第63話
(これあれだね。一層一層最短ルートで進まないと1日で攻略するの無理だね)
色彩の迷宮。その広さに私は地図を開きながら辟易とした。恐らく最後の5階層目はボスだけだと思うけど1層目の時点で結構広い……攻略するなら1層1層地道に攻略して最短ルートを探していく必要がある。
「この状態異常塗れのダンジョンをね……しかもモンスターは虫多め」
人によっては発狂するんじゃない?私はもう耐性できてるからダメージ少ないけど。私はそんなことを思いつつスッとしゃがむ。頭があったところを青みがかった灰色の触手が抜けていった。
「ゲシャシャシャ!!」
「あいつの攻撃……スチンのカバーすり抜けてくるから危ないね」
今戦っているのはコーマサップ・マンイーター……花から昏睡効果のある蜜を分泌させ、無数の触手を鞭のように振って戦う近接殺し。近づくだけでジワジワと眠気を呼び起こしてくる悪意100%のモンスターなんだけど、スライムには効かないので私だけ気をつけておけばいい。
「あいつが自由に動けないのに救われてるね」
地面に根を張ってるから近寄ってこれない。さっきみたいに触手を伸ばすのが限界だね……あれに捕まって引き寄せられたらヤバいんだけど。
「メララララ!」
無数の触手を振り回すコーマサップ・マンイーターに向けてアセロラが火炎放射を浴びせる。振り回されていた触手が焼け落ちていくが、すぐに新しいのが生えていく。こいつは本体にダメージを与えないと倒せない……しかし普段は触手がガードして攻撃できない。今みたいに全部焼き払ったりするしかない。本体まで焼ければ良いんだけど燃えたやつから切り離すせいで中々届かない。
「ビリリリリ!」
アセロラが触手を焼き払った隙を突き、レモンが電撃の鞭を振るっていく。本体のラフレシアみたいな花にビシバシ!と電撃の鞭が当たり焦げ跡が付く。効いてるとは言いづらいけど……完全に効かないよりマシ。
(スタンラバー・センチピートは今でも結構辛い……と、危ないな)
私は伸びてきた触手をまた避ける。焼いても焼いてもキリ無いね……無尽蔵に再生するの強過ぎる。
「何かしら消費はしてるんだろうけど……」
大方MPか満腹度か。植物系は戦う機会が少ないから分からないな……とはいえこのままだとこっちがジリ貧。使いたくないけど久しぶりにアレを使うか。
「こういう場所で使うの嫌なんだけどね……確実に火事になるし」
私がストレージから取り出したのは油……昔懐かしの沼地のカエルのね。最近は使わないから在庫処理も兼ねて使おう。
「ふん!」
私は油の容器の蓋を取りコーマサップ・マンイーターに向けて投げた。バシャ!と油がかかりポタポタと垂れる音がする。
「レモン。アセロラのサポートお願い」
「ビリ!」
レモンは電撃の鞭で触手を打ち払っていく。レモンの役割は火炎放射の邪魔になる盾を減らすこと……少しでも隙間ができれば焼ける。
「アセロラ。今!」
「メララ!」
触手の壁が薄れた時を狙い、私は合図を出した。そしてアセロラの火炎放射が放たれ、油に塗れたコーマサップ・マンイーターが火に包まれた。
「ゲシャシャシャ!?」
炎に包まれたコーマサップ・マンイーターから悲鳴が上がった。触手の操作も慌ててできないのか暴れ回っていき、中には絡まってしまったものもある。
「ゲシャシャ……シャ……」
暴れ苦しんだコーマサップ・マンイーターが急にスイッチが切れたように動きを止めた。そして光へ変わっていった。ふぅ、無事に倒せたね。
「なんか……このダンジョンに来てから苦戦することが多くなってきたね」
今までメイン火力だった雷属性に耐性があるモンスターが増えたが大きい……というか攻撃役2体しかいないのが辛い。普通のプレイヤーは4〜5体は攻撃役いるだろうに。パーティー組んでる人だと私みたいに少ないだろうけど。
「2人だと最大10体で行動できるけど……大所帯だとゴチャついて大変そう」
そもそもこのゲーム基本的にソロ推奨だしね。パーティーだと経験値の分配がヤバいからね……2人でそれぞれフルメンバーだと12分割されてlv上げがマジの苦行。パーティー組むのは仲が良いか、パーティーを組まないと厳しいボスに挑む時くらい。
(パーティー組むのは現状無し。やっぱり属性強化薬は必須だね……雷と火の)
素材を入手するには西に行かないと。暑いの嫌いなんだけどなぁ……でも敵が強くなってきて一筋縄じゃいかなくなってきた。
「今日は色彩の迷宮に集中するけど……明日は西行くか」
西のフィールドは暑さにさえ目を瞑れば攻略しやすい。さっくり探索して素材を集めてしまうか……香水の売上でしばらくは金策はしなくても大丈夫だし。
「貴族の食いつきが凄かったね……あっという間に売り切れたし」
割と高めに設定したんだけど。やっぱり金があるところにはあるんだね……指名依頼まで来てたし。とはいえ香水売りになるつもりは無いけど。
「美容品を作れば一儲けできそうなんだけども……調薬士としてのプライドもあるからね」
お金が必要な時や気が向いた時に売るスタンスでいよう。今日は2階層目に行く階段を見つけるまでは頑張るつもり。少なくとも地図埋めはしたい。
「やれることはやっておきたい……万が一に死んでもできるだけ成果は残さないと」
死ぬつもりは無いんだけどね。このまま死亡数0回をキープしたいし。
「キシャァァァ!」
「おー、癒し枠来たね……レモン、アセロラ」
「ビリ!」
「メラ!」
茂みから飛び出し威嚇してきたデッドベノム・スパイダーにレモンとアセロラの攻撃が放たれた。お前は雷も火も効いてタフじゃないから嬉しいな。素材も有用だし。
「どっかの不意打ちカマドウマは見習ってほしい」
てかあそこも攻略しなきゃな……やることが多過ぎる!
『個体名:スチンのlvが一定値に達しました。進化が可能となりました』
私がやることの多さに頭を抱えてると待ち望んでいたアナウンスが聞こえてきた。おー、ついにスチンが進化だね。
「今倒したからしばらくは大丈夫……よし、確認しよう」
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進化先
▶︎スワンプホール・スライム
底なし沼のように全てを飲み込むスライム
湿地帯や沼地で待ち伏せ、水を飲もうとした哀れな獲物を絡めとり捕食する
その身体は高い防御性能を誇っているため、攻撃によって逃げ出すことは至難の技
沼地の悪魔と呼ばれるが人はあまり襲わず、身体を構成する成分は植物の育成に大きく役立つため。豊穣の神や農家の女神と呼ばれる。
▶︎サブマージョン・スライムヒューマ
人に近づきたい、人になりたいと願った水属性のスライムの進化先
主人に愛され、主人を深く信頼していないと進化先に現れない
人に近くなったことでより緻密な水の操作を行えるようになり、敵だけを水没させられる
人とモンスター。その境目に至る可能性をもつ
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サブマージョン……どういう意味だろ?気になって調べてみると水没って意味だった。怖目の単語なんだけど……あれだなスマホのデータ破損のイメージが強過ぎて怖さをあんまり感じない。
「とりあえず進化させるよ」
「ドロォ……」
ポチッと進化を開始する。グニョングニョンとスチンの形が変化していった。そしてライムとレモンのように私と似た半人半スライムの姿に…………なっ!?
「し、身長が……高いだと!?」
「ドロォ……?」
進化したスチンの身長は推定170cm程あった……ま、負けた。私は膝から崩れ落ちかけるのを何とか耐えてステータスをチェックした。心にガラス片が突き立っていようとここは戦場、手早く動かないと。
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スチンlv1/60
種族:サブマージョン・スライムヒューマ
(第3進化)
HP:300/300
MP:150/150
スキル
《悪食》
《物理耐性・Ⅴ》
物理攻撃による被ダメを50%軽減する
《再生強化》
部位欠損等の状態異常からの回復を早める
軽度の欠損ならば瞬時に治る
《貯水・Ⅴ》845/5000
《高圧放水》
《貯水》で蓄えていた水を圧力をかけて放出する
圧力を上げるほど放出量が減って細くなり、硬いものを削るほどの威力になる
《水膜盾》
手から水の盾を作り出す
水の攻撃を受けた時、吸収することができる
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スキル色々変わったね……スライムヒューマになると遠距離型になるのも相変わらずか。何となく分かったけど普通のスライムは近距離型、スライムヒューマになると遠距離型に切り替わるって感じっぽいね。
「早速試してもらいたいところだけど……《貯水》の水が少ないな」
進化で一気に容量上がったからね。どっかで補充できないかな?このダンジョンなら水場があっても不思議じゃないけど……そう思って探してみた結果、湧水が湧き出している場所を見つけたので《貯水》に水を貯めることができた……モンスターが何体か居たから倒すことになって大変だったね。
「キシャァァァ!」
「じゃ、スチンよろしく」
「ドロォ……」
都合良くデッドベノム・スパイダーが出てきてくれたのでスキルの試し撃ち。まずは《高圧放水》から……
プシャ!!
「キシャァァ!?」
スチンが手の先を向けると指先から勢いよく水が吹き出した。飛距離はそこそこでデッドベノム・スパイダーにかかっているけれど……特にダメージ受けてる様子は無い。まぁ、これは最低の圧力でやってるからね……ここからが本番。
「スチン。圧力上げてみて」
「ドロォ」
私の指示を聞いてスチンがグッと力を入れる。指先から出ていた水が段々と細くなり……放水というよりは水のレーザーのようになる。
「キシャァァァ!!?」
放水を受けながらもこっちに向かってきていたデッドベノム・スパイダーの甲殻に穴が開く。思ってたよりも威力あるな……これは攻撃役になれるか?って思ったけど。距離によっては水鉄砲だし範囲も狭いから難しいかな。
「キシャァァァ!」
「ドロォ……」
甲殻に穴を開けられたデッドベノム・スパイダーはスチンに向けて毒の塊を吐き出してくる。それに対しスチンは水の膜を作り出して防御、毒の塊を吸収した。
(《水膜盾》。吸収できる幅が広そうだね……)
水というか液体ならOKって感じか。どこまで吸収できるか検証したい。
「これで大体検証できたから……レモン。後処理よろしく」
検証に付き合ってくれたデッドベノム・スパイダーはレモンによって片付けられた。使ったものはちゃんと片付けないとね。
(これでスライムヒューマは3体目……次はアセロラか)
てかプルーンのlv上げやらないと……ルベリー、メロンと入れ替える機会が多くてちょっとlv上げが滞ってるんだよね。西に行く時に連れて行こう……
「仲間が増えるとlv上げのバランスを取るのが難しい……満遍なく育てようとすると」
育成ゲームのジレンマに悩みを持ちつつ、新たな力を得たスチンを身長で負けたことを再認識してメンタルにダメージをくらいながら私は攻略を再開した。
スチンの能力考えるのに2日もかかった……
今回遅れたのはそれが理由です




