表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第二章
15/22

15(防諜)

安政二年(1855年)初頭――。


江戸の冬は、刺すような寒風が吹きすさんでいたが、神田の俺の屋敷とその周辺は、見えざる炎のような熱気に包まれていた。

大老・井伊直弼からの刺客やスパイの脅威に対し、俺たちは情報戦と実力行使の両面で防諜、そして反撃の狼煙を上げようとしていた。


「ジン様、今宵も数名の不審者が屋敷周辺をうろついておりましたが、土方様指揮の警戒部隊が追い払いました。捕縛には至りませんでしたが、明らかに我々の動向を探っております」


ミネルヴァは、常に冷静に状況を報告してくれる。


「ご苦労。井伊の差し金だろうな。奴もいよいよ本気で俺たちを潰しにかかってきたか」


俺は、窓の外に広がる江戸の夜景を見下ろしながら呟いた。

屋敷の警備は新選組によって鉄壁の布陣が敷かれ、主要な部屋には俺が考案した単純ながらも効果的な警報装置も設置されている。


その数日後の深夜だった。

屋敷の静寂を切り裂くように、けたたましい金属音と怒号が響き渡った。


「敵襲!敵襲だ!」


新選組隊士の鋭い声が飛ぶ。

どうやら、井伊直弼が放った手練れの刺客集団が、塀を乗り越え屋敷への侵入を試みたらしい。


「ジンさん、ご心配なく!ここは我々にお任せを!」


ジンの屋敷に設置された白熱電球が一斉に灯り、ここだけ昼間のように明るくなる。

土方は即座に部隊を展開させ、侵入者たちを巧みな連携で包囲していく。

暗闇の中、剣戟の音、そして時折、轟音と共に火花が散る。

それは、新選組の一部隊士に試験的に配備されていた、田中久重工房製の回転式拳銃の試作品が火を噴いた音だった。


戦闘は熾烈を極めたが、新選組の組織的な動きと、個々の隊士の技量は刺客たちを圧倒した。

厳しい訓練と実戦を想定した改良装備は、伊達ではなかった。

夜明け前には、刺客のほとんどが無力化され、数名は捕縛された。新選組側にも数名の負傷者が出たが、幸いにも死者はいない。

これは彼らにとって初の大規模な実戦経験となり、その結束と自信をさらに強固なものにした。


「ジンさん、捕らえた者共の口を割らせました。やはり、井伊掃部頭の命令で動いていたようです。我々の技術や人員、そしてジンさん自身の暗殺が目的だったと」


土方は、額に汗を滲ませながらも、確かな手応えを感じさせる目で報告した。


「よくやった、土方。これで井伊の悪意は明白になったな」



一方、江戸の別の場所では、坂本龍馬が橋本左内との接触に成功していた。

龍馬からの報告によれば、橋本左内は歳こそ若いが、その見識の深さと日本の将来を憂う真摯な姿勢は、龍馬自身も舌を巻くほどだったという。


「ジンさん、左内先生はまっこと凄いお人じゃ。わしがジンさんの話…日本の危機、海外との真の対等な関係、身分にとらわれん国づくりっちゅう話をしたら、最初は眉に唾をつけちょったが、次第に目を輝かせて聞き入っちょった。こりゃあ、間違いなく我々の仲間になる器じゃ!」


龍馬は興奮気味に語る。

橋本左内は、即座の協力を約束はしなかったものの、ジンの思想と計画に強い関心を抱き、「一度、そのジンという人物と直接会って話をしてみたい」と龍馬に伝えたという。大きな一歩だ。



技術開発の現場でも、着実な進展が見られた。

田中久重の工房では、反射炉が安定稼働に入り、良質な鉄の生産量が徐々に増え始めていた。これにより、小銃や大砲の試作ペースも向上するだろう。その反射炉の運用を弟子たちに任せ始めた久重に対し、俺は新たな課題を提示した。


「久重殿、鉄の次は、この『内燃機関』というものの開発に取り組んでいただきたい。これは、燃料を燃やした力で直接ピストンを動かし、回転力を得る仕組みです。これが完成すれば、馬も帆もいらない船や、あるいは…空を飛ぶ機械すら夢ではないかもしれません」


俺は、ミネルヴァから得たレシプロエンジンの基礎理論と簡単な設計図を久重に見せた。


「内燃…機関…?なんと、これは…途方もない『からくり』ですな!ジン殿、この久重、生涯を賭けてでも、この夢の機械を完成させてご覧にいれますぞ!」


久重の目は、かつてないほど爛々と輝いていた。彼の天才的な技術力なら、きっとこの時代の常識を覆すものを生み出してくれるだろう。



佐久間象山と吉田松陰が進める「航空機研究」についても、龍馬経由で興味深い報告がもたらされた。


「象山先生が、ジンさんから預かった図面を元に作ったという鳥の形をした大きな模型が、この前の強風の日に、丘の上から投げたら、かなりの距離を滑空したそうじゃ!まるで、生きているみたいにスーッと飛んで行ったと、松陰先生も興奮しちょったぜよ!」


まだ動力はないものの、無人の大型模型による滑空試験の成功は、航空機実現への確かな一歩だ。

この調子なら、クーデター時には偵察や威嚇に使える何かが完成するかもしれない。


井伊直弼による刺客の襲撃を撃退し、その背後関係も掴んだ今、守勢にばかりいる必要はない。

俺はミネルヴァと共に、井伊の権力基盤や彼の政敵、そして彼自身のスキャンダルになり得るような情報を徹底的に洗い出していた。


「ミネルヴァ、井伊の弱みは見つかったか?」


「はい、ジン様。いくつかございます。彼の強引な政治手法は多くの敵を作っており、特に一橋派や一部の有力譜代大名の中には、彼の失脚を望む者が少なくありません。また、彼の資金調達の過程には、いくつかの不明朗な点も観測されます」


俺は不敵に口元を歪めた。


「そうか。それなら、そろそろこちらからも一つ、大きな花火を打ち上げてやろうじゃないか。江戸の民にも、そして幕閣の連中にも、誰が本当の日本の未来を考えているのか、はっきりと教えてやる必要がある」


ジンの次なる一手は、井伊直弼の牙城に、情報という名の楔を打ち込むことだった。

江戸の夜は、まだ始まったばかりだ。

【用語解説】

■内燃機関

燃料を機関内部で燃焼させ、その熱エネルギーを直接機械的な動力に変換する装置。

代表的なものにガソリンエンジンやディーゼルエンジンがあり、自動車や航空機、船舶などに広く使用されている。外部で燃焼を行い蒸気などを利用する外燃機関とは異なり、燃焼ガスを直接作動流体として用いるのが特徴。

・歴史:

19世紀より前から様々な内燃機関が発明されているが、

19世紀にガスエンジンが登場し、ニコラウス・オットーによる4ストローク機関の開発(1876年)が内燃機関の発展を促した。ディーゼルエンジンはルドルフ・ディーゼルによって開発(1892年)され、より高効率な動力源として普及している。



■ リリエンタールのグライダー

※佐久間象山が作った鳥の形の模型のモデル


19世紀末に航空の先駆者オットー・リリエンタールが開発したグライダーの模型。

リリエンタールは鳥の飛翔を研究し、揚力を活用した滑空飛行を実現した。

彼のグライダーは単葉や複葉の設計があり、操縦者が機体にぶら下がりながら体重移動で操縦する方式を採用していた。

・影響:

リリエンタールの飛行実験はライト兄弟にも影響を与え、航空機開発の礎となった。

彼のグライダーの模型は航空史の研究や教育目的で作られ、博物館などで展示されることが多い。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
『幕末ブループリント』 題名が好きです。 あと展開が早くて読みやすい。 だらだらと書いてしまうタイプなので、参考にさせてもらいました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ