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叱責を恐れるあまり、動けなくなってしまった二人は、引き攣った互いの顔を見つめるばかり。
しかしそれでは、問題は解決しないどころか、その先には、恐怖の織田社長が待ち受ける。
力丸は、ぎこちなく視線を彷徨わせ、手にしていた資料を蘭丸の机の上に戻すと、震える手を別の資料へと伸ばす。
「力丸?」
力丸のぎこちない動きに、坊丸も、ようやく凍結から解放されたかの様な呆けた顔のまま、力丸の手の中を覗き込む。
「坊兄さん。ここだけの話ですが、私は、正直、失敗するのが怖いです」
「それは、私だって同じだ」
力丸の掠れそうな声に、坊丸は消え入りそうな声で同意する。
「ならば、ここは、じっくりと資料を検分すべきではないでしょうか」
「だが、織田社長は、『今すぐに』と仰ったではないか。我らにぐずぐずしている時間はないぞ。速やかに対応せねば」
資料の再検分を申し出る力丸に、坊丸は時間がないと迫る。しかし、力丸は、頑なに首を振る。
「ですが、織田社長が待っている方に的確に連絡出来なければ、我らはお叱りを受けてしまいます。急がば回れと言うではないですか。ここは、一旦落ち着いて、資料の検分をきちんと行いましょう」
「……確かにそうだな。急いては事を仕損ずると言うし、一度心を落ち着けて検分するべきかも知れないな。だが、時間がないのも確かだ。素早く的確に判断するぞ」
「はい! 坊兄さん」
二人は意を決すると、手元の資料に目を落とした。
「こちらの資料は、滝川関東支部長から提出されている社屋の修繕見積書のようですね。どうやら玄関まわりの修繕と、別棟の増築を検討されているようです」
「玄関の修繕など必要だろうか? 先週出張で行ったが、特に損壊など目につかなかったが……?」
見積書の内容に、坊丸は首を捻るが、それを力丸は、したり顔で組みした。
「玄関は、会社の顔ですからね。損壊があってからでは遅いでしょう。常に、頑丈で、尚且つ、立派な門構えである事で、我が社の威光を社外に知らしめる事ができるのですから」
「確かに。力丸の言う通りだな。それで言うと、別棟の増築も、我が社の権威を示す事になるだろうし、この見積書について、滝川支部長を呼んで確認する事はないんじゃないか?」
坊丸は問題なしと判断し、次の資料へと手を伸ばそうとする。しかし、ここで力丸が些細な事を言い出した。
「ですが、見積書だけで良いのですか? 別棟のデザイン案などは、提出されないのでしょうか?」