第135話
土曜日。イベントの終わりを明日に迎えた日……多くのプレイヤーが最後に向けて準備をしている中、私はプルーンと試練の間に入っていた。
「氷の試練……なんか思ってたのとは違ったね」
「ヒヤァ……」
氷の迷路かと思ってたんだけど……試練の場は小さめな部屋。足首くらいまで白い雪が積もっていて、部屋の奥には鎖で封じられた扉。光の試練と似た感じなのかな?
「試練の内容は……これか」
私は入り口の脇に置かれた石碑を読んだ。
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氷の試練
① 錠を外し扉を開けろ
②外すための鍵は氷でなければならない
③鍵は5秒捻らなければならない。ただし開けられない鍵は熱により溶けて消える
④最初の鍵に触れてから部屋の温度は下がっていく。下がり幅に下限は無い
⑤雪にはいくつも鍵が埋まっている
⑥扉の先に進めればクリアとなる
※この空間では称号、装備、アイテムの効果が制限される
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説明短くない?淡々としているような……氷の試練だからなのかな。とりあえず早速始めよう。
「プルーンはそっちから探していって。私はこっちから探していくから」
「ヒヤァ」
私はプルーンと手分けして鍵を探していく。こういうのは1本1本探して試すより、まとめてから試すのが効率良い。
「なんか……鍵のバリエーション多くない?」
雪をかき分けて見つけた鍵は昔ながらのシンプルな鍵、現代的なシリンダーキー、ファンタジーらしい不可思議な形をしたものなど種類が豊富。これ……もしや割と面倒?
「鍵穴にそもそも合わないとかありそう」
そう思いながらも私は鍵をどんどん集めていった。室温の方はまだ大丈夫……でもそろそろチャレンジしていかないとマズいかな。
「鍵穴……どう見ても入らないやつまで入るのはなんで?」
レトロ鍵にシリンダーキー……そしてファンタジーな鍵。そのうち2つはそもそも差し込めないと思ってたんだけど……全部スムーズに刺さるんだよね。まるで鍵穴が鍵に合わせて変形しているかのよう……
不思議な鍵穴に戸惑いつつも私は鍵を回す。鍵は正解じゃなかったようで錠は外れず、一瞬で鍵は溶かされ水になって消えてしまった。
「1本目から当たる気はしてなかったし。次行こう」
私は新しい鍵を差し込んで回していく。その間にプルーンは鍵を探してくれてる……
「これも違う……これもハズレ……」
私は次々に鍵を刺しては回していく。吐く息が白くなるどころかキラキラと氷になるほど室温は下がり、冷たい氷の鍵を持っている手は感覚が無くなり震え始める。
(暑さも嫌だけど……寒さも嫌だね)
というかそろそろ開いてほしい。溶かした鍵の数も分からないくらいは差し込んで捻った……鍵は無限湧きのようでプルーンが次々に見つけてくるけど本物は無し。普通にやってたんじゃ時間が足りない……
(試練だから運ゲーは無いはず。もしかして何か裏がある試練?)
やり方を変える必要があるかもしれない。私は鍵を差し込む手を止めた。そして試練の説明文を思い出す……
「錠……鍵は氷……もしかして」
私の頭に1つの考えが思い浮かんだ。これが正解だとしたらこの試練……考えた人はかなり性格が悪い気がする。
「プルーン。ちょっとこっち来て」
「ヒヤァ……?」
私はプルーンを呼んだ。そしてプルーンに1本の鍵を握らせる。
「これを差し込んで、常に凍らせる勢いで冷やしながら捻って」
「ヒヤァ……ヒヤァ」
私の指示を聞いたプルーンは一瞬首を傾げたけれど、私の言った通りに鍵を急激に冷やしながら差し込んで捻った。
錠の穴からは氷が溶ける音が聞こえてきたが、それを上回る勢いで冷却しているため鍵は解けずに捻り続けている。そして5秒経ち……
ガチャン!!ギィィィィ……
錠が外れ扉が開いた。それと同時に身を刺すような冷気が和らいでいく……試練は無事に達成だね。
「思った通り……パートナーの力が無いとクリアできない試練だったね」
今回の試練……説明文にプレイヤーとパートナーに関する文章が無かった。今までの試練ではプレイヤーやパートナーの行動を縛ったりする文章が書かれていたのにね。
今までの試練の経験が足を引っ張ってきたね……頭の片隅に私が鍵を差し込まなきゃいけないっていう先入観がね。
(開けられない鍵についても……『冷やされていない鍵では開けられない』って意味での開けられない鍵だとしたら文章通りだしね)
説明文の淡々さもある意味ヒントだったってことだね。今度から説明文はちゃんと読み込もう……
私は反省を踏まえつつも扉の先へと進んだ。扉の先は新しい部屋……中央にはいつもの水晶が浮かんでいる。通路も無しなのか。
「スノォ……」
水晶の裏からここの管理人のスライムが現れた。白い身体で質感は何処かレンシアに似てる……雪のスライムっぽい。他の子らに比べると普通な見た目、でも中身はヤバいんだろうね。
「スノォ……」
雪スライムは水晶に向けてジェスチャーをする。さっさと触れて帰れというかのように……ドライだなぁ。こっちへの興味も無いようだし。
(やっぱり氷属性の子はクールな感じが多いのかな?)
そんなことを思いながらも水晶に触れ試練を終わらせた。これで折り返し……残る試練も半分だね。
「進化させるところからまたスタートだけどね……最初はルベリーか」
仲間にした順ならルベリーの次はメロンだけど……先にレンシア、チェリモの試練が来そう。そうなっても別に困らないけどさ。予定がちょっぴり崩れるだけで。
「さーて、この後は明日の準備しようかな……その前にクティアさんところ行くか」
ちょっと話したいことがあったからね……私は試練の場を出てクティアさんのところに向かった。そしてあることを話して拠点に戻った。
その後は明日の準備を進めた。プレマに薬を流せば飛ぶように売れていって金策できた……ナギや百鬼夜行からも注文来てたから懐が潤ったね。
「イベントが終わったら新しい設備でも導入しようかな……」
そうして日は進み……遂にイベント最終日になった。
◇
イベント最終日昼12時ちょっと前。浮上都市は相変わらずの曇天。だけどいつも以上に雰囲気が重苦しい……
「海が凪いでいるのが不気味だよね」
天気は悪いのに海は不気味な程に静か。まるで何かが起きる前触れのよう……まぁ、起きるんだろうけど。
今回のメンバーはライム、レモン、スチン、アセロラ、プルーンの第4進化組。どんな相手が来るか分からないから最大戦力で来た。
「それにしてもこのバリア……全然消える気配無いね」
12時にならないと変化しないのかな?私は都市の中央を覆うバリアを見ながら12時になるのを待つ。残り2分、残り1分と時間を確認しながら待っていると12時になった。すると何処からか鐘のような音が響き始める。
『昔々、この世界にモンスターと絆を結ぶ文化が無かった頃。とある豊かな島国があった。その国は小さくはあったが優しく優秀な王が治め、豊かに暮らしていた』
鐘の音が終わると謎の声が昔話を始めた。その声は老若男女を混ぜたような声で……背筋に泡立つような感覚がする。
『ある日、国にとある一団が訪れた。一団は巡礼者の集まりであり、その一団の長は王に国での布教を願った。優しき王はその申し出を受け入れ布教を許した……それが悲劇の始まりとは知らずに』
謎の声は昔話を続けていく。風の吹いて居なかったのに急に肌寒い風が吹き始めた……話の行く末を知らせるかのように。
『巡礼者は城の一室で布教を始めた。町民、商人、兵士、騎士。信者は少しずつ増えていく。信者はどんどん増えていき、最後には王も信者となった……そして巡礼者の長は王に問いかける。「神の力を手に入れたくないか?」と。信者となった王はその申し出を受け入れた。それが大事な民を生贄とする悪魔の所業だとしても』
『王は宴を開き城に全ての民を集めた。信者となった民たちは何も疑わずに城へと集まった。民たちは美味しい食事を楽しみ、音楽と共に自由に踊った……そして宴の終盤、王と巡礼者の長は民たちにこう告げる「今から奇跡を起こす」と』
『巡礼者たちは謎の呪文を唱えると民たちは苦しみ始めた。1人、2人と倒れていき楽しい宴は地獄と化した……倒れた民は黒い液体となって溶け、液体は1箇所に集まり魔法陣を描いていく。そして全ての民が液体となったところで魔法陣は完成し巡礼者が信じる神が現れた』
ピシ……ピシ……
ヒビが入るような音が聞こえだす。前を向くとバリアにヒビが入っていて、それが少しずつ広がっていく……まるで卵が孵化を迎えたかのように。
『王は呼び出した神に力を願おうとしたが、神は王の問いかけに反応はしなかった。神は自らを呼び出した愚者に興味を示さず……国全体に祝福を放った。祝福を浴びた王と巡礼者は異形の怪物となり力を得た。死した民たちは新たな姿を得て蘇った。国は一夜にして怪物の国へと変わった』
『呼び出された神は自分が作り出した光景に満足した。そして国を己の棲家とするため海中に沈めた……国に己の祝福が馴染み自分の物になるまで』
パリーン!!
遂にバリアが割れて消えた。黒いモヤが溢れ出し……モヤが晴れるとそこには黒い城が建っていた。そして城の門からユラユラと無数のモンスターが現れる。
「「「ジュリリリ……」」」
現れたのはクラゲ人間のようなモンスター。全身が仄かに発光する水色で、頭にはクラゲの傘が付いている。髪の毛は触手のようになっていて……クラゲモチーフなら毒がありそうだね。
『さぁ、異なる世界から来た異邦人たちよ。過去の愚者が残した地獄を乗り越えてみよ……己の仲間との絆を信じて』
「「「ジュリリリ!!!」」」
「行くぞー!!!」
「「「ウォォォォ!!!」」」
謎の声が話を締め括るとクラゲ人間たちが鬨の声をあげて向かってきた。こちらも咆哮と共にクラゲ人間に突撃していく。こうして最終戦が始まった。
「うーん、あれに混ざりに行くと移動速度とかで詰まりそう。他の場所から城に行こうか」
「メキュ」




