24(曙光)
安政五年(1858年)夏
クーデター成功から数日が経過した。
江戸の町は新選組と、会津藩を中心とした協力藩の兵士たちによる厳格な治安維持活動によって、表面的な落ち着きを取り戻しつつあった。
大老・井伊直弼の死と、錦の御旗を掲げた俺の登場は、旧体制の終焉を誰の目にも明らかにしたのだ。
旧江戸城本丸、今は「総攬府」と名を変えたその一室で、俺は主要閣僚たちを前に改めて口を開いた。
徳川慶喜、土方歳三、大村益次郎、勝海舟、小栗忠順、橋本左内、福沢諭吉、五代友厚、松平容保、中島三郎助…そうそうたる顔ぶれだ。
「我が国は今、生まれ変わった。だが、これは始まりに過ぎない」
俺は一同を見渡し、力強く宣言する。
「内には旧体制の惰性と抵抗があり、外には列強の野心が渦巻いている。我々は一日も早くこの国を真の独立国家として打ち立てねばならぬ!そのためには、諸君の力が不可欠だ」
その言葉を皮切りに、総攬府は怒涛の勢いで動き始めた。
俺は矢継ぎ早に総攬令を発布していく。
まずは旧幕府による悪政の完全廃止と、安政の大獄の犠牲者の名誉回復。
そして、新国家の骨格を示すべく、身分制度の段階的撤廃を布告した。
もちろん、武士の特権をいきなり全て奪うわけにはいかない。
彼らの不満が爆発すれば、国内が再び混乱に陥る。
一部の特権は温存しつつ、四民平等への道を段階的に進むことを示した。
続いて新たな税制として地租改正の準備、そして福沢諭吉を中心とした教育制度改革だ。
「国民皆学」の理念を掲げ、全ての民が学べる機会を作ることを宣言した。
征夷大将軍となった徳川慶喜は、早速その名で全国の諸藩に対し、新政府への恭順を求める声明を発表した。
多くの譜代・親藩は、雪崩を打ってこれに従う姿勢を見せた。
だが、ミネルヴァは不穏な情報ももたらしてくる。
「ジン様、薩摩や長州といった西南の雄藩は、表向き恭順の意を示してはおりますが、水面下では独自の動きを見せております。薩摩は琉球を通じて海外情報の収集を強化し、長州は藩内の軍備近代化を秘密裏に進めている模様です」
「…やはり一筋縄ではいかんな。警戒を怠るな、ミネルヴァ」
西南雄藩の動きは、常に注視していく必要があるだろう。
国内の武力を再編し、国防力を高めることも急務だ。
陸軍卿となった大村益次郎と、参謀総長に任じた土方歳三は、早速新国軍の編成に着手した。
新選組を中核としつつ、各藩からの供出兵を再編し、厳しい訓練を課していく。
これは旧武士たちの不満を逸らし、「国防の任」という新たな誇りを与える意味も込めていた。
海軍力の強化も重要だ。
海軍卿の勝海舟は、新たに登用した者たちと共に再編案を練り上げてきた。
「ジン総攬、こちらが海軍再編の骨子にございます」
勝の隣には、榎本武揚という男が控えていた。
彼は旧幕府の海軍伝習所出身で、勝が「海軍に明るい逸材」として俺に推薦してきたのだ。
その瞳には知性と野心が宿っている。
さらに、薩摩藩出身の川村純義、佐賀藩出身の中牟田倉之助といった若手も、勝の推薦で海軍の幹部候補として加わった。
彼らの案は、既存艦の近代化改修、燃料・弾薬の戦略的備蓄、そして海軍工廠の整備計画を急ピッチで進めるというものだ。
俺はこれを承認し、さらに一つ、サプライズを加えた。
「海軍総大将には、徳川家茂公に就任いただくことが内々に決定している。勝先生、榎本、お主らには彼の教育係も務めてもらう」
これは慶喜からの提案でもあった。
まだ若い家茂公だが、彼は生粋の人たらしであり、武士の不満を抑え上手く纏めてくれるだろう。
また、将来は閣僚として起用したいと思っているので、海軍のトップとして実績が付くと尚良い。
そんな国内改革が始まった矢先、イギリス公使のオールコックから正式な使者が派遣されてきた。
クーデターの報を受け、新政府の承認と、日英間の新たな条約締結交渉の開始を申し入れてきたのだ。
「中島外務卿、相手は百戦錬磨の帝国だ。だが、臆することはない。我が国の国益を最大限に守りつつ、対等な関係を築く。それが我々の基本方針だ」
そして中島の手に1枚の紙を手渡す。
「これはまだ誰にも見せるな。だがこれを前提に交渉を進めろ」
俺は中島三郎助にそう指示し、交渉の席に着かせた。
国内はまだ盤石とは言えない。
急速な改革は、当然ながら反発も生む。
一部の保守的な武士層や、既得権益を失うことを恐れる勢力から、不満の声が上がり始めていた。
「近藤警察長官、不穏な動きは徹底的に監視し、芽が大きくなる前に摘み取れ。だが、無用な弾圧は避けろ。民衆の支持を失っては元も子もない」
近藤勇率いる警察組織が、これらの動きに目を光らせる。
目まぐるしく情勢が動く中、俺は再び主要閣僚を招集した。
「諸君、現状を報告する。イギリスとの交渉が始まった。詳細は追って連絡するが、我が国の未来を左右する重要なものとなるだろう。並行して、海軍力の増強を最優先で進める。そして…」
俺は一呼吸置き、言葉を続ける。
「遠からず、我が総攬府は、この日ノ本の正当なる領土を内外に宣言する。我々、日本が主張する領土はここだ」
そういって世界地図を取り出し、赤で色を付け始めた。
本州、四国、九州と色が付いていくが、ジンの手が止まらない。
「それは...」
徳川慶喜から思わず声が漏れる。
「どうなるかわかるな?その準備を、各々抜かりなく進めてもらいたい」
俺の言葉に、閣僚たちの表情が一様に引き締まった。
日本が真の独立国家として、世界の荒波に漕ぎ出すための、避けては通れぬ道。
曙光は差したが、道はまだ険しい。




