31(幕間:名前)
安政六年(1859年)初冬。
江戸の港は、かつてないほどの活気に満ち溢れていた。
黒船来航以来、不安と混乱の象徴であった海は今、勝利と栄光の凱旋路となっていた。
護国戦争に勝利し、台湾や樺太から帰還する兵士たちを乗せた蒸気船が、黒煙を誇らしげに上げながら次々と入港してくる。
その姿を、桟橋を埋め尽くした家族や江戸の民衆が、万雷の歓声と日の丸の小旗で出迎えていた。
「日本万歳!」「総攬様万歳!」
地鳴りのような声が、秋の高い空に響き渡る。
兵士たちは、日に焼け、精悍さを増した顔で、故郷の土を踏みしめていた。
彼らの顔には、もはや「薩摩藩士」や「長州藩士」といった色は薄い。
大国ロシアと清を相手に、同じ釜の飯を食い、共に死線を乗り越えた彼らは、自らが「日本軍兵士」であるという新しい誇りをその胸に刻みつけていた。
その光景を、俺――ジンは、総攬府の執務室の窓から静かに見下ろしていた。
傍らには、ミネルヴァが静かに佇んでいる。
「…血は流れた。多くの命が失われた。だが、この熱狂と、生まれつつある『日本』という一つの国の意識こそ、我々が勝ち取った最大の戦果かもしれんな」
数日後。
江戸城大広間は、戦勝を祝う厳粛な熱気に包まれていた。
俺は、征夷大将軍・徳川慶喜と共に、護国戦争の論功行賞の場に臨んでいた。
居並ぶ閣僚、将官、そして諸藩の代表者たち。その視線が、壇上の俺と慶喜に集中する。
まず、慶喜が樺太攻略戦における総大将としての武功を称えられ、天皇陛下からの勅語を賜った。
これにより、彼は名実ともに新時代の日本国軍のトップとしての威信を内外に示すこととなる。
続いて、参謀総長として数々の作戦を立案・実行し、勝利に大きく貢献した土方歳三が呼び出され、その功績により破格の禄と屋敷が与えられた。
彼は、緊張した面持ちながらも、堂々とした態度でそれを受けた。
そして、式は最も重要な局面を迎える。
「薩摩藩、西郷隆盛。長州藩、木戸孝允。前へ」
俺の声が、静まり返った大広間に響く。
呼び出された二人は、ゆっくりと進み出て、俺の前に跪いた。
西郷の巨躯も、木戸の怜悧な顔立ちも、今は等しく緊張にこわばっている。
「両名の台湾方面における働き、実に見事であった。その武勇と指揮、日本の勝利に不可欠であったと、ここに賞賛する」
俺は、直接労いの言葉をかけ、金銭と共に、今後の新政府――具体的には台湾の統治や蝦夷地の開拓において、彼らの力を借りたいと、その重要な役割を示唆した。
二人は、出自を問わず功績を正当に評価する姿勢に深く頭を垂れつつも、その表情には感銘とは別の、複雑な色が浮かんでいた。
この底知れぬ力を持つ男は、一体何者なのか、と。
次に呼び出したのは、井伊直憲。
旧彦根藩主であり、俺が討った井伊直弼の息子だ。周囲に緊張が走る。
「直憲、顔を上げよ」
俺は静かに告げた。
「父の罪は子に及ばず。むしろ、先の護国戦争における彦根藩の働き、そして新政府への協力、見事であった。その忠義に報い、貴殿には日ノ本の未来のため、新たな栄誉を授けたい」
ざわめきが広がる。俺は構わず続けた。
「貴殿には、彦根藩の精鋭を率い、太平洋の彼方にある未知なる大地を目指す、調査団の長を命ずる」
島流しともとれる命令。
だが、直憲は、ジンの真意を測りかねつつも、床に額をこすりつけ、謹んでその命令を拝命した。
論功行賞の後、俺は慶喜と二人きりで言葉を交わした。
「ジン殿。西郷、木戸…あの者たちは、まさに獅子。今は貴殿の威光にひれ伏しているが、いずれ牙を剥くやもしれぬぞ」
慶喜の忠告に、俺は静かに頷いた。
「承知している。だからこそ、内に取り込む。台湾の統治、蝦夷地の開拓…彼らの野心と能力が、日本の拡大という奔流の中に飲み込まれるのなら、それもまた良し。それに慶喜公、獅子を飼いならす一番の方法は、もっと大きな獲物を与え続けることだ。彼らの野心が国内ではなく、外へ、まだ見ぬ世界の強者へ向くように、俺がいくらでも舞台を用意してやるさ」
その数日後、京の岩倉具視から一通の書状が届いた。
そこには、護国戦争の勝利と列強との対等な講和を成し遂げた俺の功績を、孝明天皇が深く嘉賞されているという言葉と共に、こう記されていた。
「――つきましては、帝より貴殿に、正式な氏と姓、そして家紋を下賜したいとのお考えがある。ついては、貴殿の本来の家名を知らせられたし」
「家名か…困ったな」
書状を読んだ俺は、思わずミネルヴァに呟いた。
「今まで申し上げませんでしたが、公人として家名がないのは、国内外の体裁上、非常に問題がございます。ようやく、この時が来たということでしょう」
ミネルヴァは、どこか楽しむような響きで、しかし冷静に指摘する。
俺がこの件を、土方や勝といった親しい閣僚たちに打ち明けると、皆一様に目を丸くした。
「え、ジンさんってのは、通称じゃなかったんですかい!?」
「わしはてっきり、どこぞの公家の御落胤か、あるいは異国の王族の血筋かと…」
彼らは、今更ながら、この国の頂点に立つ男の素性が、深い謎に包まれていることを知ったのだ。
「...俺はジンだ。それ以上でもそれ以下でもない」
そう嘯いてみせるが、ミネルヴァに「総攬という公の立場にある以上、そのような我儘は通りません。国家の体面に関わります」と、ぴしゃりと言われてしまった。
結局、俺は自分の出自が不明であることを、岩倉を通じて正直に朝廷へ伝えるしかなかった。
話は京に伝わり、公家たちの間で評議が開かれたという。
そして数日後、俺は京の御所へと呼ばれた。
紫宸殿の荘厳な空間。
御簾の奥から響く、決して大きくはないが、部屋の隅々まで染み渡るような、凛とした声。天皇陛下(考明天皇)ご自身のお言葉だ。
その一言一言が、千年の歴史の重みを持って、ジンに降り注ぐ。
「其方、ジンの功績、誠に見事である。よって、其方に新たな氏と姓、そして家紋を授ける」
天皇の叡慮として、日本そのものを象徴する古名「扶桑」を新たな氏として、姓は最高の敬称である「朝臣」を与えること、そして家紋として、天下人たる豊臣秀吉も用いた「桐紋」と、日本の象徴たる神木を組み合わせた「扶桑桐花紋」を、直接下賜されるという、破格の栄誉だった。
「…扶桑朝臣 仁。謹んで、拝命つかまつります」
ジンがそう答え、深く頭を垂れた時、彼の背中には、確かに「ジン」という個人ではない、「扶桑 仁」という公人としての、途方もない責任の重さがのしかかっていた。
江戸へ戻り、総攬府の執務室の椅子に深く身を沈める。
職人たちが作り上げた「扶桑桐花紋」が描かれた新しい調度品や書類が、目新しい。
名字と家紋を得たことで、ジンという存在は、得体の知れない超越者から、日本の歴史と伝統に連なる「公人」としてのペルソナを纏うことになった。
それは、俺の権力をより強固にし、民衆や諸外国からの見え方をも変える、大きな一歩だった。
「『扶桑 仁』様。新しいお名前、いかがですか?」
ミネルヴァが、悪戯っぽく問いかけてくる。
「…悪くない。だが、少しくすぐったいな。責任の重さが、名前という形になっただけだ」
俺は窓の外に広がる、活気を取り戻した江戸の町並みを見下ろした。
「扶桑 仁…か。この名に恥じぬ国を、築き上げねばならんな」
新たな名と共に、俺の新たな戦いが始まる。
この国を、世界の頂へと導く、長い長い戦いが。
幕間1話目は天皇陛下から「氏」を賜る話でした。
作品を書き始める前から書きたかったシーンですが、上手く書けているか。。。
大楠公の菊紋が下賜される話とか、木下藤吉郎が豊臣秀吉になる話とか好きなんですよね。
・裏話
1話を描き始める前は扶桑臣にする予定でした。ただ、途中で朝臣を入れたくなったので、仁に変えたんですよね。




