第45話
「あっ、ちょっ!死ぬ……ぎゃぁぁぁぁ!」
「ちょっ!?あいつ止まんないだけど!!?てか大型のパートナーが押し負けるってどんなパワーしてんだ!!」
「わー!!壊れた壁からモンスターが!!押し戻さないとヤバいって!!」
拠点北側。私が急いで駆けつけたそこは阿鼻叫喚の地獄と化していた。丸太で作られた壁が壊され、黒化したモンスターが拠点内に入って暴れている。北側は特に重要な施設が無いのが幸い……いや、それでも被害がヤバいけどさ!
「一体、何があったんですか!?」
「襲撃だ!だが、一匹とんでもねぇ奴が紛れていやがった……あいつだ!」
私は話しかけたプレイヤーの指す指の先を見た。その先にいたのは……
「ギィィアアア!!!」
3m程の人型の化け物。長く鋭い爪の生えた両腕、タコのような3本の尻尾、山羊のような角。まるで壁画の悪魔のような見た目だった……ただ、壁画のやつと比べるといくらか弱そう。見た目は悪魔っぽいし、悪魔って呼ぶけども。
「ギィィアアア!!!」
「ゴブゥゥゥ!」
「シャァァァ!」
「キノォォォ!」
悪魔が咆哮を上げると呼応するようにモンスターたちが叫ぶ。モンスターの中身も変わってるね……ゴブリンは大きくなってるからホブゴブリンになっていて、黒くなったポイズンスネークとチャームマタンゴ……中堅向きのダンジョンのモンスターばかりになってる。
「これ以上拠点に押し込まれるとマズいね。レモン、アセロラ」
「ビリ!」
「メラ!」
悪魔の対処は戦闘ガチ勢に任せ、私は拠点内に侵入したモンスターを倒していった。ただ、こいつら中堅のモンスターにしてはタフというか……なんか強化されてるみたい。
「あいつの咆哮に呼応した奴らが強化されてる。あの悪魔の咆哮、黒化したモンスターを強くする効果付きみたいだね」
更にはモンスターたちの統率が恐ろしいほど取れている。守りが薄いところにモンスターが向かっていってる。
「混戦状態だから火炎放射や凍結液散布が使えない……チマチマ削るしかないか」
広範囲攻撃ができないためレモンとアセロラには体当たりで削って貰う。強化され一撃で倒せなかったモンスターはプルーンの氷柱で狩り取ってもらう。
「シャァァァ!!」
「ドロォォ……」
混戦故にモンスターが私に襲いかかってくるが、それは身体を大きくしてスチンが受け止めていく、受け止められたモンスターはレモンとアセロラに仕留められていく。
「キノォォォ!!」
「魅了の胞子だ!魅了消しを飲め!」
「同士討ちとかになったらどうしようも無いぞ!?」
「PKできない設定のせいで、魅了されたパートナーのプレイヤーを倒して被害軽減ができねぇからな……キノコ野郎は優先して焼け!」
混戦で1番厄介だったのはやっぱりチャームマタンゴ。私たちは私だけ対策すれば良いから楽だけど……他のプレイヤーはパートナーにも飲ませなきゃだから大変だね。
「ノロォ♪」
「この子は……随分と楽しそうな声を出して」
劇の殺陣じゃないんだよ……ガチの殺し合いなんだよ。そんなルンルンな感じで見るもんじゃないんだけど。わわっ!?身を乗り出さないで、落ちちゃうから!
「にしてもモンスターの数多過ぎる……あの悪魔のせいかな?」
この黒いモンスターたちは悪魔が生み出したモンスター。あの悪魔が居続ける限りは減らないのかもしれない。
「ギィィアアア!!!」
(あいつをどうにかしないとジリ貧か……まだピンピンしてるね)
戦闘ガチ勢たちは……攻めあぐねてるね。悪魔の攻撃は鋭い爪による引っ掻きと尻尾の薙ぎ払い、それと黒い塊を作って投げつける攻撃……塊は何かしらのデバフ効果があるようで食らったパートナーが黒いモヤに覆われ動きが悪くなっていた。
(用意していた薬で対処できていない……新しい状態異常か)
メジャーな毒、麻痺、睡眠。そしてここで作った魅了、混乱、酩酊と色々対策は用意してあった。それでも治せてないということは、私が対策できていない状態異常。そして何の状態異常かは大体察してる。
「呪い……実際に見るのは初めてだね」
呪いを治すには聖水、もしくはライムの浄化液が必要になる。だけど聖水はライムのご飯として持ってきているだけ、イベント中に作った霊結晶を使って作ってないから数が足りない。
浄化液なら在庫とか気にする必要は無い。だけどライムの価値がバレるんだよね……
(正直……私の力がバレるのは別に問題無い。でもライムはダメ)
プレイヤーだからね。その内、私と同じくらい調薬技術を持つプレイヤーが出てくるだろう。高品質の聖水だって王都にまで来てしまえば教会に所属するだけで作成・入手は容易だからね……
だけどライムは別。回復能力というだけで割と注目されるのに、呪いまで回復させられる……聖水の作成・入手をせずともね。
(だから人が居るところじゃ浄化液を使わないようにしていた……バレたら絶対に怠いから)
どういう進化先か絶対に聞かれる。でもってライムは説明しても上手くいくか分からないんだよね……なんせメディカルスライムになったのはクイラさんの薬が一番の要因だから。
クイラさんは今の私と比べても別格の調薬士。そんな人の失敗作とはいえ高品質の薬……今の私の丸薬レベルで追いつけてるか自信が無い。要するに情報を教えたとて、同じ進化ルートを辿られるか分からない。
(だからこのイベントではライムはただの回復能力があるスライムで通す……そのつもりだったんだけどな)
このまま隠し続けていたら前線が崩壊するかもしれない。でもバラしたら今後のプレイに影響が……私はギリギリと歯を食い縛りながら思案していた。と、その時。
「ギィィアアア!!!」
悪魔が呪いの塊を作り出して周囲にばら撒き始めた。その内の1つが私の方へと飛んできたが……悩んでいた私はそれに気づくのに遅れてしまった。
(あっ、これ避けられない……)
スチンのカバーも間に合わない。これは食らっても生き残ることを祈るか……私は若干諦めの境地に入っていた。しかしその瞬間。
「ノロォ!!」
「わっ!?」
黒スラが私の手から飛び出して、飛んできていた呪いの塊をパクっと食べた。黒スラはモチャモチャと咀嚼するように身体を揺らし……ケプと音を出した。
「ギ、ギィィアアア!?」
その光景に悪魔も驚いている様子。まぁ、呪いを目の前で食われたらね……そういう反応にもなるわ。
「死を覚悟したのが馬鹿らしくなってきた……あと悩んでいたこともね」
私はストレージから聖水を取り出す。そしてそれを呪いで苦しんでいるパートナーのプレイヤーへ放り投げる。ウダウダ悩んでたことは吹っ切れた……てか、戦闘を続けるのもいい加減面倒になってきたからね。
「こ、これは!」
「それ1本で全員治せるでしょ?さっさとあれ倒しちゃって……あぁ、あとこれもしなきゃか」
私はもう1本聖水を取り出して悪魔に投げる。パリン!と瓶が割れ、悪魔に聖水がかかる。
「ギィィアアアアアア!!?」
悪魔に取って強酸に等しい聖水。そんなものを浴びせられた悪魔は本物の悲鳴をあげて苦しんでいった。
「「「うわぁぁ……エッグいなぁ……」」」
「なんで味方も引いてるのかな?」
「ノロォ?」
パートナーの呪いを治してさっさと片付けろ。こっちは切りたくもない腹を切って支援したんだ……これで惨敗したらユルサナイ。私の笑顔の圧力を感じたのか、プレイヤーたちは一瞬ブル!っと震えてから動き始めた。
悪魔の方も聖水の痛みが引いてきて、私へ重い殺意を向けてくる。うーん、やっぱりヘイト買うよね。
「ギィィアアア!!!」
悪魔の咆哮が響き、周囲の黒化したモンスターたちの視線が私へと向く。悪魔は私を優先して潰す判断をしたようだね……
「私にヘイトが向くのは、それはそれで好都合!アセロラ、焼き払え!」
「メララララ!!」
私へと向かってくるモンスターの群れをアセロラの炎が包み込む。既に真っ黒だからあれだけど、炎に包まれたモンスターたちは殆ど私へ辿り着く前に倒れていった。
「シャァァァ……!」
「ゴブゥゥゥ……!」
「ビリリ!」
「ヒヤァ」
生き残りもレモンとプルーンが狩り取っていく。また私にヘイトが一気に向いたことで他のプレイヤーも立て直すことができ、黒化したモンスターをどんどん狩り尽くしいていった。
「ギィィ……ギィィアアア!!!」
差し向けたモンスターたちがやられていき、悪魔は苛立つ様子を見せる。そして自らの手で私を潰すことにしたのか、ドシドシと足音を鳴らしながら向かってきた。多くのパートナーたちが攻撃を叩き込んでも気にせず、真っ直ぐ私へと突撃してくる。
「どうも私の聖水を気に入ってくれたみたいだね……じゃあ、おかわりあげるよ!」
私は殺意をガンガン向けてくる悪魔に向けて私は再び聖水を投げる。悪魔は当たる前にはたき落とそうと腕を振ろうとしたが、聖水の瓶を氷柱が打ち抜いた。
パリン!パシャ!!
「ギィィアアアアアア!!?」
「プルーン。ナイスショット」
「ヒヤァ」
聖水に苦しむ悪魔を見つつ、プルーンに賞賛を送った。あれがハズレたとしても、スチンの防御があったから問題無し。
「今だ!削り切れ!!」
「俺らの救世主を守れぇぇ!!」
「うぉぉぉ!!呪いの仕返しじゃぁぁ!!」
怯んだ悪魔へ総攻撃が叩き込まれていく。悪魔は苦しむ中、せめて私だけでも倒そうと向かってくる。しかしその爪が私に届くことはなかった。
「ギィィアアア……!!!」
悪魔は断末魔を放って地に伏し動かなくなる。残りの黒化したモンスターたちも大将がやられたからか逃げ出していく。
こうしてとんでもなく面倒で痛い自腹を切ることになった襲撃は終わりを迎えた。
「あー……ライムのご飯どうしよ?」
「メキュ!?」
「ノ、ノロォォォ……」
とりあえず霊結晶砕いて聖水作ろっと。私は抱えていた黒スラをモチモチしながら考えていた。




