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「特別」を求めて

 何者でもない日々だった。どこにでもいるような子だった。

 何かで1位になったこともなく、最下位になったこともない。もしかしたら、あったのかもしれない。しかし、それが記憶に残っていないのであれば、その程度のものだったのだろう。

 とにかく、凡。平凡。それが僕の人生。

 学校や社会でもそんな人はいるだろう。特に才能や能力が突出していないが、大きな失敗をしない、どこにでもいるような奴。それが僕。

 そんなはずだった。

 

 平凡なんだから、ありきたりな人生を歩むはずだった。社会に敷かれた「普通」の人用のレールに沿って生きるはずだった。小学校、中学校、高校、大学、そして会社へ就職。定年まで働き、老後を過ごし、80から90歳ぐらいで死ぬはずの人生だった。そうだと思っていたし、そうするしかないと思っていた。自分に才能がないのは分かりきっていたのだから。

 

 そんな平凡な奴でも、病気や怪我になることだってあるだろう。そんなことは分かっているが、そうなったときは、そうは思えない。なんで俺がなんて。

 だけども、やっぱり僕は、そこでも「普通」なのかなと感じた。

 小学生の時に自分的には大きな病気を患い、手術もし、家族や友人、世話になっている人に心配をかけ、見舞いにも来てくれたのは嬉しかった。狭い世界の中ではあっても、自分を見てくれていたのだから。そのとき、どこにでもいるような奴から少し「特別」になれた気がした。

 ただ、そうはいっても難病というわけでもない。また、同じ手術を同時期に行う子もいた。こんなことで、自分が「特別」であるというように感じるのは間違っているのは分かっている。今でも、世界中で多くの人々が苦しみ、死が近づくのを待つだけという人もいるのだから。だから、病気が軽く治るものであったことに感謝すべきであり、このときに「特別」と感じるべきではなかった、感じてはいけなかったと反省もした。

 そんな正論と病気の完治は再び僕を「普通」、凡人に戻した。病気自体は苦しかった。そんな時間が終わりやってきた平和。だけども人の欲が満たされることはないのだろう。間違った「特別」で得た高揚感を再び感じたくなった。

 

 だから、今度は正攻法で得ようとした。別に、今までも真面目で生きてきた。「普通」の人用のレールに沿って生きるために。勉強、部活、友人作りなど。努力した。凡人なりに。

 そのとき、再び気づかされた。どれだけの努力をしようと1位にはなれないのだと。「特別」にはなれないのだと。何をやっても平凡であった。ただ、勉強はなんとか上位の層にいたことは分かっていた。

 けれども、上には上がいる。小さな世界の中であっても。そんなことは分かり切っている年齢にはなっているはずだ。だけども、許せなかった。自分が「特別」でありたかったから。自分の中の努力しか知らず、他者がどれだけの努力をしてきたか知るわけもないのに。ただ、一方的に自分の上にいる者を妬んだ。何の根拠もなく。

 今、振り返ると自分の才能の無さを理解し、努力の量と質を改善していれば、もう少し変わった未来を歩めていたのかもしれない。少しでも、自分の理想に近づけたのだろう。

 実際、自分の習慣等を見直さず、諦め、怠惰になっていったところも影響していたのだろう。また、評価をしてくれる人が他人より自分の努力を評価してくれたことも影響したのかもしれない。それにより、僕には「努力をしている人」というラベルがつけられた。成果は出ていないのに。

 満足してしまった。その現状に。僕の求める「特別」を得ることはできなかったが、他者から高評価を得ていた自分に。


 だから、結局変わらないのだろう。自分も僕自身の価値も。凡人のままで。

 

 そんな諦めながらも、人から見れば努力と言えないような努力を続けていくが、今度は怪我に苦しんだ。

 最初は、僕が下手ながらも好きで続けてたサッカーの練習中での骨折だった。病気の時も骨折の時もその間サッカーをすることはできず、ストレスの溜まる日々。ただ、才能の無い僕にとって、サッカーの試合でも活躍できずストレスは溜まる。溜まるストレスの種類が変わっただけである。

 骨折から復帰後も続く怪我。また、復帰しては怪我。それの繰り返しから精密検査をすると手術が必要だと。このときは前回の時のような「特別」を感じることはなかった。

 しかし、感じたのはサッカーを続けられない悔しさではない。離れられる嬉しさだ。


 「特別」になるには、サッカーの試合において活躍すればいい。至極単純明快である。しかし、それを実行できる技術がない。メンタルがない。だから、試合において僕は、「普通」ですらなかった。凡人ですらない。チームにとって不必要な人間だ、勝つためには。もちろん、部活においてそんなことをいうような人はいなかったが。


 手術はすぐには終わったが、入院しリハビリ生活。そんなため、正式にチームから離れることになった。

 手術前のお別れ会。なぜか流れる涙。確かにストレスが溜まった。理不尽に怒られたこともあった。5年間。けれども、仲間と過ごしてきた時間は、想像以上に大きかったと感じた瞬間。このときも今も、あの時間は尊く「特別」のように感じる。けど、もし才能があれば。そう思うのは欲深いだけなのだろうか。


 時は流れ、中学生。同じようにサッカーを続ける。再び、あの時のメンツで。けれども新たな顔も増えた。だからだろうか。尊く感じるのは小学校の頃。一方、中学校の頃から周りの目に怯えて過ごすようになったのは。もしかしたら、今の病気の根幹もここから始まったのかもしれない。


 自分にとってみれば、「純粋」に過ごす小学生の頃が神格化されているのかもしれない。もしくは、中学校、高校の思い出が知らず内に自分を気づ付けているのかもしれない。だからか、この6年の思い出は薄く感じる。

 「純粋」に過ごす日々から周りからの評価を気にするのが当たり前になり始めた中学生の頃から、いつの間にか「特別」になることに固執しなくった。今まで自己評価ができていなかったわけではない。

 他者による評価で、分かった大きすぎる壁に諦めたのか。人々の「思惑」が跋扈し始める時期になったためそれどころではなくなったのか。競争社会がより激しくなる時期で、自分が平凡である様をまざまざと感じさせられたためか。

 今となれば理由はどうでもよくなった。いつの間にか、友達作りも諦めた。人間関係がつらくなって部活も辞めた。

 世間一般が想像する「普通」のレールに乗っているようで、少しずつ終着点が変わっていくように感じた。ある意味「特別」になったのかな。


 別に何不自由ない生活。両親がいて、仲も良好。仲の良い友達も何人か。今すぐ金が欲しいという訳でもない。そんな傍から見れば幸せの今までの人生。それでなぜ満足しなかったのか。謙虚になればこうはならなかったのだろうか。「特別」を求めなければ良かったのか。


 気づけば大学受験の時期。そんな秋ごろから症状は始まった。傍から見たら深く考えすぎなければいいだけのこと。だけど、僕にはできなかった。

 見た目では病気とは分からない。症状的にもすぐに治るだろうし、相談しづらい内容だった。だから、誰にも相談しなかった。できなかった。今までの病気や怪我で心配をかけてきた両親に対して。

 時間は過ぎていく。けれども治らない。相談もできない。そうこうして1年後。病院に行った。


 病名を言われた。別に死ぬ病気じゃない。手術が必要なわけでもない。ただ、薬を飲んだ。


 治らない。今まで病院に行けば、体のことは何とかなっていった。しかし、今回はそうではなかった。徐々にひどくなっていく症状。けれども、死ぬわけでもなく、手術などの特別な治療が必要なわけではない。

 逆に、それが絶望だった。日常生活。受験。大学生活。行事。全てに悪影響を及ぼした。「普通」なりに、凡人なりに楽しんできた人生。楽しめなくなった。

 言いづらい症状。それが僕をより苦しめる。心配させたくない。馬鹿にされたくない。その気持ちが僕を縛り付ける。「特別」なんて考える暇もなくなった。サッカーの頃の比じゃないストレス。もう限界だった。


 症状発覚から2年。家族に相談し、病院に通院しながら、薬を服用する生活が始まった。相変わらず、見た目では分からない。だから、家族と相談した人以外は知らない。

 ただ、何も変わらない。


 「特別」を求めた少年は、「普通」の生活を送ることができなくなった。もちろん、世界を見れば、僕は恵まれているほうだろう。しかし、今の僕は、レールからはもうすぐで外れる。このまま、思い切って外れるのか、それとも、戻るのか。それは誰にも分からない。


 そんな中でも、ただ今日を生きる。

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