第53話
「ふぅ……ようやく設備入れ終わったね。そしてお財布がスッカスカ」
拠点を購入して2日経過。私は家に最低限の家具と調薬設備を入れ終えた……家具はソファとテーブルとか本当に最低限しか無いけれど。設備にほぼお金持っていかれた。
(イベント報酬の拠点専用設備交換券を2枚交換しておいて良かった……じゃなかったら破産してたね)
拠点交換券と一緒に交換しておいた。1枚5000もしたから……イベントで稼いだポイントの9割は拠点関係で消し飛んだね。
「一気に回復薬100本分を煮詰められる業務用調薬鍋……これがあれば商品を一気に作れるね」
ただし丸薬は無理だけど、なんせ整形するのは自分の手だからね。自動で整形してくれる機械は残念ながら無かった。
もう1枚の交換券で交換したのは調薬鍋と一緒に使う大型加熱機。燃料として木材が必要になるんだけど……火属性のパートナーが入れば燃料要らずで使える優れもの。まぁ、この設備でどれだけの火加減なら失敗しないか模索しなきゃだから。しばらくはアセロラの力は借りないかな。
「残りのは丸薬用の乾燥棚……失敗作を捨てる薬用のゴミ箱。他のやつは必要になったら買おう……お金無いし」
何気にこのゴミ箱が1番高かった。軽く15万はしたからね。まぁ、このゴミ箱。中に放り込めばどんな有害や有毒なものでも、薬なら無害にするというヤバ過ぎる代物だからね。うっかり危険物を作っても安心……
(家具を削れば他に色々設備は入れられたけど……まぁ、家具の無い家ってなんか物寂しいし。仕方ないよね)
ここがゲーム内での我が家になるんだしね。さーて、それじゃ軽くなった財布を重くしていきますか。
「何を売ろうかな……今までの売れ筋だった聖水は霊結晶の供給でそこまでだし。ここは新しい薬を作っていこうか」
えーと、確か今は属性強化の薬の需要が高いんだったかな?デルタさんとの世間話で聞いたら、シンフォニアから先のフィールドでは属性が大事になっていく……だからパートナーの属性を強化してくれるアイテムの需要が高い。
「薬の材料は割と多かったはずだけど……基本属性の火、水、風、土。使う人が多い氷と雷の材料を集めようか」
他の属性は今回は作らなくていい。光と闇はあんまり戦闘に使われることは少ないらしいし……植物と金属は特殊過ぎて扱い切れないと思う。残り2つはなんなのか分かってないし。
(何を作るかは決まったけど……問題は材料の方だね)
それぞれの素材は東西南北に分かれている。東は大森林の中盤にあるってことは知っている……現状、人が多いファストロンには行けないからパス。
西と北は普通に環境が厳しい。荒野と雪原だからね……私の装備とかをしっかり整えてから向かわないと。となれば最初に向かうのは……
「南だね」
目指すは海へと続く湿地帯。虫系モンスターの縄張り……ちょっとテンション下がってきたな。私は薄らと鳥肌になっているのを感じながら準備を始めた。
◇
蟲惑の湿地帯。環境としては悪臭がせず、小さいピンクの花を咲かせたイネのような植物が生い茂っている。遊歩道があるおかげで移動には何の支障も無い……この上を歩くだけならね。
「綺麗な場所だよね……水の下を覗かなければね」
この湿地帯、その水の下には無数の骨が沈んでいる。この湿地帯のモンスターや植物は特徴として甘い匂いを放っている……その匂いで獲物を誘き寄せて捕食。植物はその食べ残しを栄養に増える。
(この湿地帯全体が食虫植物みたいになってる……その分、面白そうな素材が見つかりそうだね)
ちなみに今回の編成はライム、レモン、スチン、ルベリーの4体。アセロラは相性が悪いから留守番、プルーンはアセロラのお目付け役。
(連れてけー!って駄々捏ねてたからね……1人残しとくのも難しかったし)
1枠空くのは勿体無いなぁ……新しい子を入れるか。属性は……植物かな?素材の栽培を頼めそうだし。
「植物……何食べさせれば進化するかな?」
薬草はライムと同じ光。肥料はスチンと同じ水か土……うーん、難しい。
(色々考えてみるか……と、早速モンスターが来たね)
「キィルルルルル!!」
湿地帯の茂みから飛び出してきたのはカマドウマのような見た目のモンスター。迷彩柄の体にブレードのような形状の両足……見るからに不意打ちが得意なモンスターだけど。
「なんで出てきてるのかな?」
「メキュ?」
「ビリリ?」
「ドロォ……?」
「ノロォ?」
こっち全員で首を傾げてるからね。何がしたいんだろう?って感じで……とりあえず倒すかとレモンに指示を出そうとしたその時。すぐ横の茂みからガサッ!と音が鳴った。
「キィルルルルル!」
「ドロォ……!」
茂みから強襲してきたのは2匹目のカマドウマ。顎で私に噛みつこうとしてきたけれど、寸前でスチンのブロックが入り遊歩道の上に落ちた。
「成程。囮が気を引いている隙に横から不意打ちか……虫の癖に賢い」
でも種が分かれば怖くないね。カマドウマたちはレモンの放電を食らい地面へ倒れていった。うん、防御力は全然無いね……不意打ち系って防御力が無いイメージが強いしね。
「ノロォ!」
「キィルルルル!?」
ルベリーと1匹目のカマドウマの鳴き声が聞こえたので見てみると、囮役のカマドウマに黒いモヤが纏わりついていた。カマドウマはどうやら動くことができない様子……これはルベリーの《束縛の呪い》か。
「ノロォ!」
「キィルルル……」
更にルベリーから黒いモヤがブワッと出てカマドウマを包む。カマドウマは段々と弱っていく様子を見せた。今度は《吸命の呪い》か。
(ジワジワ系だから攻撃というより嫌がらせ向けだね……)
とりあえず動けずHPをジワジワ減らされているカマドウマは処理した。素材は特に面白そうなのは無いね……足とか何に使うんだろう?
「カマドウマ……ブッシュバグは積極的に狙わなくて良さそ」
日本語訳が茂み虫って……雑なネーミングだよね。私はそんなことを思いながら遊歩道の先に進んだ。
歩いていると咲いている花の香りなのか、ほんのりと甘い匂いがする……あの花って採れるのかな?
「スチン。毟り取って来てくれない?」
「ドロォ……」
私の指示を聞き、スチンがヌルッとした動きで水の中に入っていった。そしてブチブチと花を採ってきてくれた。説明文の方は……
ーーーーーー
誘燗水花
栄養豊富な湿地帯に群生する植物
ピンクの鈴のような花をいくつも咲かせ
花は夜にほんのりと発光し、魅了効果のある甘い香りを放つ
香りで哀れな生き物を引き寄せ、捕食者の餌に
誘燗水花はその死骸の残りを栄養に育つ
地方によっては誘い花と呼ばれ
女性への贈り物に使われることがある
ーーーーーー
えっぐ……誘蛾灯みたいな植物だね。誘われるのは蛾じゃないけど。それにしても魅了素材がこんな近くにあるなんてね。
「まぁ、湿地帯は沼地と同様に入って採取しにくいし……戻ってきてもモンスターの餌食になるのがオチだろうしね」
死を覚悟で採りに行くようなものでも無いしね……ただ、植物の魅了系素材は割と欲しいし、栽培しようかな?光る花だから夜綺麗だろうし。
(栽培の用意ができたらまた採りに来よう)
他にはどんな植物が生えてるかな……と、またモンスターが来たね。
「カロロロ……」
今度はヤスデ……人間を丸呑みできそうな程の大きさで、見るからに重く硬そうな見た目をしている。カマドウマとは真逆の防御力増し増しなモンスターだね。
「カロロロ……」
ヤスデは体を丸めて団子のようになると、身体の節目から水を吹き出して突撃してくる。鈍重なタンク系と思ったら、機動力のある攻撃してくるのね。
「ドロォォ……!」
スチンが身体を大きくしヤスデを受け止める。重さと加速による勢いでスチンがズズズと後ろへ押される。ダメージも耐性がある割に食らってる……スチンの防御を超えてくる攻撃とかスチン以外が食らったら死ぬのでは?
「ルベリー。《束縛の呪い》」
「ノロォ!」
攻撃に転じるために私はルベリーにヤスデの動きを止めさせた。ヤスデの身体に黒いモヤが纏わりつき動きを止める。しかしかなり無理しているのかジワジワと動き始めようとしている。
「レモン!」
「ビリリ!」
私はさっさとケリを付けるため、スチンが離れてすぐにレモンへ突撃命令を出した。レモンはバチバチバチと電気を迸って突撃していく。
「カ、カロロロ……!」
放電を食らいヤスデから悲鳴が上がる。防御力が高そうな見た目……だけどそれは物理攻撃に対して。身体の内部まで届く電撃に対しては自慢の装甲は役に立たないよう。
(とはいえ殺し切れて無い……やっぱり攻撃役足りないか)
と言ってもアセロラは相性的に無理。プルーンの氷は物理系の攻撃だから効果が薄い。スチンの放水は攻撃向けじゃ無いしね。こういう状態だと……
「ルベリーの《吸命の呪い》が強く感じるね」
「ノロォ!」
《吸命の呪い》は防御力を無視してHPを削る。レモンの再充電が完了するまでルベリーがヤスデのHPを吸収して削っていった。
《束縛の呪い》が切れたが放電による麻痺と大きくHPを削られたことでヤスデはすぐに動き出すことができない。そして充電完了したレモンが再度突撃してトドメを刺した。
「ふぅ……地味な強敵だったね」
素材の方は甲殻と……大容量水袋ってアイテムが手に入った。甲殻は要らないけど、この水袋は中々面白そう。
(そういえば胞子の山林で手に入れたミストセンチピートの霧袋……拠点を手に入れたしそろそろ手を出せそうだね)
あと悪臭の実も……あっ、でもそれを加工する設備をまだ用意できてないや。今まで忘れてたしね。
「ヤスデ……ウォータージェット・ミリピートがミストセンチピートと似てるから思い出せたんだし」
あとで1回ストレージの中身を整理するか。何が眠ってるか忘れてるし……ついでに要らない素材とかは売り払おう。私は頭の中のやることリストに追加しながら、素材を求めて湿地帯の先へと向かった。




