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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第二章(倒幕)
13/65

13(布石)

嘉永七年(1854年)夏。


日米和親条約の締結から数ヶ月がたった。

江戸の町が平静を取り戻しつつある中、俺は神田の屋敷を拠点に、日本の近代化に向けた具体的な施策を次々と打ち出し始めていた。


「久重殿、まずは我々の拠点内、およびごく近隣の協力者との間で、有線の試験ラインを敷設し、技術を蓄積したい。江戸と横浜、浦賀といった重要拠点との連絡は、当面、新選組による迅速な伝令網の確立と、可能であれば秘匿性の高い短距離無線通信のようなものも模索する。これが成功すれば、将来的に全国規模の情報網を構築する足掛かりとなるだろう」


工房では、田中久重とその弟子たちが、俺が提供した改良案とミネルヴァの技術情報を元に、より高性能な電信機と、電線の量産に取り組んでいた。

ガラス職人たちは、絶縁体の碍子がいしの開発に、金属加工職人たちは、銅線の効率的な製造法の確立に知恵を絞っている。


「ジン殿の仰る通りですな。この『電気の伝令』が全国を駆け巡れば、世の中は一変しましょう。狼煙のろしや早馬とは比べ物になりませぬ。わしらの手で、それを成し遂げるのですな!」


久重は、老いてなお盛んな探究心と使命感に燃えている。

彼の工房には、俺の噂を聞きつけた若い技術者や、新しいもの好きの職人たちが、日増しに集まりつつあった。


一方、産業育成の柱として俺が重視していたのは、製鉄技術の革新と、それを基盤とした兵器の国産化だった。


「勝先生、小栗様。我が国が真に独立を保つためには、強力な海軍と陸軍が不可欠です。そのためには、まず質の高い鉄を大量に生産できる体制を整えねばなりません。釜石あたりに反射炉を建設し、洋式砲や蒸気機関の国産化を目指したい」


俺は、勝海舟や小栗忠順といった開明派の幕臣たちと密に連携を取り、幕府内部からの改革も促していた。

彼らは、俺の知識と先見性に驚嘆しつつも、その実現可能性を慎重に見極めようとしていたが、ペリーとの交渉で俺が示した「実績」は、彼らの背中を押すには十分だったようだ。

福沢諭吉は、俺が口述する経済学や法制度に関する知識を精力的に記録し、それを分かりやすい小冊子としてまとめ、開明的な藩士や学者たちの間で密かに回覧させ始めていた。これが、後の日本の近代法制や資本主義経済の萌芽となる。


「ジン先生の教えは、まさに目から鱗が落ちる思いです。この知識が広まれば、日本は必ずや大きく変わるでしょう」


福沢は、目を輝かせながらそう語る。


新選組もまた、その陣容を拡大しつつあった。

土方歳三の厳しい訓練と、近藤勇の人間的魅力、そして何よりも「新しい国を作る」というジンの掲げる理想に惹かれ、腕に覚えのある浪士や、現状に不満を抱く若者たちが続々と集まってきていた。

永倉新八、原田左之助に加え、斎藤一と名乗る無口だが凄腕の剣客も、いつの間にか隊に加わっていた。沖田総司は、まだ少年ながらもその剣技は既に他の隊士を凌駕し始めており、近藤や土方から英才教育を受けている。


訓練は過酷を極めた。

従来の剣術稽古に加え、俺が導入した集団戦術、市街地戦闘、情報収集、そして改良型火縄銃や試作後装式小銃による射撃訓練。

「局中法度」による鉄の規律は、彼らを単なる剣客集団から、近代的な戦闘組織へと変貌させつつあった。


「ジンさん、隊士たちの練度は日増しに向上しています。特に、数名で連携して目標を制圧する戦術は、目を見張るものがあります。ただ…やはり実戦経験が不足しているのが気がかりですな」


土方は、訓練の成果に手応えを感じつつも、冷静に課題を指摘する。


「焦るな、土方。実戦の機会は、嫌でもやってくる。その時に備え、今は牙を研いでおくんだ。それよりも、隊の内部に不穏な動きはないか?俺たちのやり方に不満を持つ者や、外部と通じているような者は?」


俺の問いに、土方の表情がわずかに曇った。


「…今のところ、表立った動きはありやせん。ですが、あまりに急激な変化と厳しい訓練に、戸惑いや不満を抱く者が皆無とは言えやせん。特に、古参の剣客の中には、鉄砲を主軸とした戦術に反発を覚える者もいるようです。密偵を放ち、注意深く監視はしておりますが…」


「そうか。火種は小さいうちに摘み取っておく必要があるな」

(ミネルヴァ、何か掴んでいるか?)


俺の傍らに佇むミネルヴァが、静かに頷く。


(はい、ジン様。新選組内部に、数名の不満分子が存在することを観測しております。彼らは、過激な攘夷思想に影響を受けており、ジン様の開明的な政策や、外国技術の導入を快く思っておりません。また、幕府内の保守派、特に井伊掃部頭直弼様の息のかかった者と密かに接触している形跡もございます)


(おい、ミネルヴァ、それ入隊する時に気付いてたろ?)


(ふふっ、聞かれませんでしたので。それに、この方がジン様や土方様の成長に繋がりますし、今後動きやすくなりますので)


(はぁ...まあいい。井伊直弼か…やはり、あの男が黒幕の一人か。奴らにとって、俺の存在は邪魔でしかないだろうからな)


俺は舌打ちした。

井伊直弼は、幕府内でも特に強硬な保守派であり、開国や西洋技術の導入に強く反対している。俺の台頭は、彼にとって自身の権力基盤を揺るがしかねない脅威と映っているはずだ。


「土方、このリストを受け取れ。泳がせておくのもいいが、あまり野放しにもできない。近藤とも相談し、慎重に対処しろ。場合によっては…粛清もやむを得ん」


「…承知、いたしました」


土方の声には、非情な決断を下さねばならないことへの苦渋が滲んでいた。だが、彼の目には、組織を守るためには手段を選ばないという、副長としての冷徹な光も宿っていた。


その数日後。

神田の屋敷に、一人の意外な人物が訪ねてきた。

土佐藩士、坂本龍馬。

彼は、千葉道場で剣術修行に励む傍ら、佐久間象山の塾にも出入りし、新しい知識を貪欲に吸収しているとミネルヴァから報告を受けていた。


「ジンさんとやらにお会いしとうて参りました。土佐の坂本龍馬じゃ。ちっくと、おまんの噂を聞きましてな」


龍馬は、人懐っこい笑顔を浮かべているが、その目の奥には鋭い知性と、底知れぬ器の大きさを感じさせた。


「坂本龍馬…あなたが。一体、どこで私の噂を?」


「はっはっは、江戸は狭いようで広いのう。おまんが黒船を追い返した(という噂になっている)手腕、そして新しい世を作ろうとしゆう志。まっこと、面白か男がおると聞いて、いてもたってもいられんようになったがじゃ」


龍馬は、豪快に笑う。

彼がどこまで俺の情報を掴んでいるのかは不明だが、少なくとも俺の活動に強い興味を抱いていることは間違いない。


「…面白い。坂本殿、あなたのような人物に興味を持ってもらえるとは光栄だ。立ち話もなんだ、中へどうぞ。お聞かせ願おうか、あなたが私に何を期待しているのかを」


俺は、この風雲児との出会いが、俺の計画に新たな展開をもたらすかもしれないという予感を覚えながら、彼を屋敷の中へと招き入れた。

日本の未来を左右する歯車は、また一つ、大きく動き出そうとしていた。

【人物紹介】

井伊直弼いい なおすけ

・史実の生没年: 1815年~1860年

・主な功績:

江戸幕府の大老として、日米修好通商条約を締結し、日本の開国を推進した。

将軍継嗣問題では徳川家茂を擁立し、幕府の安定を図ったが、反対派を弾圧した「安政の大獄」により多くの敵を作り、最終的に桜田門外の変で暗殺された。

・その他エピソード:

幼少期は藩主の子でありながら家督を継ぐ見込みがなく、「埋木舎」と名付けた屋敷で学問や武芸に励んだ。茶道・国学・兵学・禅・和歌・居合術など多岐にわたる教養を身につけ、茶道では石州流の一派を起こし、居合術では新心新流を開いた。

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2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在ラズ。桜子姫殿下ノ一撃ニ在リ。

日米開戦前夜、大日本帝国は一つの「真実」に到達する。それは、石油や鉄鋼を遥かに凌駕する究極の戦略資源――魔法を行使する一人の姫君、東久邇宮桜子の存在であった 。

都市を消滅させる天変地異『メテオ』 。だが、その力は一度使えば回復に長期間を要し、飽和攻撃には驚くほど脆弱という致命的な欠陥を抱えていた 。

この「ガラスの大砲」をいかにして国家の切り札とするか。
異端の天才戦略家・石原莞爾は、旧来の戦争概念を全て破壊する新国家戦略『魔法戦核ドクトリン』を提唱する 。大艦巨砲主義を放棄し、桜子を護る「盾」たる戦闘機と駆逐艦を量産 。桜子の一撃を最大化するため、全軍は「耐えて勝つ」縦深防御戦術へと移行する 。

これは、巨大戦艦「大和」さえ囮(おとり)とし 、たった一人の少女の魔法を軸に、軍事・経済・諜報の全てを再構築して世界最終戦争に挑む、日本の壮大な国家改造の物語である。
― 新着の感想 ―
新選組の活動資金の出所が謎過ぎるんですが
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