深爪の少女 冒頭
小説の書き方から逸脱している文章が多々有りますが、本編では修整しております。
吉高香菜の容姿は決して悪くない。むしろ良い。しかも生まれつきの才能か幼少期にキッチンで調理している母親にべったり貼り付いていたからか料理の腕がかなりのものだった。
しかし三年前の二十歳の頃、一年間で三回も男性にフラレた。短大を卒業して社会人になった年のことである。
一回目は友人の紹介で付き合うことになった同世代の男性だった。
付き合い始めて一ヶ月くらい経ったとき、なんとなく、本当になんとなく彼が冷たくなってきたような気がして浮気を疑ってしまった。
「ねぇ、浮気してない?」
今、思い出しても「馬鹿だった」と思うのだが大した確証もなく訊いてはいけない質問だった。ただそのとき香菜は「馬鹿だなあ。そんな訳ないだろ。オレが愛してるのは香菜だけだよ。」的な言葉が返ってきて今まで以上にお互い好きになる、という展開のみを予想していて全く深く考えていなかった。
しかし彼は「はあっ!?」と露骨に不機嫌になり黙ってしまった。すぐに謝ればよかったのかも知れないが香菜もついムキになった。
「なんか後ろめたいことがあるから何も言えないんじゃないの?いいわよ、浮気してるなら別れるだけだから。」
そのときの彼の表情を今でも忘れることが出来ない。
「愛情が冷めていく」瞬間を目の当たりにしたと思う。
「今、お前はオレが泣きついてくる前提で別れ話切り出したよな?ああ、分かった。別れるよ。冗談じゃない。ただな、オレ浮気なんかしてねえから。」
それで終わってしまった。本当に終わってしまった。
「ちょっと待ってよ。」と引き止める間すらなかった。それに引き止めるなんて無理だったと思う。彼が香菜のことを「お前」と呼んだのはそれが最初で最後だったことからも彼の怒りを強く感じた。
本当に「馬鹿だった」と思う。これほどシンプルな自業自得も珍しいだろう。 二回目はいわゆる合コンで知り合った男性だった。前回の反省を活かさなければといきなり浮気を疑ったりしないようにした。
しかし、やはり香菜はこの頃の自分も「馬鹿だった」と思う。
彼が自分と一緒にいるときスマートフォンからメールなどの着信音が鳴っても全く内容確認をしないことが気になって仕方なくなってしまった。
理由を訊いても「どうせニュース」「一緒にいる時間を優先したいだけ」としか返って来ない。
ある日、香菜は我慢の限界を迎えた。
「スマホ見せて。」
「・・・なんで?」
「なんかモヤモヤするから。」
香菜が「愛情が冷めていく」瞬間を目の当たりにしたのは二回目だった。
彼はため息をついて話し出した。苛立ちを押し殺そうとしているのは香菜にも分かった。
「多分、香菜はオレのスマホを見て他の女の番号とか入ってたらオレと別れることになるかも知れない、とか心配してないか?」
「・・・そうよ。」
正直に答えた。
「それは余計な心配だな。」
その言葉の意味を香菜は「女の番号なんか入ってないから心配するな。」と捉えた。
しかし彼の話の続きに勘違いだと思い知らされる。
「人のスマホを見たがるような人とは付き合えない。付き合いたくない。だいたいオレは浮気の心配をしなきゃならないような女は好きにならない。最低限の信用も出来ないなんて無理。・・・なんで香菜は浮気の心配をしなきゃならないような男と付き合えるんだ?理解出来ないよ、オレには。」
要するに「そんな心配は無用。こっちから願い下げだ。」という意味だった。
それで終わってしまった。本当に終わってしまった。
やはり「馬鹿だった。」としか思えない。本当に浮気している男性なら着信音はサイレントにしただろう。しなかったのは「やましいことはない」と彼なりの表現だったのかも知れない。
三回目に至っては付き合うことさえ出来ずにフラレてしまった。
職場のリーダーをしていた向井貴史の大人を感じる言動に惹かれるようになっていた。
とは言えそのとき向井は二十ニ才で当時の香菜とニ才しか離れておらず今の香菜の一才年下である。そんな向井に大人を感じていた自分を「馬鹿だったなあ。」としみじみ思う。
社内での飲み会の帰り道、タイミングよく二人きりになれたときそれとなく交際を申込んでみた。
向井の返事を当時の香菜には理解出来なかった。
「オレのこと、三番目に好きな男なら付き合うよ。」
「・・・えっ?」
「一番好きってのはなんか重くて疲れるし。二番もなんかの拍子で一番になっちゃうかも知れないしなあ。」
香菜は呆気に取られて何も言えなかった。頭の中は「三番って・・・。一番に好きだから付き合いたいんじゃないの?」という疑問しかなかった。
あのときのことを思い返す度に香菜は「思いっ切り蹴っ飛ばしてやりたい。」と思う。自分と向井を。
他の二人の男性と違い向井は「しょうもない男」だったと思う。回りくどい言い方をしてきたが結局「都合のいい女」として付き合いたいと言っただけだろう。何故そんなことも私は見抜けなかったのか。
多分、向井には彼女がいたのだろう。「三番目なら」などと言わず香菜とも付き合おうとしなかったのは彼の良心か保身の為かは分からない。
結局、向井と付き合うことはなかった。当時の香菜は「フッた」と思っていたが今の香菜は「フラレた」と思っている。「本気で相手するほどの女ではない」と言われたも同然なのだ。
散々な出来事ばかり続き、香菜は自分になんの価値もないと感じるようになってしまった。恋愛にも仕事にも無気力になり友人と遊びに行くこともなくなった。
そしてついには会社を辞めてしまった。
本当に「馬鹿すぎる」と思う。大した情熱も目標も持たずになんとなく就職し学生時代の恋愛のノリも抜けず「ヤキモチは愛情の裏返し」とさえ思っていた。「めんどくさい女、うっとおしい女」と男性には見えていただろう。当然まわりの同世代の人達もまだまだ大人とは言えなかったがその中でも私は幼すぎた。
皆が環境の変化に悩みながら成長していく中、私は理由と呼べる理由もないままリタイアしたのだ。
・・・馬鹿すぎる。
これが三年前の香菜の過ち。
青山和子はカウンター内のイスに座って目の前の電話をなんとなく眺めていた。十一月に入り急に寒さが厳しくなった。暖房があまり効いてない気がする。
この店で電話受付の仕事に就いて十年ほど経つがここニ、三年の電話の少なさは異常だと感じる。たまに電話が鳴っても和子のことを「おばちゃん」と呼ぶ常連客たちばかりで新規の客など滅多にいない。壁の時計を見ると午前十時。特に暇な時間帯である。多分、近所に数件しかない同業者も似たようなものだろう。
景気良くならないねえ。・・・後、あれ、なんて言ったっけ?あれ、思い出せない?
なんとなく暇の理由を考えていた和子だったが数年前に流行っていた言葉を思い出せなくて戸惑った。最近、老化を実感することが多い。
・・・ああ!そうだ!草食系男子ってやつだ!そんなのが増えたらしいんだった。
「まったく・・・冗談じゃないね。」
独り言を言ったとき、ソープランド「フェアリー」の電話が鳴った。
「はい、フェアリーでございます。」
「・・・。」
「もしもし?」
相手は何も言わない。
こんなとき強く呼び掛けてはいけないことを和子は経験則で知っていた。風俗遊びの経験がない男性が初めて店に連絡するとき緊張で話せないことは少なくない。プレッシャーを与えると無言のまま電話を切り二度と掛けてこない。
「もしもしお客様?」
優しく呼び掛けてみる。
しかし次の瞬間、和子が言葉を失いそうになった。
「・・・あの十時半からセツナさん予約出来ますか?一時間お願いしたいんですけど。」
若い女性の声だった。
あらすじにも書きましたが本編はムーンライトノベルにあります。18才以上で少し過激な描写も問題ない方には是非読んで頂きたいです。お願いします。