41(布告)
前話でジンがミネルヴァの情報を閣僚に明かしているかのような描写がありましたが、ミスです。
ミネルヴァの存在を証明できない為、ジンは誰にも言っていない状況は続いています。
現在は該当箇所を修正済みです。
修正前に読まれた方、混乱させてしまい本当に申し訳ございませんでした。
1871年春。江戸城・総攬府の大会議室。
ミンダナオ島での戦闘開始が電信で江戸にもたらされて数刻、イギリスの動向に関する最終分析を手に、臨時閣議を招集。中島外務卿、大村陸軍卿、勝海軍卿をはじめ、主要閣僚が緊張した面持ちで席に着いている。
部屋の空気は、張り詰めている。
閣僚たちは、日本の未来が、この会議室での一つの決断にかかっていることを理解していた。
そこに新たな電信の情報を持った中島三郎助が報告に来る。
「ご報告いたします。先日、ミンダナオ島にて、我が国の調査団がスペイン軍より不法な武力攻撃を受け、これを撃退いたしました。敵部隊、ほぼ壊滅。 我が方の損害、負傷者数名のみ」
その報は、日本の軍事力が旧時代のそれとは比較にならない次元にあることを、内外に示すには十分すぎた。
中島は続けて各国の反応を伝える。
「さらに、たった今マニラより入電が。この度の武力衝突を受け、スペイン・オランダ両国は、かねてより協議していた『植民地維持同盟』に正式調印した、とのことでございます。条文には『一国への攻撃は、同盟国全体への攻撃と見なす』と…」
俺は静かに頷き、閣議室に集った大村益次郎、土方歳三、勝海舟、そして外務卿の中島三郎助を見渡し、俺は告げる。
「…彼ら自身で、運命を選んだというわけか。結構だ。手間が省ける。イギリスは動かん。彼らは我々の『挑発』を理由に、高みの見物を決め込むだろう。つまり、この戦いは、我々が独力で勝ち抜かねばならん」
「望むところでございますな。むしろ、他国の思惑に左右されず、存分に腕を振るえます。陸軍の準備は、万端整っております」
「海軍も同じくだ。スペイン、オランダの極東艦隊なぞ、護国戦争のロシア艦隊に比べれば物の数じゃねえ。いつでも、海の藻屑にしてやれますぜ」
陸軍卿、海軍卿の勇ましい声を聴き、俺は立ち上がり、壁の世界地図の前に立つ。
「よろしい。では、皆の総意は決まったな。これより、大日本帝国は、国家の尊厳と、海外同胞(調査団)の安全を守るため、スペイン王国、及びその軍事同盟国であるオランダ王国に対し、宣戦を布告する!」
§
その布告が世界に発信される数時間前。
江戸近郊「日本航空機研究所」の極秘格納庫。
俺は、吉田松陰、そして作戦のために江戸へ戻っていた大山巌と共に、完成したばかりの『海神』を視察していた。
「これが…噂に聞く『海神』…! まるで、鋼鉄の猛禽ですな…」
大山は、流線型の機体を前に、感嘆の声を漏らした。彼には、今回の作戦の切り札として、事前にこの存在を明かしてあった。これほどの決戦兵器の存在を知らずして、的確な作戦指導など不可能だからだ。
「見事だ、松陰先生」
俺の労いに、吉田松陰は誇らしげに胸を張る。
「はっ!総攬にご指摘いただいた『操縦安定性』も、完璧です」
その時、ミネルヴァが俺にだけ、そっと囁いた。
(ジン様、先日から、イギリス大使館武官のスパイが、この研究所の周辺を嗅ぎ回っております)
(だろうな。ジョンブルが、同盟国の新しい玩具に興味を示さないはずがない。どうだ、バレそうか?)
(いいえ。彼らが掴んでいるのは、せいぜい『瑞雲の改良型である、陸上機の開発が進んでいる』という程度の情報。私と新選組の防諜網により、『海神』そのものの存在や、ましてや空母での運用計画などは、一切漏れておりません。ご安心を)
(よし。ならば、たまにはサービスをしてやるか)
俺は、大山に聞こえるように言った。
「大山、イギリスには注意が必要だ。彼らは、我々の力を測ろうと躍起になっている。この『海神』は、まだ見せる時ではない。彼らの目には、せいぜい『瑞雲』を少し高速化させた程度の、"想像の範囲内"の新型機を泳がせておけ。本当の虎の子は、敵の喉笛を食い破る、その瞬間まで隠し通す」
「なるほど。敵を欺くには、まず味方から…いや、”同盟国”から、ですな。承知いたしました」
大山の顔に、獰猛な笑みが浮かんだ。
(ミネルヴァ、他の国の密偵は? CSAや、蘭西は?)
(ご心配なく。ジン様の指示通り、私達が提供した情報を元に、近藤長官と新選組が定期的に、そして静かに"大掃除"をしております。今、江戸で自由に動ける外国の密偵は、我々が『あえて』泳がせているイギリスの者たちだけですわ)
その完璧な防諜体制に、俺は満足して頷いた。
§
そして、布告の時。
総攬府・逓信省・国際電信室。
静寂に包まれた部屋で、何人もの電信技師が、猛烈な勢いで電鍵を叩いている。
日本の宣戦布告の公式声明が、英語、フランス語、ドイツ語に翻訳され、海底ケーブルを通じて、ロンドン、パリ、ベルリン、そしてCSAの首都、バージニア州リッチモンドへと、光の速さで発信されていく。
総攬府の地下にある「総攬府報知・印刷工場」では、地響きのような轟音と共に、本木昌造が心血を注いだ巨大な活版印刷機がフル稼働していた。
文部卿・福沢諭吉自ら筆を執った「号外」の版がセットされ、次々と真っ白な紙が吸い込まれては、力強い文字が刻まれて吐き出されていく。
インクの匂いが立ち込める中、福沢は刷り上がったばかりの号外を手に取り、その文字を確かめるように指でなぞった。
見出しには「帝国、西蘭に宣戦を布告! 不法なる攻撃に、正義の鉄槌を!」という、勇ましい文字が躍っている。
彼は、この一枚の紙が、これから世界を揺るがすことを確信し、武者震いを禁じ得なかった。
刷り上がった数万部の号外は、待機していた新選組の連絡部隊や、民間の売り子たちの手によって、瞬く間に江戸市中、そして全国の主要都市へと届けられていく。
道行く人々は、誰もが足を止め、その紙面に食い入る。そこには、福沢の力強い筆による、決然とした声明が記されていた。
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【号外:大日本帝国総攬府布告】
十年の一新、今、実を結ぶ! 我らが総攬府の誕生は、まさに国家の『維新』であった。
旧き幕政を打ち破り、富国強兵の道を歩み始めた我ら日本の前途を、旧態依然の西欧列強が阻むというのであれば、我らは断固としてこれを打ち払う!
今般、ミンダナオ島において平和的調査活動に従事していた我が帝国臣民に対し、スペイン軍は不法かつ非人道的な武力攻撃を行った。
これは、我が国の主権と国民の生命に対する、断じて容認できぬ挑戦である。
よって、大日本帝国は、自存自衛の権利を行使し、スペイン、及びその暴挙を支持する同盟国オランダに対し、本日付で宣戦を布告する。
見よ、これこそが『維新』の力を世界に示す、最初の『外征』である!
この戦いを、我々は『維新外征戦争』と命名する。
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「号外」が配られると、人々は黒山の人だかりとなり、食い入るように記事を読む。
最初は驚きの声が上がるが、やがてそれは、怒りと興奮の渦へと変わっていく。
この布告は、民衆の心を鷲掴みにした。
「日本の平和な調査団が襲われた」
「ならず者国家に、日本の力を見せてやれ」
「そうだ、よく言った!」
「総攬様万歳!」「大日本帝国万歳!」
護国戦争の勝利で植え付けられた国民の誇りは、この新たな大義名分を得て、熱狂的なナショナリズムへと昇華されていく。
日本の国論は、かつてないほど強固に、一つにまとまった。
その様子を、俺は総攬府の窓から静かに見下ろしていた。
日本の宣戦布告に対する、世界各国の反応が、次々と電信で届いている。
閣僚が纏めるより早く、ミネルヴァが整理し、俺に報告してくれる。
スペイン・オランダ:
日本からの宣戦布告に対し、激しい非難と共に、即座に国交断絶と、自国民への日本からの退去勧告を発表。
イギリス:
予想通り、「日本の『無主地の先占権』宣言が紛争の原因」として、「厳正中立」を宣言。
CSA:
イギリスの中立宣言を待っていたかのように、声明を発表。「太平洋の平和を脅かす日本の侵略行為を断じて許さい」と。ハワイ併合問題も、その理由として挙げられている。
「…以上です。CSAが参戦は時間の問題で、敵は三カ国となりました。ですが、全てジン様の計算通りに世界は動いています」
「ああ。布告は打った。あとは、国中の熱狂が冷めぬうちに、圧倒的な勝利を届けるだけだ」
§
横須賀軍港
征夷大将軍・徳川慶喜が見送る中、護国戦争で活躍した『日進』などの旧式艦隊が、民衆の万歳三唱を受け、大々的に出航していく。
この盛大な出航を世界各国の記者や外交官は冷ややかな目で見ていた。
確かに日本は日露戦争時点で圧倒的な技術力を誇り、数年先の艦隊だっただろう。
しかし、それに胡坐をかき、全く進歩していない。
自分たちの母国も技術で日本に追いついた、そう確信していた。
§
呉・秘密軍港
横須賀とは対照的に、月明かりの下、巨大な鋼鉄の船体を持つ、石油専焼ボイラー搭載の新型戦艦数隻が、音もなく静かに出航を待っている。
ジンは呉の軍港で訓示を行う。
「…表の役者たちは、見事に舞台へと上がった。ここからは、我々『裏方』の仕事だ。音も無く忍び寄り、敵が気づいた時には、その喉笛に牙を突き立てろ。行け、我が鋼鉄の猟犬たちよ。これより、太平洋の掃除を始める」
各隊は綺麗な敬礼の後、速やかに乗船。汽笛の音もなく、静かに出航していった。




