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その時……
「いや、ちょっと待て」
再度の坊丸の制しに、力丸は、素早く内線を切った。
「やはり、違うのですか?」
眉根を寄せ、困り顔を見せる力丸に、坊丸もそっくりな困り顔を見せていた。
「ああ……。もしかしたら、織田社長の要件は、こちらではないかと思えてきた」
そう口にする坊丸の手には、新たに別の資料が握られている。
「それは?」
坊丸から受け取った資料に、力丸は素早く目を通す。それは中途採用の履歴書だった。
「履歴書のようですが? これが何か? まさか、この方、前田さんを呼ぶようにという事ですか? そんなの今すぐには無理ですよっ!」
力丸の訴えるような眼差しを遮るように、坊丸は、もう一枚の資料を突き出す。
「これを見ろ。その前田さんというのは、どうやら、柴田北陸支部長の縁故らしい」
坊丸の差し出してきた資料は、縁故採用の為の推薦書のようだった。坊丸の言う通り、そこには、柴田支部長の名が記されている。
「当人の前田さんをいきなり呼ぶ事は無理だが、柴田支部長ならば、今日は本社にいるからな。採用前に、織田社長は、前田さんについて、柴田支部長から、直接話を聞くつもりなんじゃないだろうか」
坊丸の言葉に、しばし思案顔をしていた力丸も得心顔で頷いた。
「それは確かに。直接会って話を聞きたいかも知れないですね」
「そうだろ? じゃあ、柴田支部長に連絡を……」
そう促す坊丸の目をしっかりと見据えて、力丸は首を横に振った。
「いえ、坊兄さん。今のところ、明智近畿支部長にも、羽柴中国支部長にも、そして、この柴田北陸支部長にも可能性があります。我らが連絡をするのは、本当に、柴田支部長で良いのでしょうか?」
力丸の言葉に、坊丸は額に手を当て、目を閉じると、しばし考え込む。
秘書室内には、時を刻む秒針の音が規則正しく鳴り響く。カチカチと響くその音は、常に規則正しいはずなのに、気持ちが焦る二人の耳には、何故だかその音が、次第に早くなっていくように聞こえていた。
じっくりと考えている暇はない。なぜなら、二人に「あいつを呼べ」と言いつけた織田社長は、実にせっかちな人で、待たされる事が大嫌いなのだ。その上、自分の意に沿わなければ、容赦なく叱責される。
二人はまだ新人の為、そこまでのミスをして叱責された事はないが、隣の社長室から怒鳴り声が響いてくるのを、肩を震わせて聞いた事なら、もう幾度もあった。
あの様な恐怖を直に受けるなど、考えるだけでも恐ろしい。