23(幕間:ジン総攬の一日)
1858年某日早朝
総攬の朝は早い。
「ジン様...ジン様、朝ですよ」
「ふぁぁぁ...おはよう、ミネルヴァ。今日の決済書はどれくらいある?」
「我々なら10分で終わるくらいですよ。その後に15分ほどで内容を纏めますね」
「...いつも助かる....ねむぃ」
俺は部屋の明かりをつけて机に向かう。
外はまだ真っ暗で、江戸中で働いているのは俺たちだけなんじゃないかと思う。
「右、右、右、右、右、左、、右、右、右、右.......」
ミネルヴァの声に合わせて決済書を振り分ける。
右に入るものは決済印を押すもの、左は否決だ。
「否決は1枚か」
「そうですね。と言ってもそちらは灌漑に関する事なので必要ですね。ジン様の前世でいう明治用水にあたりますが、倒幕が早まったため計画が半分ほどになっていますね。こちらで修正してあげましょう」
「倒幕を10年早めた。日本に関してはもう前世の知識はあてにならんな」
「そうですね、ですが海外に関してはまだ手を出していないため、ある程度予測ができますよ」
「確かにな。じゃあ今日の授業は近隣の国の情勢と未来予想で頼む」
「畏まりました。でも先にこの灌漑案を纏めちゃいましょう。こことここを追加して、ここを削除してください.....」
灌漑案を修正後、決済側に振り分けた書類に印鑑を押しながらミネルヴァに説明を受ける。
うちの閣僚は優秀だな、いい提案が多い。
「朝食まであと1刻ほどですね、今日の指示書を纏めましょう」
次は田中久重や吉田松陰の会社に発注する指示書の設計だ。
「ミネルヴァ、無線機はまだ無理か?」
「そうですね、無理をすれば出来なくは無いですが、他のプロジェクトに与える影響が大きいので後回しでいいかと」
「そうか。新兵器の開発だが、あの船にこれを付けるのはどうだ?」
「面白いですね。それなら予算や新兵器開発にかかる人員は少なくなります。運用は少し難しいですが、この時代なら使えるでしょう」
「よし、細かい設計図を書いていくぞ」
朝食を食べた後、護衛の1人を呼んで久重の会社に設計図を持って行ってもらう。
護衛は新選組から毎日ローテーションで数名就くことになっている。
新選組は警察庁の母体となったが、警視庁の要人警護部隊として名称も残す事となった。
今日の護衛は斎藤一だったか。彼は京都に居たので倒幕までに合流できなかったが、最近スカウトして入隊させたのだった。
前世で読んでいた本の影響か、新選組は揃えたくなる。
「ミネルヴァ、今日の閣議の出席者は?」
「五代様と赤松様です」
「五代は炭鉱についてだったな。赤松は?...いやいい、どうせ龍馬が無茶した件だろ」
「ご明察です。とはいえ坂本様の言い分も一理あります。両者の立場の違い故ですね、折衷案はこちらで纏めておきますよ」
「あぁ、頼む。炭鉱と言えば端島や夕張のイメージがあるが、ミネルヴァからは案はあるか?」
「夕張は良いですね。近くに空知炭田もありますよ」
「そうか、詳細な場所と注意事項を纏めておこう。ミネルヴァ、この地図のどの辺だ?」
「こことここですね。この炭田は良質な石炭が取れますが、ガスが多いので注意が必要です。落石事故防止案も纏めましょう」
「たまにミネルヴァが書けたらなと思うよ」
「ふふっ、そうしたらジン様のお仕事が無くなってしまいますね」
「たまにくらいいいだろう?ちょっとくらい休ませてくれ」
「ダメですよ。私はペンも持てないですし、他の人に指示も出せません。それに、この国はジン様の人気あってこそです。貴方が何をするのかを皆様が見ています。」
そういうとミネルヴァはペンを持とうとするが手がペンをすり抜け、ドアの向こうにいる護衛に大声で話しかけている。
護衛は全く気付く素振りはない。
しまいには楽しそうに歌いだしたミネルヴァを見ながら、五代に渡す資料の作成に戻ったのだった。
昼食後に閣議決定、五代と赤松に指示を出し部屋に戻る。
「ミネルヴァ、今日の授業は近隣や列強諸国の情勢と、今後の予想だったな。よろしく頼む」
俺は田中久重への宇宙論のプレゼン後も、ずっとミネルヴァに講義を受けていた。
指示を出すにも、ある程度の知識が必要だったし、毎回ミネルヴァから聞きながら返答していると挙動不審に見られてしまう。
なので、これまで電信や航空機関連、船舶や外燃機関・内燃機関など、ミネルヴァ先生のさまざまな授業が行われてきた。
未来予知で「田中久重などが質問してくる日」を予測し、逆算してその内容の授業をしてくれる。これはかなりのチートだと解ってはいるが、覚える量が多すぎる。
最近は総攬府を立てたので世界情勢なども頭に入れる必要があった。
「はい、ジン様。まずは近隣の清から。アロー戦争は昨年の天津条約で休戦していますが、国内では天津条約を非難する声が大きくなっております。来年には清から攻撃し、2年ほど戦争は続くことになります」
「イギリスとフランスが割ける極東の戦力はここに集中しているわけか」
「イギリスはインド方面でセポイの反乱を鎮圧中でもあります。大きな戦闘は終了しましたがゲリラ勢力の抵抗は続いているようです。フランスはイタリア統一戦争に介入する事を決定済みでもありますね」
「なるほどな。ロシアはクリミア戦争後どうなった?」
「欧州における不凍港の獲得は一時断念しており、アジアでの南下政策を進めています。今年アイグン条約を清と結んでおり、アムール川以北がロシア領となっております。また再来年には北京条約によりウラジオストク周辺もロシアに割譲される見込みです」
「オランダはどうだ?」
「オランダは暫く安定した時期が続きそうです。日本が他国と通商条約を結んでいないため、日本においては相対的に優位にあり、現状に満足しているようですよ」
「イタリアは暫く統一戦争にかかり切り。ドイツ方面はプロイセンとオーストリアが地域覇権を争っているんだったな。他に特筆すべき点があるか?」
「フランスは現在、阮朝に軍事介入しており、4年後には植民地支配がはじまります。3年後にはメキシコ出兵が始まり、この失敗でフランスの威信は低下します」
「フランスはこの瞬間だけ、アロー戦争やベトナムに兵力を割いていて我々にかまっている暇は無いという事か」
俺はミネルヴァから得られる情報を頭に叩き込みながら、今後の方針を考えていた。
ミネルヴァに任せれば最適な国家運営も可能だろうが、大枠の方針については何も言ってこない。
俺がどんな日本にするのか楽しんでいる節もあり、おそらく失敗する未来が見えてもその直前まで言ってこないのだろう。
「よし、この方針でいこうと思う。これなら国内の武士の不満を外に向けられるし、列強からの条約も何とかなるだろ」
「...また随分過激な方針ですね?大丈夫ですか、ジン様」
「危険な橋を渡るが、これをするなら今しかないという時期でもある。詳細を詰めたい、頼めるか?」
「勿論です、ジン様。どこが知りたいですか?」
こうして夜が更けても暫く俺の部屋の電気は消える事はなかった。
ミネルヴァとジンの会話劇でした。
いつも書きたいなーと思いつつ、話の展開が遅くなるしなーとカットしまくってるので、幕間として入れてみました。




