イルミネーションに紛れ込んだ青白い人魂
1枚目と2枚目の挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
3枚目の挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
御維新以前から「浪華の八百八橋」と称された大阪の町において、川に架かる橋は市民生活になくてはならぬ大切な物。
そうした橋というインフラの重要性の再認識も兼ねて、大阪市内の橋は冬の時期になりますと美しくライトアップされますの。
それと時期を合わせる形で御堂筋の街路にもイルミネーションが灯されますので、冬の大阪の夜景は宝石を散りばめたかの如く絢爛豪華な物になるのですわ。
冬の大阪の街路を彩るイルミネーションと、数多の橋に施された鮮やかなライトアップ。
この両者は国内外の観光客の耳目を集めるのは勿論の事、私共のような地元民にも季節の風物詩として親しまれておりますの。
そしてそれは、明治の御代より船場で教科書の製造販売を生業としている我が小野寺家にしても例外では御座いませんわ。
「御免なさいね、基行さん、真弓さん。御父様の御都合だけは、如何ともし難い物が御座いまして…」
明治期の貴婦人を彷彿とさせる母の典雅な美貌は、空気の澄んだ冬の夜に煌めくイルミネーションに負けず劣らずに輝かしい物で御座いましたの。
しかし口元に浮かぶ微笑に僅かながら生じた憂いの影につきましては、ライトアップとイルミネーションで彩られて非日常の空間と化した大阪の夜景には些か似つかわしく御座いませんわね。
「それは致し方御座いませんよ、御母様。何しろ僕達の御父様は、我が小野寺教育出版の現当主なのですから。会社と社員を預かる身の上ならば、そうおいそれと御休みを取れないのも物の道理ですからね。」
妹の私が申し上げるのも何では御座いますが、基行御兄様は本当に物分かりが良う御座いますね。
それでこそ、小野寺教育出版の後継者というものでしてよ。
「仰る通りですわ、御兄様。私と致しましては、御母様とだけでも御一緒出来て誠に喜ばしい限りで御座いますの。」
何しろ私共兄妹の母である小野寺凪子もまた、小野寺教育出版の重役で御座いますもの。
多忙なスケジュールの合間を縫う形で私と基行御兄様の為に時間を確保して下さった母には、感謝してもしきれませんわ。
こうして母子三人水入らずで眺める冬の大阪の夜景は、実に見事な物で御座いましたわ。
植樹された銀杏並木に施されたLEDの電飾は、梅田から難波までを結ぶ御堂筋を煌々と照らしておりましたの。
その絢爛豪華な煌めきたるや、正しく冬の大阪に顕現した光の花道で御座いますわ。
とはいえ並木道のイルミネーションの美しさばかりに気を取られていては、冬の大阪の夜景を語る上で片手落ちで御座いましてよ。
色彩豊かでありながらも上品な光を放つ照明灯で夜の闇に淡く浮かび上がる橋の威容も、また何とも幽玄で趣き深う御座いましたの。
こうして眺めておりますと、大阪の河川に架けられた橋には様々な趣向が凝らされている事に気付かされますわ。
獅子像が鎮座する親柱や市章のあしらわれた高欄を備えた難波橋の高い芸術性は勿論で御座いますが、堂島大橋の優美な鉄骨シルエットや御堂筋跨線橋に浮かび上がる銀杏模様もまた、負けず劣らずに美しゅう御座いますの。
朝夕の通学時や御買い物の折には何の気無しに踏み締めておりましたが、こうした芸術性と実用美を兼ね備えた橋梁達が日常の風景の中に当然のように存在しているというのは、実に幸福な事で御座いますのね。
ところが、私共が常日頃から踏み締めておりました橋梁には思いもよらぬ秘密が隠されておりましたの。
それに気付かされたのは、何の気なしに向かい側の橋へ目をやった時でしたわ。
「あら…?」
淡いピンク色の照明灯を照射された橋梁の半ば辺りで、仄かに明滅する青白い光。
それはライトアップにしては、些か不自然に感じられましたの。
むしろ、それは怪談映画などに登場する人魂に近いような…
「あの、御母様…あれを御覧下さいませ…」
「あら…如何なさったのかしら、真弓さん?」
私が指差す方向へ向き直った母の横顔には、何とも腑に落ちない困惑の色が浮かんでおりましたわ。
「ほら、何も御座いませんよ。如何なさったのです、真弓さん?」
「え…ええっ?」
狼狽えながら目を凝らしてみますと、謎の青白い光は嘘のように消え去っておりましたの。
「仕様がないなぁ、真弓も。どうせ何かの見間違いだよ。あっちのキッチンカーで何か温かい物でも買ってあげるから、御忙しい御母様をあんまり困らせるんじゃないよ。」
「は、はぁ…」
ここまで身内二人に否定されてしまっては、流石に主張し続ける自信が持てません。
半ば納得出来かねたものの、この時の私には先の一件を見間違いと片付けるより他に術は御座いませんでしたの。
そうこうしているうちに年末年始の慌ただしさに追われ、例の一件の事はすっかり忘却してしまいましたわ。
この奇妙な一件を私が改めて思い出すに至ったのは、松の内も明けて暫く経った時分の事でしたの。
ライトアップ期間の終了から間髪を入れずに行われた橋の掛け替え工事の際に、鉄骨の内部から男性の遺体が発見されたのですわ。
そして驚くべき事に、死体の発見現場は私が人魂らしき物を目撃したのと同じ場所だったのです。
死後約数十年という年月の経過のせいか、すっかり乾燥してカサカサのミイラと化しておりましたの。
しかしボロボロになった作業服と歯型によって、件の遺体が行方不明となった作業員の成れの果てである事が直ちに判明致しましたわ。
単なる事故か、或いは作業員同士の喧嘩が原因で閉じ込められてしまったのか。
そこまでは定かでは御座いませんが、何らかの原因で取り残された作業員は、そのまま息を引き取ったのですわ。
「真弓さんが目撃したという人魂は、もしかしたら『自分の死体を発見して欲しい』という作業員の魂の訴えであったのかも知れませんね。もしも橋の掛け替え工事が行われなかったなら、発見が更に遅れていた事でしょう。」
「ウッ…!」
母の一言を耳にするや否や、私は背筋に冷たい物が走るのを実感したのですわ。
もしかしたら私共が気付いていなかっただけで、あの橋には以前から人魂が出没していたのかも知れませんわね。
いつの日か、誰かに見つけて貰えるだろう。
そんな儚い希望を縁にしながら。
その孤独と絶望は、果たして如何程の物なのでしょうか。
この一件を受け、私の父が役員を務める商工会は掛け替え後の橋に慰霊碑を建立する事を決議致しましたの。
件の作業員の魂が、これで少しでも心安らかに過ごせる事を、私も切に願ってやみませんわ。