、無限に生み出すことに、成功したのだ!」


§


ジンは、全国から次々と届く成功の電報――戦車、八つの工廠、空母、航空機、ボーキサイト、アルミニウム、そしてアンモニア――の報告書を、静かに机に並べ、頷いた。


「…これで、最後のピースが、はまったな」


「はい」と、ミネルヴァが答える。


「食料と、火薬。その二つを、完全に自給できるようになった今、この国は、いかなる国の経済制裁にも、海上封鎖にも、屈することはありません。まさに、難攻不落の要塞となりました」


「ああ。これで、心置きなく、次の『戦争』の準備ができるというものだ…」


ジンの視線は、世界地図の、ヨーロッパと、そして、アメリカ大陸を、静かに、しかし、冷徹に見据えていた。

この国の、数多の『機関』は、今、一つの意志の下に、力強く回り始めたのだ。

かなり急ぎ足でしたが、4章幕間はこれで終了です。2日後から5章を開始します。


小説を初めて書いた日から(1話目の投稿から)2か月が経過しました。

辞めずに続けられているのは皆さまが読んでくれているからです。本当に感謝しております。

(作者画面でPVとかUUとかが見れるのです。因みにPVやUUはランキングに一切関係ありません、作者の燃料になるだけです)

2か月も毎日書いていると、流石に少しは成長したでしょうか?

作者的には、やっと、なんとなく書き方が解ってきたかなーと思っております。

「読みやすくなった」「後半になるにつれて面白くなってきた」と皆さまが感じていれば幸いです。


5章も頑張りますので、引き続き応援よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼この作品が面白いと思った方はコチラもチェック▼
2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在ラズ。桜子姫殿下ノ一撃ニ在リ。

日米開戦前夜、大日本帝国は一つの「真実」に到達する。それは、石油や鉄鋼を遥かに凌駕する究極の戦略資源――魔法を行使する一人の姫君、東久邇宮桜子の存在であった 。

都市を消滅させる天変地異『メテオ』 。だが、その力は一度使えば回復に長期間を要し、飽和攻撃には驚くほど脆弱という致命的な欠陥を抱えていた 。

この「ガラスの大砲」をいかにして国家の切り札とするか。
異端の天才戦略家・石原莞爾は、旧来の戦争概念を全て破壊する新国家戦略『魔法戦核ドクトリン』を提唱する 。大艦巨砲主義を放棄し、桜子を護る「盾」たる戦闘機と駆逐艦を量産 。桜子の一撃を最大化するため、全軍は「耐えて勝つ」縦深防御戦術へと移行する 。

これは、巨大戦艦「大和」さえ囮(おとり)とし 、たった一人の少女の魔法を軸に、軍事・経済・諜報の全てを再構築して世界最終戦争に挑む、日本の壮大な国家改造の物語である。
― 新着の感想 ―
次回から欧米にどの様なアプローチをしていくのか‥ww1もまだだいぶ先ですし楽しみです。
「45口径15寸砲(≒46センチ砲)を、三連装で九門…だと? 馬鹿な!!? こんなものを積めば、船が、船でなくなってしまう!」 伝統的な大艦巨砲主義者である老技師が、超弩級戦艦の設計図を前に、頭を抱…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ