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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第4章(維新外征戦争)
44/65

44(雷鳴)

1871年、秋。

スマトラ島北端、アチェ王国沖。


川上操六陸軍中将率いる、日本の第二師団を乗せた大船団が、威容を誇るように水平線に展開していた。彼らの目的は、この地で独立を賭けてオランダと戦うアチェ王国と、その敵であるオランダ軍の双方に、第三勢力としての日本の存在を示すことにあった。


上陸に先立ち、偵察部隊が先行して沿岸の村に接触する。日本兵の姿に、現地の住民たちが警戒の表情を浮かべた、その時。偵察部隊に同行していたモロ族の義勇兵が、一歩前に進み出た。彼は、現地の言葉こそ話せないが、村の長老らしき人物に対し、イスラム教徒としての丁寧な(アッサラーム・)挨拶(アライクム)を口にし、胸の前で手を合わせた。

言葉は通じずとも、同じ神を信じる者としての作法は、アチェの民の固い警戒心をわずかに解きほぐした。

彼は、身振り手振りを交え、自分たちが何者で、日本がどのような国であるかを、必死に伝えようとしている。


その光景を、沖合の旗艦から望遠鏡で見ていた川上操六は、傍らの若い参謀に静かに告げた。


「良いか。この戦は、ただの陣取り合戦ではない。我々が、彼の地の民の心を掴めるかどうかの戦でもあるのだ。地形や距離など、我が帝国の軍の前では意味をなさん。だが、人の心だけは、力だけでは決して手に入らんからな」


§


アチェ王国の首都、クタラジャの宮殿。

スルタン(国王)は、日本の大船団出現の報を受け、重臣たちと軍議を開いていた。

彼の顔には、長きにわたるオランダとの戦争による疲労と、新たな脅威に対する深い苦悩が刻まれている。


「日本だと? 東の島国が、なぜ今この地に…。彼らは、我らを助けに来た解放者か。それとも、オランダという狼が弱るのを待ち、漁夫の利を狙う、新たな虎か…」


スルタンの呟きに、誰も答えることはできない。


「将軍、どう思う?」


「はっ。いずれにせよ、彼らの真意を見極めるまでは、軽々しく動くべきではありますまい。我らが何世代にもわたり守り抜き、そして今、オランダの侵略と戦い続けているこの独立、やすやすと他国に委ねるわけにはいきませぬ」


歴戦の将軍の言葉に、スルタンは静かに頷いた。


§


川上操六が、最初の使者としてスルタンの元へ送ったのは、日本の外交官ではなかった。

ミンダナオ島から同行してきた、モロ族の族長たちだった。

同じイスラムの同胞であり、同じように西欧列強と戦ってきた彼らの言葉は、何よりもスルタンの心に響くはずだと、川上は計算していたのだ。


「スルタン殿、我らは日本の強さを、その目で見てきた」


族長は、アチェの宮殿で、日本の国威を背負いながらも、対等な友人として語りかけた。

「彼らは、我らの神を敬い、我らの法を尊重すると約束してくれた。そして、その約束を守っている。

彼らは、我らの信仰を脅かすキリスト教の国々とは違う。彼らは、我らを同じ帝国民として、共に豊かになろうと語ってくれた。信じがたいかもしれんが、彼らは、解放者だ。少なくとも、我らを300年苦しめたスペイン人よりは、遥かにな」


その言葉に、スルタンの心は大きく揺れた。

だが、彼は一国の王。即断はできない。


「…貴殿らの言葉は信じよう。だが、我が民の未来を託すには、まだ足りぬ。彼らの『力』を、この目で見ないことにはな。我らの敵、オランダ軍を打ち破れるというのなら、話はそれからだ」


§


その回答は、川上にとって、まさに望むところだった。

日本軍は、上陸と同時に、驚くべき速さで島の内陸部へと展開。その進軍を支えたのは、兵士の足ではなく、二つの新技術だった。


「第一大隊、前方の密林地帯に、敵の斥候部隊を発見!」

「第二大隊、電話線を急設! 本部との連絡を確保せよ!」

「後方の砲兵部隊に通達! 無線電信にて目標座標を送信! 座標、X-35、Y-72!」


日本の兵士たちは、進軍しながら、驚異的な速さで野戦電話の回線を敷設していく。前線の斥候部隊が得た情報は、瞬時に後方の指揮所へ。そして、指揮所から砲兵部隊へは、無線電信によって、目標の正確な座標が送られる。


一方、日本の進軍を待ち構えていたオランダ軍の斥候部隊は、不可解な恐怖に襲われていた。

「な、なんだ? 日本兵は、ただの箱に向かって話しているだけだぞ…?」

彼らが日本の電話兵の奇妙な行動を訝しんでいる、その瞬間。後方の空が唸りを上げ、見えない場所から放たれた砲弾が、彼らの頭上に正確に降り注いだ。

「ぐわぁっ!」

オランダ軍の司令官は、次々と入る斥候部隊全滅の報に、顔を青くした。

「馬鹿な! 敵の砲兵はどこにいるのだ! なぜ、こちらの位置が正確に分かる!?」

報告に来た部下が、震える声で答える。

「わ、分かりません! 日本兵は、まるで神の声でも聞いているかのように、我々の位置を正確に…」

「黙れ!」

司令官は、その報告を、人種的な偏見からくるプライドで一蹴した。

「アジアの猿どもが、我々を上回る科学技術など持つはずがない! 何かのトリックだ! 惑わされるな! 全軍、前進! 奴らを力でねじ伏せろ!」


§


だが、その判断は、さらなる地獄を招いただけだった。

日本の前線斥候部隊は、決してオランダ軍と直接戦わない。ただ、敵の位置と規模を、電話と無線で後方へ報告するだけ。

そして、その情報を受け取った日本の砲兵部隊が、見えない位置から一方的に鉄槌を下す。

オランダ兵は、姿なき敵からの正確無比な砲撃に、戦う前に心を折られていった。戦場は、彼らにとって「見えざる狩人」に一方的に狩られる狩り場と化していた。


数日にわたる一方的な消耗戦の末、オランダ軍は、首都クタラジャ近郊の要塞へと潰走した。

だが、その動きも、日本の通信網によって完全に筒抜けだった。


「敵部隊、要塞に籠城する模様。包囲網は、すでに完成しております」


川上操六は、地図上の駒を動かし、冷徹に告げた。


「よろしい。総攻撃を開始する。全ての部隊に、寸分の狂いもなく、同時に攻撃を開始させよ」


夜明けと共に、クタラジャ要塞に、四方八方から雷鳴のような砲声が轟いた。オランダ軍は、自分たちが、いつの間にか数倍の規模の敵に完全包囲されていると錯覚した。

だが、実際は、日本の完璧な連携が生み出した幻想に過ぎなかった。

半日後。要塞の門に、白旗が掲げられた。


§


数日後、アチェ王国の宮殿。

スルタンの前に、三人の男が進み出た。

一人は、日本の司令官、川上操六。

一人は、捕虜となった、かつてのオランダ軍司令官。

そしてもう一人は、この戦いの正しさを証明する証人、モロ族の族長。


川上操六は、スルタンに恭しく一礼すると、静かに、しかし有無を言わせぬ力強さで語りかけた。


「スルタン殿。ご覧の通り、貴殿を苦しめていたオランダとの戦争は、我らの手によって終わりました。ですが、我らは、ただオランダを追い払うためだけに来たのではありませぬ」


彼は一呼吸置き、最後の、そして最も重要な提案を突きつけた。


「スルタン殿。貴殿がその『王冠』を、我らが帝に差し出し、一人の『華族』として、帝国の臣民となることをお受け入れくださるならば、我らはこのアチェの地の繁栄を、帝国総攬の名においてお約束しましょう。アチェの民の信仰も、誇りも、我らは決して奪いませぬ」


川上の言葉は、穏やかだが、その裏には鋼のような意志が感じられた。


「…しかし、もし、最後までその小さな冠に固執なさるのであれば、我らは、貴殿を、オランダと同じ、ただ滅ぼすべき『敵』と見なすまでです。賢明なるご判断を、お待ちしております」


宮殿に、重い沈黙が落ちる。

スルタンの額に、一筋の汗が伝った。彼に残された選択肢は、もはや一つしかなかった。

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2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
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― 新着の感想 ―
こんだけ一気に太平洋上の領土が広がるなら戦後は補給網や交通網の構築が国策になりそうですね。
これでまた仲間が増えてしまった どんな日常が来るだろうね
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