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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第4章(維新外征戦争)
42/65

42(欺瞞)

1871年夏


フィリピンとボルネオ島に挟まれた、スールー海。

抜けるような青空と、エメラルドの海が広がるこの穏やかな海域は、今、歴史の転換点を告げる鉄と硝煙の舞台となろうとしていた。


川村純義少将が率いる日本の陽動艦隊――護国戦争で活躍した旧式の蒸気フリゲート艦数隻――は、蘭西連合艦隊との接触に成功していた。

水平線の彼方には、おびただしい数のマストと、立ち上る黒煙。

その数は、日本の倍以上はあろうか。


「閣下! 敵艦隊、我々を捕捉! 追撃に移る模様です!」


若い士官が、緊張した声で報告する。


「うむ」


川村は、双眼鏡を覗いたまま、落ち着き払って頷いた。


「敵さんの航空機も上がってきました! なんという数だ…!」



蘭西連合艦隊の旗艦、スペイン海軍の装甲艦『ヌマンシア』の艦橋では、司令官であるスペイン人提督が、日本の小艦隊を侮りきった表情で見下ろしていた。


「見ろ! 東洋の猿どもが、慌てて逃げていくわ! 奴らが持つ航空機も、我が軍からの情報通り、あの程度か!」


彼の視線の先、日本の艦隊から発艦したのは、わずか十数機の複葉機。それは、敵の目を欺くために、あえて旧式化改装を施した『瑞雲』だった。


「良いか! あの哀れなズックと木の凧を、我らの数で押し潰せ! 艦隊は、あの旧式艦どもを海の藻屑にしてくれるわ!」


提督の傲慢な号令が、艦橋に響き渡った。



その頃、スールー海の遥か上空では、地獄の狩りが始まろうとしていた。


「こちら一番機、目標、敵航空部隊。…面白い、本当に的がうじゃうじゃいやがる」


『海神』の操縦桿を握る日本人パイロットは、眼下に広がる光景に、思わず不敵な笑みを浮かべた。

下に見えるのは、自分たちの『海神』とは比較にもならない、布と木でできた鈍重な複葉機の大群だ。武装も、パイロットが手で投げる爆弾か、申し訳程度の機銃しかない。


「全機、攻撃開始! 一機たりとも、主力艦隊の空域には近づけさせるな!」


隊長の号令一下、銀色の『海神』編隊が、太陽を背に急降下を開始する。

それは、もはや戦闘ではなかった。

『海神』の30厘機関銃(≒9ミリ機関銃)が咆哮を上げると、敵の旧式機は、まるで紙細工のように弾け飛び、翼をもがれ、黒煙を吹きながらきりもみ状に墜ちていく。

日本のパイロットたちは、圧倒的な性能差を実感しながら、冷静に、効率的に、空の掃除を進めていった。


だが、敵は数だけは多い。

数機の敵機が、対空砲火と『海神』の防御網をかいくぐり、日本の陽動艦隊に肉薄した。

投下された小型の焼夷弾が、数隻の甲板で火災を発生させる。


「川村閣下、被弾! 第三番艦、火災発生!」


若い士官が叫ぶ。


「馬鹿者、慌てるな」


川村は、双眼鏡から目を離さずに言った。


「火はすぐに消せ。だが、煙幕だけは、あたかも船が燃え盛っているように、もっと派手に焚き上げろ。最高の舞台装置だろう?」


彼の口元には、知将らしい冷徹な笑みが浮かんでいた。

日本の水兵たちは、訓練通り、迅速な消火活動で火災を瞬時に鎮圧。

しかし、その上で、わざと大量の黒煙を噴き上げ、あたかも大損害を受けたかのように見せかけた。


この光景を目の当たりにした蘭西連合艦隊の司令官は、勝利を確信した。


「見たか! 敵艦は炎上! もはや虫の息だ!」


その時、彼の隣にいた有能な部下が、懸念を進言した。


「提督、お待ちください! 敵艦は黒煙を上げてはおりますが、速力は全く落ちておりません! 我が軍の航空機からの連絡も、先ほどから完全に途絶えております。これは、何か罠の可能性が…!」


「黙れ、臆病者め!」


司令官は、その慎重論を傲慢に一蹴した。


「航空機は、日本の数少ない新型機に手間取っているだけだ! だが、奴らは数が全く足りておらん! 艦隊は、我らの物量の前に、なすすべもなく崩壊したのだ! 全艦、追撃! 逃げる敵は、一隻残らず海の藻屑とせよ!」


彼らが、罠とも知らずに追撃に夢中になっていた、その時。

彼らの頭上の空が、にわかに暗くなった。


「な、なんだ…!?」


水平線の彼方から、突如として百機を超える銀色の編隊が出現したのだ。

空が、鋼鉄のいなごの群れに覆われたかのような、圧倒的な光景。


「あれは、我々が知る『飛行機』ではない…天から舞い降りた、鋼鉄の死神だ…」


敵兵の一人が、絶望に顔を歪ませて呟く。

消耗しきっていた蘭西の航空部隊は、この増援の前に、なすすべもなく殲滅された。


そして、空の脅威が完全に去った、その瞬間。

連合艦隊が進む先の、島の影から、亡霊のように、巨大な艦隊が姿を現した。

大山巌率いる、日本の主力艦隊。黒煙を吐かない石油専焼ボイラーを搭載した、新型戦艦群だった。


「な…なんだ、あの航空隊の数は…!? 馬鹿な、報告では…! …ま、待て、あの艦影はなんだ…!?」


連合艦隊司令官が、信じられないものを見るように絶叫する。



旗艦『三笠』の艦橋。大山巌は、『海神』から送られてくる無線電信の報告書を読み、静かに頷いた。


「空の露払いは、終わったようだな。上々のできだ」


彼は、傍らの伝令に、しかし戦場全体に響き渡るような、威厳に満ちた声で告げた。


「全艦、戦闘用意。…撃ち方、始め!」


日本主力艦隊の全主砲が、一斉に火を噴いた。

それは、もはや海戦ではなく、一方的な「処刑」だった。

新型戦艦に搭載された大口径の国産施条砲から放たれる榴弾が、旧式の装甲しか持たない連合艦隊の艦船に、次々と突き刺さり、船体内部で炸裂する。

轟音と水柱。マストはへし折れ、砲塔は吹き飛び、船体は二つに裂ける。

速射性能に優れる多数の副砲が、雨霰と砲弾を浴びせかけ、敵艦の甲板を完全に制圧する。

数時間後。連合艦隊は、ほぼ全滅していた。

スールー海は、燃え盛る鉄の残骸が漂う、巨大な墓標と化していた。


§


江戸・総攬府執務室。

俺は、その勝利を告げる電信を、静かに受け取っていた。日本側の損害は、陽動艦隊の数隻が小破したのみ。

ジンの表情は変わらない。

だが、彼の背後にある世界地図の上で、ミンダナオ島周辺の海域を示す駒が、彼の手によって、静かに取り除かれた。


「スールー海海戦、我々の圧勝です。敵艦隊の9割以上を撃沈、または行動不能に。太平洋における、スペイン・オランダの海軍力は、これで完全に消滅しました」


ミネルヴァが、淡々と報告する。


「海を制した。次は、陸だ。大山にミンダナオの掃討を開始させる」


「…一点、ご報告が。CSA議会では、我が国への宣戦布告を巡り、激しい議論が始まった模様です。ですが、結論が出るには、まだ時間がかかりましょう」


「(地図を見つめたまま)…そうか。我々に与えられた時間は、それほど多くはない、ということだな」


俺は、次なる戦いの始まりを、静かに待っていた。

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2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在ラズ。桜子姫殿下ノ一撃ニ在リ。

日米開戦前夜、大日本帝国は一つの「真実」に到達する。それは、石油や鉄鋼を遥かに凌駕する究極の戦略資源――魔法を行使する一人の姫君、東久邇宮桜子の存在であった 。

都市を消滅させる天変地異『メテオ』 。だが、その力は一度使えば回復に長期間を要し、飽和攻撃には驚くほど脆弱という致命的な欠陥を抱えていた 。

この「ガラスの大砲」をいかにして国家の切り札とするか。
異端の天才戦略家・石原莞爾は、旧来の戦争概念を全て破壊する新国家戦略『魔法戦核ドクトリン』を提唱する 。大艦巨砲主義を放棄し、桜子を護る「盾」たる戦闘機と駆逐艦を量産 。桜子の一撃を最大化するため、全軍は「耐えて勝つ」縦深防御戦術へと移行する 。

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― 新着の感想 ―
やっぱりスペインとオランダは前哨戦でしたか。 今回の主格敵であるアメリカ負けたらなんかもう一度内部分裂しそうですね‥
圧倒的な勝利でしたね、今頃敵国のお偉いさんがかわいそうな顔になってんだろうなぁ・・・ でもすごい成長ですね、びっくりです。 ライト兄弟ですら世界初の動力飛行成功は1903年12月なんだぜ 置いていかれ…
作者さんの作品という“福”があると思えば、作者さんの現実(仕事)に危機が訪れるという“災”がやって来た……ままならん世ですね。
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