9 母さん無双
「へっ?」
楓の母親が理解できずにきょとんとしている。
「わたくし、遠山課長の上司の山下さゆり、と申します。課長はご在宅で?」
もう一度、母さんが説明する。
遠山課長?楓の父親か?
「は、あ、あの主人はリビングに……。」
「呼んで頂けますか?」
「は、はい!」
え?どういう事?
「こ、これは社長!どうして我が家に……。」
「ちょっとお話がありまして。上がらせて頂いても?」
「は、はい!どうぞ!こちらへ!」
「悟も楓ちゃんも来なさい。」
「あ、ああ。」
「え?はい。」
楓の両親とリビングで向かい合う。
「し、社長、どういったご用件で?」
「いえね?ウチの息子がお宅の楓さんとお付き合いすることになりましたので、ご挨拶に、と思いまして。」
「ええ?か、楓が?社長の息子さんと?」
「ええ。つい先日からお付き合いを始めたと報告を受けました。」
「そ、そうですか。それはそれは……。」
「ですが、心配ですわね?」
「心配?それはどういった……。」
「いえ、以前お宅に楓さんをウチに泊めてもよろしいかと、お電話させて頂いたんですけどね?」
楓の母親の表情が変わった。
「私の息子の事がお気に召さなかったようで、散々批判されまして。そんな男しかモノに出来ない楓も楓だ、とも仰っていましたかしら。」
「なっ!お前!そんなこと言ったのか!」
「だ、だって、相手が社長さんだなんて、知らなかったから!」
「ですので、お二人が私の息子と楓さんの交際を認めて下さるのか、と心配しておりましたの。」
「と、とんでもない!どうぞ、楓の事は好きにしてください!」
ピキッ!
「あとはですね!その物言い!楓さんの事を何だと思っているんですか?!」
「な、なんだと申されましても、私達の娘ですが……。」
「今までのやり取りでわかっていらっしゃるでしょう?私は楓さんの境遇を知っています!それでも、娘だと胸を張って言えるんですね?!」
「そ、それは、私達も行き違いがございまして……。」
「行き違い?どのような?」
「あ、えーと、まあそれは家族の問題ですので……。」
「そうですね。私も部下の家庭環境まで口を出すつもりはありません。ですが、遠山課長?あなた、課内では随分と”いいパパ”アピールをされてますね?」
「あ、そ、それは……。」
「部下や上司からも家庭の問題を相談されて、随分と信頼されているんですね?」
「え、ええ。まあ……。」
「信頼は失いたくないですね?でしたら本当に娘二人から見て”いいパパ”出来ますよね?」
「は、はい!勿論です!」
「それから奥様。」
「はっ!はいっ!」
「私の息子に対する暴言への謝罪はいりません。」
「えっ?」
「ですが、楓さんには謝って頂けますか?」
「さゆりさん……。」
「わ、わかりました!楓、いままでごめんなさい。」
謝っているようだが、形だけだろうな。
「もういい、これから仲良くとか出来そうにないし。」
「そう?もういいの?」
「いいよ、さゆりさん、ありがとう。」
「では、もう一度確認します。私の息子との交際は認めて頂ける、という事でよろしいですか?」
「はい!もちろんです!」
「そして、関係性がどうであろうと、楓さんに対して最低限の親としての責務は果たして下さい、いいですね?」
「はい、わかりました!」
「結構です。では私たちは失礼させて頂きます。……悟は何か言う事ある?」
「ああ。俺はまだ中学生で何の力もないけど、楓を支えてみせる!だから交際は認めて下さい!」
「わ、わかりました…。」
こうして俺と母さんは楓の家を出た。
「これで解決ってワケにはいかないだろうけど、クギは刺せたわ。」
「ありがとな。びっくりしたけど。」
「遠山ってよく聞く苗字だけど、遠山課長に娘が二人いるって聞いてたから、もしかしたらって思って調べたの。」
「そっか。でも何で今まで黙ってたんだ?」
「今以上楓ちゃんへの扱いが酷くなったら、私が出ようとは思ったわよ?けどね、悟の頑張りも見たかったっていうのもあったわね。」
「俺が楓と付き合ったから、今日来てくれたのか?」
「付き合ったからじゃなくて、悟が勇気を出して一歩踏み出したから、かな。」
「まあ、なんとなくはわかった。」
「あとは、悟次第よ?もちろんお母さんも力になるけど。」
「わかってる。」
楓は初めて俺を信じてくれた人だから。