表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第3章(日清日露戦争)
30/65

30(講和)

安政六年(1859年)初冬。


樺太の荒野に、白い雪が舞い始めていた。

それは、包囲されたロシア軍にとって、死の宣告に等しかった。

補給は絶え、兵は凍え、空からは死が降り注ぐという記憶に怯える日々。もはや、抵抗は不可能だった。

日本の総大将・徳川慶喜の名で送られた降伏勧告を手に、ロシア軍司令官は苦悩の末、ついに白旗を掲げた。


樺太のロシア軍は、全面的に日本軍に降伏。

膨大な数の捕虜と、彼らが持ち込んだ兵器の全てが、日本の手に渡った。

この歴史的な勝利の報は、直ちに江戸の総攬府にもたらされた。


「見事な勝利だ、慶喜公、大村陸軍卿、土方参謀総長」


俺、ジンは、集まった閣僚たちの前で、前線で指揮を執った三人を労った。


戦後処理は、迅速かつ人道的に進めらる。

厚生卿・橋本左内の指導のもと、捕虜には十分な食事と医療が提供され、将校には相応の敬意が払われた。

これは俺がミネルヴァの知識を元に策定した、後の国際法の基準となるべきものに則っている。

この日本の「文明的」な姿勢は、後に交渉を仲介するイギリスにも、極めて良い印象を与えることになる。


同時に、この『護国戦争』で功績を挙げた武士たちへの恩賞も発表された。

特に、台湾方面で活躍した西郷隆盛や木戸孝允といった西南雄藩の者たちも、その働きを正当に評価され、中央政府での重要な役割を担うことが示唆された。

彼らは、藩という小さな枠組みを超え、「日本軍」として大国に勝利したという強烈な原体験を通じて、ナショナリズムに目覚め始めていた。

武士たちの不満は、今や国家への誇りと忠誠心へと昇華されつつあった。


日本の圧倒的勝利の報は、世界を驚かせた。

極東の小さな島国が、清とロシアという二つの帝国を同時に、しかも短期間で打ち破ったのだ。

特にロシアの南下を警戒していたイギリスは、日本の実力を再評価し、その戦略的価値を認めざるを得なかった。

俺は結んでいた秘密協定に基づき、イギリス公使パークスを通じてロシア皇帝に講和の仲介を正式に要請した。


ロシア皇帝は、極東艦隊の壊滅と、樺太陸軍の全面降伏という屈辱的な報告を受け、激怒した。

だが、シベリア鉄道はまだ開通していないため、これ以上の大規模な増援を送ることは不可能に近い。

そして何より、このまま戦争を続ければ、日本と正式な同盟を結んだイギリスが、本格的に介入してくる可能性を恐れた。

渋々ながら、ロシアはイギリスの仲介による講和交渉に応じることを決定する。

一方、アロー戦争でイギリス・フランスに惨敗していた清国もまた、両国の圧力により、日本との講和の席に着かざるを得なかった。


講和会議の舞台として選ばれたのは、大英帝国の極東における拠点、香港。

安政七年(1860年)、ここに日本、イギリス、フランス、ロシア、そして清国の代表団が集い、アジアの新たな秩序を決定づける、二つの講和会議の幕が上がった。

俺は、外務卿・中島三郎助を日本の全権代表として香港へと派遣した。

彼の背後には、もちろん俺とミネルヴァの完全なサポートがある。


会議は、日本のペースで進んだ。

対ロシア講和会議。

中島は、俺の指示とミネルヴァが提供する正確無比な情報を元に、一切の妥協を許さない強気の交渉を展開した。


「我が国の軍事的勝利は、疑うべくもない事実。故に、我が国の要求はただ一つ。戦いの原因となった、不法に占拠されていた領土の返還である」


日本の要求は明快だった。

「樺太全土および千島列島の日本への完全割譲」「戦争賠償金の支払い」、そして「今後十年間、清国への内政不干渉」。


ロシア代表は激しく抵抗したが、その背後にはイギリスの無言の圧力があり、そして何より、これ以上戦っても勝てないという現実があった。

日本の揺るぎない姿勢の前に、ロシアは徐々に追い詰められていく。


並行して行われた対清講和会議も、同様だった。

アロー戦争の講和がイギリス・フランス主導で進む中、日本は「台湾および澎湖諸島の割譲」「琉球の日本領有の正式承認」「賠償金の支払い」を要求。

日本の要求は、清本土の利権を求める英仏のそれとは衝突しない。

むしろ、清の力をさらに削ぐことを望む両国は、日本の要求を暗に支持した。

アヘンに蝕まれ、列強に蹂躙された清国に、もはや抵抗する力は残されていなかった。


二国間交渉の裏で、ジンが描いた真の設計図…アジアの勢力図を未来永劫にわたって塗り替える、さらに巨大な地政学的再編が進行していた。

それは、アジアにおけるロシアの南下政策を、完全に封じ込めるための、大胆不敵な一手だった。

中島三郎助は、対ロシア・対清交渉と並行し、イギリスの代表団と頻繁に接触。

そこで、ジンの意向を受けた、ある「提案」を囁いた。


「我が国は、今回の勝利でロシアの海洋進出に一時的ながら楔を打ち込むことができました。ですが、彼の国の野心は尽きることがないでしょう。陸路からの南下を防がぬ限り、いずれ朝鮮半島や清国を通じて、再び不凍港を求めてくるはずです」


中島の言葉に、イギリス公使パークスは頷く。


「その通りだ。ロシアの脅威は、常に我々の念頭にもある」


「そこで、です」と中島は続けた。


「今、清国は貴国らとの戦争に敗れ、広大な土地を割譲せざるを得ない状況にある。ならば、この機に、アムール川の南…ウスリー川東岸地帯(沿海州)の割譲を、賠償の一部としてイギリスが要求されてはいかがか。かの地を大英帝国が領有すれば、ロシアの陸路からの南下を完全に封じることができ、極東における貴国の権益は盤石なものとなりましょう」


パークスの目が、鋭く光った。ウラジオストクを含む沿海州。そこを手にすれば、ロシアの太平洋への出口を完全に塞ぎ、アジア大陸におけるイギリスの影響力を決定的なものにできる。


「…それは、我々が要求すべきだと?」


「我が総攬は、そう申しております。さらに、清国が朝鮮半島に対する宗主権を完全に放棄し、かの地がイギリスの影響下に入ることも、我が国は全面的に支持いたします。我々は、大陸に領土的野心は持ちません。ただ、日本の安全保障のために、ロシアという脅威が永久に排除されることを望むのです」


それは、日本が自らの手を使わずに、イギリスという世界最強の帝国を動かしてロシアを封じ込めるという、究極の代理戦略だった。

この日本の提案は、イギリスにとってまさに渡りに船。

フランスも、イギリスの極東における影響力拡大を黙認することで、他の地域での自国の権益確保を優先した。


結果、香港で結ばれた一連の条約は、世界の歴史を塗り替えるものとなった。

日本が台湾や樺太を獲得しただけでなく、北京条約には驚くべき条項が追加された。

清国は、イギリスに対しウスリー川東岸地帯を割譲。

ロシアが、将来極東の拠点とすべく建設を計画していた軍港、後のウラジオストクとなる地は、大英帝国の新たな極東の拠点「ポート・ヴィクトリア」としてその歴史を始めることになった。

同時に、清国は朝鮮半島における宗主権を放棄。

朝鮮は事実上、イギリスの保護国となり、その安定は日英同盟によって担保されることとなった。

史実においてロシアが手にした極東の権益は、この世界では全て大英帝国のものとなったのだ。

日本は、一切の血を流すことなく、大陸における最大の脅威を、数十年にわたり封じ込めることに成功したのである。



数ヶ月にわたる交渉の末、二つの歴史的な条約が締結された。

日本は、琉球、台湾、澎湖諸島、樺太、千島列島を、国際社会が認める正式な領土とし、清から多額の賠償金も獲得した。

ロシアとは最終的に賠償金を取り下げる代わりの他の要求を通す事で合意し、清への不干渉を約束させ、その南下政策に大きな楔を打ち込むことに成功した。


アジアにおける日本の地位は、この瞬間、劇的に向上した。

もはや、単なる極東の島国ではない。列強と渡り合い、自らの意志で未来を切り拓く、新興の帝国として認識されたのだ。


そして、この勝利という条件が満たされたことで、イギリスとの秘密協定は、ついに最終段階へと移行した。


ロンドンの地で、日英両国の全権代表が、正式な「日英同盟」に署名。

その内容は、「完全に対等な通商関係の確立(相互最恵国待遇)」「締約国が二国以上と交戦状態に陥った場合における、もう一方の締約国の自動参戦義務」「イギリスの朝鮮半島における権益を日本が支援する」といった、開国直後の日本には破格ものとなった。

日本は、初めて列強の一角と対等なパートナーシップを築き、その安全保障を確固たるものにしたのだ。


戦争の勝利と、二つの有利な条約、そして日英同盟の締結。

これらの報は、日本国内に熱狂をもって迎えられ、ジン総攬府の権威を絶対的なものにした。


江戸城大広間。勝利を祝う盛大な宴が催された。

集まった閣僚、武将たちの顔には、歴史的な勝利を成し遂げた達成感と、これからの国づくりへの希望が満ち溢れている。

俺は、居並ぶ仲間たちの前で、杯を高く掲げた。


「諸君、我々の勝利だ。だが、勘違いするな。これは日ノ本帝国にとって、まだ夜明けに過ぎない。これから我々は、この勝利を礎に、世界のどの国からも侮られることのない、真に豊かで強い国を築き上げるのだ。我々の国造りは、まだ始まったばかりだ!」


その言葉に、会場は万雷の拍手と歓声に包まれた。

俺の視線の先、喧騒から少し離れた場所で、ミネルヴァが静かに、そして満足げに微笑んでいるのが見えた。

日本の、そして世界の歴史が、新たな章へと突入する。その予感を胸に、俺は次なる挑戦へと意識を向けるのだった。


--------------------

この時点での日本の領土

挿絵(By みてみん)

これにて3章(日清日露戦争編)完結です。

明日から5~6話ほど幕間(という名の内政編)を投稿し、4章に入ろうと思っています。


また、毎日0時近くのギリギリまで執筆しているせいか、3章はリアリティラインの精査が甘かったかなと反省している次第です。

(単に知識不足でもある)

なので投稿頻度を2~3日に1回として、精査の時間や見直しの時間を今より多めに取ろうと考えています。多分プロット考える時間が足りて無いです。


あと、毎日投稿を30日続けましたが、身体が限界です(笑)

毎日投稿が出来ている作者さん、本当に本当に凄いです。


明日からちょっと投稿頻度が下がりますが、変わらずの応援よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼この作品が面白いと思った方はコチラもチェック▼
2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在ラズ。桜子姫殿下ノ一撃ニ在リ。

日米開戦前夜、大日本帝国は一つの「真実」に到達する。それは、石油や鉄鋼を遥かに凌駕する究極の戦略資源――魔法を行使する一人の姫君、東久邇宮桜子の存在であった 。

都市を消滅させる天変地異『メテオ』 。だが、その力は一度使えば回復に長期間を要し、飽和攻撃には驚くほど脆弱という致命的な欠陥を抱えていた 。

この「ガラスの大砲」をいかにして国家の切り札とするか。
異端の天才戦略家・石原莞爾は、旧来の戦争概念を全て破壊する新国家戦略『魔法戦核ドクトリン』を提唱する 。大艦巨砲主義を放棄し、桜子を護る「盾」たる戦闘機と駆逐艦を量産 。桜子の一撃を最大化するため、全軍は「耐えて勝つ」縦深防御戦術へと移行する 。

これは、巨大戦艦「大和」さえ囮(おとり)とし 、たった一人の少女の魔法を軸に、軍事・経済・諜報の全てを再構築して世界最終戦争に挑む、日本の壮大な国家改造の物語である。
― 新着の感想 ―
世界のメインプレイヤーとして日本が遂に台頭した章でしたね。これからも更新頑張ってください。
勝ちましたね 面白かったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ