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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第3章(日清日露戦争)
34/65

34(幕間:鳳雛)

1860年、横須賀軍港


夜明け前の薄明かりが、静まり返った横須賀軍港の水面を銀色に染めていた。

その中央に、一隻の最新鋭蒸気船が、出航の時を待って静かに佇んでいる。

船名は『鳳雛』。その純白の船体には、かつての彦根藩の象徴「井伊の赤備え」を彷彿とさせる、鮮やかな赤いラインが一筋、誇らしげに描かれていた。


船に乗船するのは、真新しい調査団の制服に身を包んだ、かつての彦根藩士たちだ。

彼らの表情には、未知への航海に対する不安と、それ以上に「家名回復」という重い使命を帯びた、武士としての誇りと決意が浮かんでいる。


調査団の長、井伊直憲(いい なおのり)は船橋の最も高い場所から、眼下の港と、まだ眠りから覚めきらない江戸の街をじっと見渡していた。

彼の脳裏には、数ヶ月前の、自らの運命が大きく変わったあの日の出来事が、鮮やかに蘇っていた。


§


論功行賞で「太平洋島嶼調査団」の派遣という、栄誉あるのか、あるいは懲罰的なのか判然としない任務を拝命した後日。井伊直憲は、改めて総攬府の奥深く、扶桑 仁の執務室に呼び出された。


『島流しではないか』

世間の噂や、動揺する家臣たちの声が、彼の心を重く締め付ける。

緊張で強張った面持ちのまま、直憲は、この国の絶対的な支配者の前に座っていた。


俺は、彼の心中を見透かすように、静かに語り始めた。

「直憲殿、世間では色々と言われているようだな。だが、貴殿に託すのは、日ノ本の未来そのものだ」


俺は机の上に、太平洋の広大な海図を広げてみせた。

そして、ミネルヴァの地質探査情報を基に、未開の島、ニューギニア島のある一点を指し示す。


「この地に、佐渡や石見を遥かに凌ぐ、莫大な金の鉱脈が眠っている」


直憲の目が、信じられないものを見るように見開かれた。


「金の…鉱脈…?」


「そうだ。そして、このナウルという小島には、作物の実りを飛躍的に向上させるリン鉱石が、無尽蔵に眠っている。さらに、このカロリン諸島。今はスペインが領有を主張しているが、事実上放置されている。ここは、太平洋の覇権を握る上で、極めて重要な戦略拠点となる」


俺は、直憲の目を見て、言葉に力を込めた。


「これは、貴殿と、忠義に厚い旧彦根藩の者たちにしか任せられぬ、極秘の任務だ。この地に眠る富を、他国に知られるわけにはいかない。表向きは学術調査。噂では島流し。だがその実、日本の新たな礎を築くための、最重要任務である。今、自然にこの金鉱脈を探索できるのは貴殿だけだ。この任務は、父上の代に失った以上の栄誉を、その手で掴み取るための航海でもある」


俺はさらに、この任務のために海軍の最新鋭蒸気船『鳳雛』を貸与すること、航海術に長けた海軍士官を同行させること、そして坂本龍馬の「海陸物産交易社」が、補給や現地との交渉で全面的に支援することを告げた。


想像を絶する壮大な計画と、自分たちに寄せられた揺るぎない信頼。

栄誉の裏に隠された真実を知った直憲は、もはや抑えきれぬ感動に打ち震えていた。

彼は椅子から滑り落ちるようにして床に手をつき、深々と頭を下げた。


「総攬閣下…!この井伊直憲、この御恩に報いるため、必ずや任務を成功させてご覧にいれます!」


その声には、心からの忠誠と、武門の家に生まれた男としての新たな決意が込められていた。


§


「出航用意!」


号令と共に、『鳳雛』の巨大な蒸気機関が唸りを上げ、船体が微かに震えた。

横須賀軍港では、盛大な出航式が行われていた。俺や徳川慶喜ら総攬府の閣僚たちが見送る中、『鳳雛』は民衆の万歳の声援を受け、ゆっくりと岸壁を離れていく。表向きは学術調査団の船出。だが、その真の目的を知る者たちは、日本の歴史が新たな一歩を踏み出すこの瞬間を、固唾を飲んで見守っていた。


『鳳雛』は、未知なる太平洋へと、その舳先を向けた。


航海は、壮絶を極めた。

ミネルヴァが予測した最適な航路のおかげで、大きな嵐こそ回避できたものの、赤道直下の酷暑、新鮮な水や食料の不足、そして未知の風土病が、屈強な元武士たちを次々と襲った。

しかし、彼らは屈しなかった。海軍士官から近代的な航海術や測量術を学び、坂本龍馬の船団との連携を通じて、新しい時代の兵站や組織運営を体感する。井伊直憲は、この困難な状況下でこそ、その真価を発揮した。的確な判断で部下をまとめ上げ、自ら率先して困難に立ち向かうその姿は、かつての気弱な若者の面影はなく、頼れる優れたリーダーそのものだった。


数ヶ月後。

彼らはついに、目的の地、ニューギニア島の奥地へと到達した。

俺が示した地図の場所、鬱蒼としたジャングルを流れる名もなき川で、彼らは泥にまみれながら川の砂を掬い、皿の上で揺らし続けた。


そして、その時は訪れた。


「き、金だ…!金が出たぞーっ!」


ひとりの元武士が、皿の上で鈍く輝く砂金の粒を見つけ、震える声で叫んだ。その声に、仲間たちが次々と集まり、やがて歓喜の渦が広がっていく。

彼らの執念は、さらなる奇跡を呼び寄せた。川底から、()()()()()()()()()()()()()が発見されたのだ。彼らの歓声は、もはや絶叫に変わっていた。


井伊直憲は、その黄金の塊を、震える手で高く掲げた。

彼は、部下たちに命じて海岸に「日章旗」と、そして真っ赤な布地に金色の「彦根橘」の紋が染め抜かれた旗を、高々と打ち立てさせた。


「本日この時をもって、この地を『大日本帝国・新彦根州』とする!」


その高らかな宣言は、ジャングルの空に吸い込まれていった。彼の顔には、藩祖・井伊直政にも劣らぬ、誇りと自信が満ち溢れていた。


江戸・総攬府執務室


俺は、調査団から届けられた第一報と、見本として送られてきた金塊を静かに見つめていた。そのずっしりとした重みは、日本の未来の重さそのものだった。


俺は立ち上がると、壁の世界地図に向き直った。


「よくやった、井伊直憲。これで、我が国の財政基盤はさらに強固になる」


俺の視線は、赤く塗られた「新彦根州」から、スペイン領とされているカロリン諸島、そしてその先のハワイ諸島へと、ゆっくりと動いていく。


「我々は海洋国家だ。この広大な太平洋こそ、我らが駆けるべき新たな舞台だ。欧米列強がこの海の価値に気づく前に、打てる手は全て打っておく…」


この日を境に、「新彦根に続け」をスローガンに、日本の太平洋への進出が始まった。小笠原諸島、硫黄島、リン鉱石の眠るナウル島、そしてスペインの支配が手薄なカロリン諸島、ソロモン諸島。日本の旗が、次々と太平洋の島々に打ち立てられていくことになる。


日本の海洋帝国への道が、今、確かな一歩を踏み出したのだ。

・ニューギニア島の金

ここはアジアでも有数の金の産出地のようです。

史実(1920年代頃)ではオーストラリアの探検家がジャングル奥地の川に入って砂金を見つけたことが始まりの様です。


・金塊の大きさ

人の拳ほどもある巨大な金塊が川から発見されることがあるのか?

実はあります。

オーストラリアで見つかった砂金塊ウェルカム・ストレンジャーは78キロもあったそうです。

ナゲットクラスって言うらしいですよ。

アメリカのゴールドラッシュでも子供の頭くらいの大きさの金塊が川底からゴロゴロ見つかったらしいです。本当ですかね?(笑)

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2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在ラズ。桜子姫殿下ノ一撃ニ在リ。

日米開戦前夜、大日本帝国は一つの「真実」に到達する。それは、石油や鉄鋼を遥かに凌駕する究極の戦略資源――魔法を行使する一人の姫君、東久邇宮桜子の存在であった 。

都市を消滅させる天変地異『メテオ』 。だが、その力は一度使えば回復に長期間を要し、飽和攻撃には驚くほど脆弱という致命的な欠陥を抱えていた 。

この「ガラスの大砲」をいかにして国家の切り札とするか。
異端の天才戦略家・石原莞爾は、旧来の戦争概念を全て破壊する新国家戦略『魔法戦核ドクトリン』を提唱する 。大艦巨砲主義を放棄し、桜子を護る「盾」たる戦闘機と駆逐艦を量産 。桜子の一撃を最大化するため、全軍は「耐えて勝つ」縦深防御戦術へと移行する 。

これは、巨大戦艦「大和」さえ囮(おとり)とし 、たった一人の少女の魔法を軸に、軍事・経済・諜報の全てを再構築して世界最終戦争に挑む、日本の壮大な国家改造の物語である。
― 新着の感想 ―
〉ニューギニア島 1848年に西半分をオランダが一応併合してるので、金が出たとなるといちゃもんつけて領有権を主張してきそうですね。そしてカロリン諸島に関してもスペインが何か言ってくる可能性がある。 …
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