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扉の向こう側の声に耳を澄ます。指示されたことはまだ完了していない。そのことで、兄が叱責されないか、秘書室に残された二人はハラハラしていた。
しかし、いつまで経っても叱責が響く気配はない。二人は首を傾げる。
しばらくすると、何事もなく蘭丸が社長室から出てきたので、二人は思わず駆け寄った。
「兄さん。社長から、お叱りとかは……?」
坊丸が恐る恐るした質問に、蘭丸は不思議そうに首を傾げる。
「なぜだい? まさか、お前たち何か粗相を?」
次第に目が吊り上がっていく兄に対して、力丸が慌てて首を振った。
「違います。違うんです。まだ……」
「まだ? そう言えば、何か慌てていたね。詳しく聞こうか」
ようやく、二人の話を聞く姿勢を見せた兄に、二人は事の次第をそれぞれ述べる。
「……と言うわけで、どなたをお呼びすれば良いのか、もう、皆目見当もつかなくなり悩んでいたのです」
二人の話を聞き終えた蘭丸は、フッと相好を崩す。
「それは、大変だったな。だが、それは、もう解決したぞ」
「えっ?」
「はっ?」
兄の思わぬ答えに、坊丸と力丸の二人は、思わず間の抜けた声を出した。呆然とする二人を可笑しそうに見ながら、蘭丸は、昼食を取るため席に着く。そして、二人に問いかけた。
「まず、社長は、何と言ったんだい?」
「もうすぐ昼時だ。今すぐアイツを呼べ! アイツだ。アイツ。いつもの奴を呼べ」
坊丸が、社長の声音を真似ながら答える。それに対して、蘭丸は少し頬をヒクつかせながら、先を促す。
「それから?」
「分からなければ、蘭の机を見ろ。資料があるはずだ。私は、十三時から支部長たちと会議の予定が入っている。それまでに頼むぞ。と言われました」
力丸は、社長の一言一句を思い出すように慎重に答える。その答えに蘭丸は頷く。
「それで、私の机にはどんな資料があったんだい?」
「買収報告書や収支報告書、中途採用の履歴書や社屋の修繕見積書です」
「他には?」
「他にって、それで全部だろ? 四国支部からの書類は無かったし」
坊丸は首を傾げるが、意味深に微笑む蘭丸の顔をしばらく見つめていた力丸は、やがて、ポツリと口を開いた。
「……宅配弁当屋の広告」
力丸の答えに、蘭丸は満足したように大きく頷いた。
予想外の答えに、二人はガックリと肩を落とす。
まさか、弁当屋を呼べと言っていたとは。
平然と昼食を食べだした蘭丸を見て、兄のような一人前の秘書になるには、まだまだ道のりが長いと痛感した二人だった。
完結しました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆