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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第一章(黒船)
11/65

11(対峙)

嘉永七年(1854年)一月。


前年の「KNOW」事件の衝撃も冷めやらぬ江戸湾に、ペリー率いるアメリカ合衆国東インド艦隊が再びその威容を現した。

今回は旗艦ポーハタン号を中心に蒸気船三隻、帆船四隻の計七隻(後にさらに二隻が合流し九隻となる)という、前回を遥かに上回る陣容である。

その目的は、大統領親書に対する日本側の回答と、具体的な条約の締結。

艦隊は横浜沖に投錨し、江戸の幕府に静かな、しかし有無を言わせぬ圧力をかけ始めた。


江戸城内は、再び大混乱に陥った。

老中首座・阿部伊勢守正弘は、開国要求に対する明確な方針を打ち出せないまま、攘夷派と開国派の板挟みとなり苦悩を深めていた。


「ジン様、ペリー側の要求は前回よりも具体的かつ強硬です。和親条約の締結、複数の開港、石炭・食料・水の補給、そして漂流民の保護を求めています。特に、通商に関しては強い意志を示している模様」


神田の屋敷では、ミネルヴァが最新情報を冷静に分析し俺に報告する。


「やはりな。だが、彼らにも弱みはある。ミネルヴァ、アメリカ本国の国内情勢、特に奴隷制度を巡る南北の対立は、どの程度深刻化している?」


「はい。現時点ではまだ大規模な衝突には至っておりませんが、対立の溝は年々深まっており、私の観測では、今後十年以内に国家を二分する大規模な内乱へと発展する可能性が極めて高い状況です。そうなれば、彼らが極東にこれほどの大艦隊を長期間展開し続けることは困難になりましょう」


「よし。その情報は交渉のカードとして使えるな」


俺は、中島三郎助や小栗忠順といった開明派の幕臣たちに、この情報をそれとなく伝えておいた。

「アメリカも一枚岩ではなく、国内に大きな問題を抱えている。過度に恐れる必要はない」と。


幕府は、横浜村に応接所を設けることを決定し、交渉使節団の代表には林大学頭復斎が任命された。

俺は、中島三郎助らの強い働きかけと、前回の「KNOW」事件や電信機の件で幕府の一部に与えた「技術的・情報的優位性を持つ謎の協力者」という印象のおかげで、「幕府臨時技術顧問兼通詞補佐」という、やや曖昧だが交渉の場に立ち会える立場を得ることに成功していた。


交渉が始まる前日、俺は林大学頭や中島三郎助に対し、饗応の献立についていくつか助言をした。

「アメリカの方々は、獣肉を好み、味付けも濃いものを好まれます。また、量も多めに用意された方が満足されましょう。酒も、日本酒よりは、もし手に入るなら葡萄酒のようなものが喜ばれるかもしれません」

ミネルヴァの食文化データベースは、こんなところでも役に立つ。



そして、交渉当日。

横浜の応接所には、日米双方の代表団が顔を揃えた。

ペリー提督は、前回よりもさらに威厳を増し、その眼光は鋭い。

交渉は、アメリカ側の強硬な要求から始まった。開港地の選定(江戸に近い場所を要求)、通商の自由、最恵国待遇…。

林大学頭は、日本の国情を説明しつつ、慎重に言葉を選びながらも、巧みに要求をかわそうとする。

俺は、そのやり取りを末席で聞きながら、ミネルヴァの万象翻訳を通じてペリー側の発言の裏にある真意や、彼らの焦り、あるいは自信の度合いをリアルタイムで分析し、重要なポイントを中島三郎助に小声で伝えた。


「ペリーは早期の妥結を望んでいる。本国からの圧力もあるようだ。だが、艦隊の長期滞在は避けたいとも考えている。そこが我々の突くべき点だ」


交渉が数日に及び、やや膠着状態に陥ったある日、ペリーが幕府側の煮え切らない態度に業を煮やし、語気を強めて早期の決断を迫ってきた。


「我が国は、平和的解決を望んでいる。しかし、これ以上回答を引き延ばされるのであれば、やむを得ず他の手段を考慮せねばならなくなるやもしれぬ!」


その言葉には、明確な武力的示唆が込められていた。応接所内に緊張が走る。

その時、俺は静かに立ち上がり、林大学頭に目配せした。林大学頭は、事前に打ち合わせていた通り、ややためらいながらも頷く。


「ペリー提督。交渉が難航しておりますこと、遺憾に思います。しばし、気分を変えるための余興をご覧いただきたく存じますが、いかがでしょうか。我が国で開発された、新たな意思伝達の技術でございます」


俺は、ミネルヴァの能力バフで、流暢な英語でそう切り出した。

ペリーは眉をひそめたが、意外にも「余興とな?よかろう、見せてもらおうか、日本の技術とやらを」と応じた。

彼の目には、好奇心と、そして依然として日本を見下すような色が浮かんでいる。


俺の合図で、田中久重が恭しく応接所の中央に運び込んだのは、一台の精巧な機械だった。

ペリーは一瞬、昨年見たものと同じ電信機かと落胆したが、ジンや久重の顔を見るにどうやら違っているらしいことに気付く。


それは、アルファベットのキーが並んだ盤と、紙テープを送り出す機構、そしてインクで文字を打ち出す小さなハンマー群を備えた、まさに「タイプライター式印刷電信機」の送受信一体型の試作品だった。

そして、この機械は、応接所の外、少し離れた場所に待機する土方歳三が操作するもう一台の送受信機(これも同様のキーボード式)と、事前に敷設された有線ケーブルで繋がっている。


「これは、電気の力を用いて、遠く離れた場所へ瞬時に文字を送受信し、かつそれを紙に記録する装置です。去年のものは一方的に送るだけでしたが、これは誰でも簡単に送受信する事が出来ます。試しに、提督ご自身で何かメッセージを打ち込んでごらんになりますか?」


俺はペリーに促した。

ペリーは、半信半疑ながらも、その精巧な機械に興味を示し、側近の通訳と共にキーボードの前に進み出た。

そして、いくつかのキーをゆっくりと打ち込む。


彼がキーを打つのとほぼ同時に、受信側の紙テープに、カタカタという小気味よい音と共に、彼が打ち込んだアルファベットが正確に印字されていく。

ペリーと彼の大尉たちは、その光景に目を見張った。

自分たちが今打ち込んだ文字が、瞬時に別の場所で文字として再現される。

その事実が、彼らの目の前で証明されたのだ。


受信側で印刷された紙を持った土方がこちらに来る。

それを受け取り、ペリーに渡した。


ペリーは暫くその紙を見ていた。

去年の出来事は本国に伝えており、アメリカでも研究が進められていた。

だが、日本の技術がこの短期間に、ここまでの速度で進化されると認めざるを得ない。


「………素晴らしい。実に素晴らしい技術だ。我が国でも研究は進んでいるが、これほど小型で、かつ誰でも操作出来、印刷まで行うとは…」


ペリーは感嘆の声を漏らした。



俺は、さらに畳み掛ける。


「では、こちらからも一つ、メッセージをお送りしましょう。これは、そう遠くない未来、貴国の偉大な指導者が残す言葉です」


俺は土方に合図し、ある言葉を土方に送らせるよう指示した。

土方が送信機を操作すると、今度はペリーの手元にある受信機の紙テープに文字が打ち出されていく。


そこには、こう記されていた。


「The struggle of today is not altogether for today - it is for a vast future also.」


ペリーは、その「武力解決を辞さない」とも「この交渉がいかに大事か」とも読み取れる言葉を見て、しばし沈黙した。


彼の表情には、驚きと共に、何か心を打たれたような複雑な色が浮かんでいた。


「…見事な余興であった。そして、その言葉、心に刻んでおこう」


ペリーは静かにそう言うと、交渉の席に戻った。

その後の交渉の雰囲気は、明らかに変わっていた。

アメリカ側の高圧的な態度は霧散し、より慎重で、どこか敬意すら感じられるものになっていた。

【用語解説】

・The struggle of today is not altogether for today - it is for a vast future also.

アメリカの16代目大統領エイブラハム・リンカーンの言葉です。

南北戦争中のアメリカ議会演説で使った言葉みたいです。


意味は「今日の努力が、単に今日だけのものではなく、広大な未来にも影響を与える」といったもので、サイトによっては努力のところが「闘争」だったり、「もがきあがく」だったりするのでニュアンス次第なのかなと。

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