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翌日、わたしは再びクラーク侯爵邸を訪れた。ネイサン様は既に待っていて、わたしを迎え入れてくれた。
「ナタリー嬢、来てくれてありがとう。さっそく飾りつけを始めよう」
わたしは頷き、ネイサン様と一緒に飾りつけの準備を始めた。まずは人形を配置する場所を決める。幽霊屋敷の雰囲気を出すためには、暗い角や影になる場所が望ましい。
「この人形はここに吊るしましょう。上から覗いているように見えて効果的です」
わたしは金髪の人形を配置する場所を指差しながら言った。ネイサン様も同意し、使用人にそう指示をした。
黒髪の人形は、テレビから出てくる彼女のように、四つん這いの姿勢で家具の陰に配置した。顔を少し上げ、虚ろな目でこちらを見つめるその姿は、なんとも不気味である。
次に、部屋全体を飾りつける作業に取り掛かった。わたしは前世でハロウィンの飾りつけを楽しんでいた経験を活かし、麻や綿などの古びた布を使って蜘蛛の巣を作り部屋を装飾した。窓には黒いカーテンを掛け、薄暗い照明を使って不気味な雰囲気を演出した。
「ここにもう少し蜘蛛の巣を追加しましょう。そうすれば、よりリアルに見えます」
わたしはネイサン様にアドバイスしながら、飾りつけを進めた。彼も一生懸命に手を動かし、協力して幽霊屋敷のような部屋を作り上げた。
「ナタリー嬢、この銀髪の人形はどこに置いたらいいだろうか?」
「それはですねぇ……」
わたしはネイサン様と銀髪の人形をくっつけて、ロープでしっかりと固定した。人形がずれないように調整し、人形の両腕をネイサン様の肩に回して、まるで彼にしがみついているかのように見せた。最後に、人形の長い髪がネイサン様の肩に自然にかかるように整え、さらにリアルな雰囲気を演出した。
「こんな感じでどうでしょう?」
わたしはニヤリと笑って言った。
「完璧だ……! 本当に幽霊に取り憑かれているように見える」
ネイサン様はその姿を鏡で確認し、驚いた表情を浮かべて満足そうに言った。
「ナタリー嬢、君には心から感謝している」
完成した部屋を見渡しながら、ネイサン様は感慨深げに言った。わたしは達成感に満ちた気持ちでその言葉を聞き、嬉しくなり微笑んだ。
「……っ!」
ネイサン様が突然真っ赤な顔をしているのに気づいた。人形が重いのかしら? と一瞬思ったが、すぐにひらめいた。
「ネイサン様、メイクしましょう!」
わたしはネイサン様を椅子に座らせ、取り憑かれて生気がないように見えるメイクを施すことにした。まず、顔全体に薄い白いファンデーションを塗り、肌の色を青白く見せた。次に、目の周りに黒いアイシャドウを使って、深いくまを作り出した。頬骨の下に影を入れ、顔がやつれて見えるようにした。
「いかがでしょうか?」
ネイサン様は鏡を見て驚いた表情を浮かべた。
「見事だ……! まるで生気が感じられない……!」
わたしは満足げに頷いた。これで、ネイサン様の計画は完璧だ。
「ネイサン様……、お姉様方がいらっしゃいました……」
完成した幽霊屋敷を見て顔を引き攣らせたメイドがそう告げ、ネイサン様は決意を固めた表情で立ち上がった。
「今日こそ、決着をつけてやる!」
銀髪の人形と共に、ネイサン様はお姉様たちのもとへ向かった。わたしはその様子を陰から覗くことにした。
「ネイサン、今日こそ……」
「今回は自信作……」
「さあ、これを食べ……」
ネイサン様のお姉様たちはそう言ったきり言葉を失った。
ゴン、ゴトッ、ゴロゴロゴロ……。
お姉様たちの手から黒い物体が落ち、床を転がった。
「ごきげんよう……、姉上方……」
ネイサン様はふらふらとした動きで、ゆっくりとお姉様たちに近づいて行った。
お姉様たちはネイサン様……というより、ネイサン様に括り付けた銀髪の人形を見て目を見開き、ガタガタと震え出した。
「ニ……ニコ姉様……、あ、あ、あれ……」
四女のシエラ様は二女のニコレット様にしがみつきながら、家具の陰から覗く黒髪の人形を指差して、震えた声で言った。
今よ!
わたしの念が通じたのか、そのとき、金髪の人形が突然動き出した。陰に隠れていたネイサン様の侍従が、仕掛けた糸で人形を動かしたのだ。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
お姉様たちは顔を青くして、転びそうになりながら、我先にとその場から逃げ出して行った。
廊下に響く悲鳴と足音が次第に遠ざかり、屋敷内はまるで嵐が過ぎ去った後のように静まり返った。
「フフ……フハハハハハ! やったぞ……!! ついにあの姉たちを追い返すことに成功した!! 俺はやっと平穏な日常を取り戻したんだ!!」
ネイサン様は両手をあげて、部屋中を飛び跳ねながら駆け回った。顔には満面の笑みが浮かび、目には涙が光っている。時折くるんと回転しては、勝利の喜びを全身で表現していた。
生気のないメイクをしながらも端正な顔立ちの男性が、幽霊のような人形を背負い狂喜乱舞する姿、なんと奇妙な光景だろうか……。
「ナタリー嬢! 本当に君には感謝してもしきれない。君がいなかったら、こんなにうまくいかなかった」
ネイサン様は、そう言ってわたしを抱きしめた。驚きと共に、わたしの顔は一瞬で熱くなり、心臓がドキドキと高鳴った。
「ネ、ネイサン様……!?」
わたしがそう言うと、ネイサン様は慌ててわたしから離れた。
「すまないっ……、嬉しくてつい……」
ネイサン様は照れくさそうにしながら、再び感謝の言葉を述べた。
「この計画が成功したのは、君のおかげだ。本当にありがとう」
ネイサン様はわたしを見つめてにっこりと笑った。おかしなメイクをしているのに、その笑顔が輝いて見えるのは何故だろう……。
「いいえ、お姉様方には申し訳ないですが、ハロパみたいで面白かったです」
「はろぱ?」
「オホホ、なんでもありませんわ。ではわたしはこれで失礼いたしますね」
成功報酬は後日届けてくれるということなので、わたしはネイサン様に挨拶を述べて、クラーク侯爵邸を後にした。