エゴシエータ―vsエゴシエータ―(前編)
ヒバチ、と。今でもそんな風に陽真里のことを小学生時代のアダ名で呼び続けるのはどうしてだろうか?
きっと、それは他愛もない理由なのだろう。
「なんつーか、今更アイツを本名で呼ぶってのが恥ずかしいんだよな」
逃した彼女の背を見つめながら、そんなことを呟いてしまう。
そして、コンタクトを外した夕星は振り返り、魔女と対峙した。
「ここから先は通さねぇぞ、竜胆麗華」
「問題ない。貴様も私のターゲットだからな、〈エクステンド〉のエゴシエーター」
衝突するのは互いの闘気だ。急く気持ちを抑えながら二人は、頭の中で一つずつ状況を整理していく。
両者は互いにフェイズⅢへと覚醒したエゴシエーター同士だが、麗華は「魔女」で、夕星は「巨大ロボットのパイロット」。そして肝心要の〈エクステンド〉は修理の真っ最中で使えない。
これはどう考えたって夕星の不利になる条件だ。
しかも麗華は元ARAsの腕利き工作員。その差を根性論で補うのも現実的ではないだろう。
「こっちの攻撃が効かねぇのは武道怪獣の時もそうだったけどさ、最近こんなのばっかで嫌になるぜ……」
では、どうやって不利な条件を覆すのか?
夕星は拳を握り、スタートする。
「先手必勝!」
「■■……■■、」
麗華も右手で杖を構え、詠唱を始めた。現実固定値が揺らいで、虚空には複雑怪奇な魔法陣が展開されるも、
「遅ぇんだよッ!」
この距離であれば魔法の発動よりも速く、突き技の方が麗華へと到達する。荒れていた頃の自分でさえ躊躇する喉への一撃だが、今は関係ない。
麗華は咄嗟にフリーの左手でガードするも、発動待機中だった魔法は中断された。魔法陣には亀裂が走り、バラバラに崩れてゆく。
「チッ……こちらの詠唱の邪魔をするつもりか」
息を吐かせぬ間も与えない。彼女が口を開くより速く、腰をひねっての胴回し蹴りに繋げてみせる。
「あぁ、それしか俺に勝ち筋はねぇからなッ!」
魔女の操る魔法には一つ、決定的な弱点があった。詠唱から魔法発動までに生じる攻撃間隔のラグだ。
あの皓く煌めく熱線が脅威であることは依然として変わりない。だが、アレを放つまでにはザッと数えて十秒弱の間隔が開いてしまう。
「■■……■■■、」
「だから、唱えさせねぇって言ってんだろ!!」
振り切った爪先は彼女の鼻先を掠りながらも、また詠唱をキャンセルした。
夕星が「物質を一度砂塵へと分解し、全く異なる物質に再構築することで願いを叶えるエゴシエーター」であるのなら、麗華は「自身の存在を、全く異なる存在に創り替えるという過程を経て、願いを叶えるエゴシエーター」だ。
そして彼女は、自らを「魔女」へ創り変えることを選択した。敵を打倒したければ魔法のレーザーで。正体を隠したければ魔法の変身で。大抵の願いを魔法で叶えてしまうファクターは、そこに起因する。
しかし、彼女が魔女になることを選んだ以上「魔法詠唱にかかる時間を短縮する」という願いまでは叶えられない。
それは「自身の存在を、全く異なる存在に創り替えるという過程を経て叶えられる願い」の範疇を超えているからだ。
言うなれば、彼女の現実改変能力に付きまとう欠陥である。
「ARAsに入ってから、アンタのこともずっと考えてたよッ! いつかはまた敵対する相手なんだ。だったら俺がその時、どう対処するかをなッ!」
「フン。いちいち調子に乗ってくれるな」
不意に夕星の左脇腹で何かが爆ぜた。
呪文を唱える隙は与えなかったはずだ。であれば、爆ぜたのは苛烈な痛み。視界の端から迫った杖による直接的な刺突である。
「うぐッ……!」
「生憎と私も喧嘩事は好きでな。それに魔女という存在に自分を創り替えてからは、体力にも自信がついてきたんだ」
現ARAsの新人工作員VS元ARAsの腕利き工作員。その練度差は、不良相手の喧嘩に明け暮れた程度で埋まるものじゃない。
それに麗華の動きは棒術に近いものがあった。夕星が攻撃のために手脚を出そうとしても、先んじてそこを絡め取られる。
魔法の杖を長槍のように持ち替えた彼女は速やかに、戦況を制圧してみせる。
「〈エクステンド〉のエゴシエーター。貴様は案外素直な性格をしているな。次の動きも殺気もダダ漏れだぞ」
「ハッ……それをお前が言うのかよッ!」
皮肉っぽく笑ってみせるが、殺気が漏れ出しているのはお互い様であった。
詠唱時間を与えるリスク込みで、夕星は杖の間合いの外へと飛び出す。考えるのだ────どうすればこの魔女に決定打を与えられるか。
幸いにも一つ苦肉策はあるが、それに勝負を賭けるにも時間を稼ぐ必要がある。
であれば、やはり反撃を受ける覚悟で、詠唱を潰し続けるほかない。
「やっぱ、これしかねぇか!」
夕星は再び杖の間合いへと飛び込んだ。拳とのリーチ差こそあれど、彼女の杖自体に殺傷能力があるわけじゃない。それに金属バットや鋼パイプといった武器持ち相手の喧嘩ならこっちも中学時代で慣れているのだ。
杖が迫ってきた瞬間に、それを掴みさえできれば、
「◎◎」
不意に開かれた口元があまりに短い詠唱を完了させる。
「なっ……!」
確かに彼女は自らのエゴシエーター能力によって、「魔法詠唱にかかる時間を短縮する」という願いは叶えられない。だが、そもそも彼女は「短い詠唱で使える魔法がない」とも明言していなかった。
きっとその内心では待ち侘びていたのだろう。勝負を決するに相応しいタイミングで、ここまで隠していた詠唱を終えることを。
「やはり貴様は素直じゃないか」
展開された魔法陣から伸びるのは光の鎖だ。皓く煌めいたそれは、瞬く間に夕星の両手足を虚空へと縛り付ける。
「ッ……!」
逃れようにもビクともしない。
鎖の締め付けは徐々に力を増し、筋骨を圧迫していく。
「これ以上、誰かの日常が脅かされるよう────エゴシエーターは速やかに処分しなくてはならない。それが貴様のような勇猛果敢な少年でもだ」
「いきなり何だよ……だいたい、お前だってエゴシエーターのくせに」
「あぁ、分かっているさ。だから私も近いうちに自害する。全てのエゴシエーターを見つけ出し、処分した後でな」
麗華が向ける眼差しには、殺気の中に僅かな夕星への憐憫が混ざっていた。彼女はかつて未那月と共に世界を元に戻そうと奮闘したのだ。その本質は悪虐とは程遠く、寧ろ夕星が抱いた「使命感」や「責任感」と近いのだろう。
だが、自らの命さえ処分対象だと言い捨てる彼女は既に狂っていた。
グルグルと旋回し続ける歯車状の瞳がその狂気を物語る。
「イカれてるぞ、お前」
「自覚はしているさ」
彼女は杖の先を夕星に押し付けた。またも「◇◆」と短い詠唱を済ませれば、その先が鋭利な刃へと早変わりする。
「恨み言があれば聞くぞ、〈エクステンド〉のエゴシエーター。それが唯一私に掛けられる貴様たちへの情けだからな」
「じゃあ……恨み言じゃねぇけどさ、」
スッと軽く呼吸を整えて、夕星の口の端が釣り上がった。
「アンタこそ素直だよな。────〈エクステンド〉がここに無いから、俺がエゴシエーター能力を使えないって油断してんじゃねぇぞッ!」
夕星の考えていた苦肉の策。それが今、廃ビルのボロ壁を突き破るようにして飛び込んでくる。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ARAs一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!




