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幕末ブループリント  作者: ブイゼル
第一章(黒船)
10/65

10(飛躍)

嘉永6年(1853年)冬。


江戸の神田に構えた俺たちの拠点は、日ノ本の未来を左右するであろう壮大な計画の司令塔として、ますますその重要性を増していた。

ペリー艦隊が一旦江戸湾を去ったとはいえ、彼らが「来春には必ず戻る」と言い残した言葉は幕府にとってはもちろん、俺たちにとっても重い時間的制約を意味していた。


田中久重の工房では、まさに日進月歩で技術革新が進んでいた。

黒船の件で白熱電球の可能性に魅せられた腕利きのガラス職人や金属加工職人が数名、久重の噂を聞きつけ弟子入りし、研究の同時進行と試作品の精度向上が可能になった。

電信機は、より確実かつ高度な情報伝達を目指して改良中だ。

ペリー再来航までにどこまで進化させられるか、田中久重の腕の見せ所だが…。

白熱電球も、俺を介したミネルヴァが提供する素材科学の知識によって、その輝度と寿命を格段に向上させていた。

夜間の重要な作業や警備、そして何よりも、来るべき「再交渉」の場で、再びその圧倒的な光で相手を幻惑するための切り札として、その数は着実に増やされつつあった。


「ジン殿、この『電気の灯り』は、まさに神の御業ですな。これがあれば、夜盗の心配も減り、夜なべ仕事も捗りましょう。いずれは江戸の町中をこの光で照らしてみたいものです」


田中久重は、工房で試験点灯する数十個の電球の眩い光を見上げながら、子供のように目を輝かせている。


「ああ。まずは安定した電力供給源の確保と、電球自体のさらなる量産体制が必要だな。とはいえ、夜更かしのし過ぎで倒れない程度に頼むよ」


俺の気遣いに、久重は「お任せあれ!」と力強く応えた。


産業育成の布石も、少しずつだが芽を出し始めていた。

ミネルヴァの指導のもと、江戸郊外の試験田で始まった稲の品種改良だが、同時に正条植えも導入していた。

これで来年の収穫量も少しあがるだろう。

桑の品種改良と効率的な養蚕技術についても、協力者を通じて試行が続けられており、質の良い生糸の生産への道筋が見え始めていた。


軍事面では、土方歳三率いる「新選組」が、その陣容を固めつつあった。

近藤勇も正式に合流し、その人望と剣技で隊士たちの精神的支柱となっている。

井上源三郎も、実直な人柄で若い隊士たちの指導と内部の引き締めに貢献していた。

ミネルヴァの情報網と土方のスカウトにより、江戸に潜んでいた腕利きの浪士や、燻っていた才能を持つ若者たちが、少しずつ新選組の門を叩き始めていた。

その中には、後に新選組で名を馳せることになる永倉新八や原田左之助といった顔ぶれも含まれていた。

彼らは、ジンが提示する「実力主義」と「国を変える」という壮大な目標に惹かれ、そして何よりも、土方歳三という男の持つカリスマ性と厳格な指導力に信頼を寄せていた。

ジンは彼らに、ミネルヴァが作成した西洋式(と偽った現代陸自レンジャーの特殊訓練課程を元にした)訓練教範を元に、集団戦術、市街地での隠密行動、情報収集、そして何よりも鉄の規律を叩き込んだ。

久重の工房で試作された改良型火縄銃や、少数ながらも開発が進む後装式小銃の試作品を使った射撃術も訓練に取り入れられ、「局中法度」として制定された厳格な隊規のもと、彼らは単なる剣客集団ではない、近代的な軍隊組織への脱皮を目指していた。


「ジンさん、隊の練度は確実に上がっています。斥候や夜間任務もこなせる者が増えてきました。ですが、やはり最新の鉄砲の数が…」


土方が、訓練の合間に俺に報告に来る。

その表情には自信と、現状へのわずかな焦りが見えた。


「分かっている。久重殿たちが新しい鉄砲の試作を急いでいる。それまでは主に基礎訓練や、屋内戦闘を想定した刀での戦闘訓練、指揮官としての訓練を徹底する。お前たちの真価は白兵戦での圧倒的な強さと、鉄の規律だ。それを忘れるな」


「はっ!」


俺たちの活動は、当然ながら幕府内の保守派の耳にも届いていた。

特に、俺が小栗忠順や中島三郎助といった開明派の若手幕臣と頻繁に接触し、幕政改革に関する意見を具申していることは、彼らにとって看過できない動きだった。「得体の知れない異人を重用し、祖法を蔑ろにするつもりか」という非難の声が上がり始め、俺たちの拠点の周囲には、常に監視の目が光っているのをミネルヴァは感知していた。


「ジン様、老中首座の阿部伊勢守殿は、ジン様の能力を評価しつつも、その急進性と素性の知れなさを警戒しておられます。一方で、井伊掃部頭直弼様をはじめとする保守派の方々は、ジン様を明確な脅威と捉え、その排除を画策し始めております」


ミネルヴァの報告は、常に冷静で的確だ。


「だろうな。だが、時間がない。ペリーが戻る前に、少しでも多くの手を打っておく必要がある」


勝海舟とはその後も定期的に会合を重ね、彼の海防に関する知識や人脈を俺たちの計画にどう活かせるか議論を続けていた。

福沢諭吉は、俺から授けられる新しい思想や知識を驚異的な速さで吸収し、既にいくつかの重要な文献の翻訳や、俺の思想を分かりやすく解説した小冊子の執筆を手伝ってくれていた。



そして、年が明けた嘉永7年(1854年)1月。


ミネルヴァが、緊迫した表情で俺に告げた。


「ジン様、ペリー艦隊、再来航です。前回を上回る7隻の艦隊を率い、江戸湾に向かっているとの確報が入りました。史実どおりの到着ですね」


「ミネルヴァがいればペリーが出航する日程も到着予定日時も全てわかる。未来を見れるというのは情報アドバンテージが凄いな」


「そうですね。ただ、未来は不確定で色々な条件で絶えず変わっています。私が見れる未来も、その1つに過ぎません。過信しないようにお願いしますね」


「解っている。だから土方達にも情報を揃えさせている」




ペリー再来航の報は、瞬く間に江戸中に広まり再び大きな動揺を引き起こした。

幕府はオランダから再来航の日程を聞いていたが、依然として有効な対策を打ち出せず、ただただ混乱を深めている。


俺は神田の屋敷の自室で、土方歳三、田中久重、そして新たに同志として加わった近藤勇、井上源三郎、そして勝海舟、福沢諭吉といった面々を集め、最終的な作戦会議を開いていた。


「…来たか。やはり到着日は想定通りだな」


俺は、窓の外に広がる江戸の町を見下ろし、静かに呟いた。


「ペリー側の最終的な要求事項、艦隊の戦力、そして彼らの交渉戦術だが...


彼らは前回よりも強硬な姿勢で臨み、通商条約の即時締結を迫ってくるだろう。

艦隊の戦力も増強されており、武力的圧力を強めている。


...久重殿、例の『贈り物』の準備は?」


「はっ。いつでもお披露目できまする。必ずや、かの提督の度肝を抜いてご覧にいれましょう」


田中久重の目には、自信がみなぎっている。


「土方、近藤、新選組の者たちは?」


「いつでも動けます。ジンさんの指示一つで、いかなる任務も」


土方が力強く答える。近藤も静かに頷いた。


「勝先生、福沢、幕府内の開明派や、諸外国の情報を扱う者たちとの連携は?」


「手は打ってある。彼らも、この国の未来を憂う者たちだ。我々の動きに呼応してくれるはずだ」


勝海舟がニヤリと笑う。福沢諭吉は、緊張しながらも、その瞳に知的な光を宿していた。

俺は、集まった仲間たちの顔を見渡し、最後にミネルヴァに視線を送った。


「よし。では、始めようか。日ノ本の未来を賭けた、第二ラウンドを」


ペリー再来航。

それは、日本にとって更なる試練の始まりであると同時に、俺にとっては「この国を根本から作り変える」ための、絶好の機会でもあった。

【用語解説】

・ペリー再来航:

1854年1月(嘉永7年)、ペリー提督は約束通り、前回(1853年6月)を上回る7隻の軍艦(後に2隻追加され計9隻)を率いて再び江戸湾(横浜沖)に来航しました。

この結果、同年3月31日(陽暦)に日米和親条約(神奈川条約)が締結され、下田と箱館(函館)の2港が開港されるなど、日本の鎖国政策は終焉を迎えました。

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2作品目
第二次世界大戦の話
大東亜火葬戦記
あらすじ
皇国ノ興廃、此ノ一戦ニ在ラズ。桜子姫殿下ノ一撃ニ在リ。

日米開戦前夜、大日本帝国は一つの「真実」に到達する。それは、石油や鉄鋼を遥かに凌駕する究極の戦略資源――魔法を行使する一人の姫君、東久邇宮桜子の存在であった 。

都市を消滅させる天変地異『メテオ』 。だが、その力は一度使えば回復に長期間を要し、飽和攻撃には驚くほど脆弱という致命的な欠陥を抱えていた 。

この「ガラスの大砲」をいかにして国家の切り札とするか。
異端の天才戦略家・石原莞爾は、旧来の戦争概念を全て破壊する新国家戦略『魔法戦核ドクトリン』を提唱する 。大艦巨砲主義を放棄し、桜子を護る「盾」たる戦闘機と駆逐艦を量産 。桜子の一撃を最大化するため、全軍は「耐えて勝つ」縦深防御戦術へと移行する 。

これは、巨大戦艦「大和」さえ囮(おとり)とし 、たった一人の少女の魔法を軸に、軍事・経済・諜報の全てを再構築して世界最終戦争に挑む、日本の壮大な国家改造の物語である。
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