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OH MY CRUSH !!  作者: 文月 七
7/32

「昨日は悪かったな。」


 ゲーセンで遊んだ翌日。

 登校して着席したりんの目の前に颯爽とやってきて仁王立ちになった倖は、偉そうにふんぞり返って謝ってきた。

 あ、やまってるよね?これ。

 あまりのふんぞり返りようにそれほど謝られている感じがしない。

 りんは膝の上で指をもじもじと動かしながら倖をちらりと見上げた。

 そう。

 りんも、倖に謝らなければならないと思っていたのだ。

 しかし、こんなにすぐに直球で先に謝られてしまうとは思わなかった。

 昨日、勢いとは言え倖のことを貶すような傷つけてしまうようなことを言ってしまった。


 人から金銭を巻き上げたことがあるだろう、なんて。


 なんであんなこと言ってしまったのだろうか。

 昨日から1人後悔しては、どうやって謝ろうかと悶々としていたのだ。

 しかしこれは逆にチャンスかもしれない。

 この倖の行動力にあやかってこのまま勢いで謝ってしまえっ、とふんぞり返ったままの倖を見上げ口を開きかけた、そのとき。

 倖の後ろの方でガタンと大きな音がした。見ると吉原君が精一杯椅子を前に寄せ縮こまっている。吉原君はりんと同じ眼鏡の男の子、大人しさではきっとクラスNo.1だろう。

 吉原くんは倖に遠慮?して精一杯椅子を前にひき、なんなら机も前に寄せ始めている。ちなみにその前の席にも生徒が座っている。吉原くんほどではないにしろ、こちらも割と大人しめの鎌田くん。後ろの席の吉原くんががたがたと机を寄せてくるので何事かとしかめ面で振り返る。

 吉原くんはそのしかめ面に気圧されてピタリと動きを止めて板挟みになった。

 心底かわいそうに思う。

 倖はといえばそんなことは一切意に介さず、微動だにしない。

「倖くん、あの、邪魔なので、とりあえず横に来てもらえませんか?」

「邪魔か?」 

 倖はその一言をりんではなく後方へ顔だけぐるりんと向け、背後の吉原くんへと言い放った。

 かわいそうに吉原くんは、ふるふるっ、と怯えた子犬のような仕草でそれを否定した。

 心底かわいそうに思う。

「邪魔じゃないってさ。」

「え、いやぁ、そんな強制的な、」

「それより、さっきの聞いてたか?悪かったって俺が言ってんだけど?」

 さらにふんぞり返って倖が再度謝罪のごり押しをしてきた。

「……いえそんな、私も、急に帰ってしまって、すみません。」

 違う、謝りたいのはこれじゃなかった、りんは焦って言葉を探すがそれよりも先に倖が口を開いた。

「だよな。もっと謝れ。……それはそうと。」

 倖はぐっと屈みこみりんの耳元に口をよせる。

「何に、対して、謝っているか、だけどな。仮にもお前が友人だと思っている奴らをなじったことで、お前を怒らせてしまったことに対してだ。話を聞く限りあまりいい印象は持てないしそこは変えようもないが、お前に対しては、まあ、謝ろう。」

 やはり偉そうに倖がささやく。

 りんは首を傾げた。

 これって謝ってる?と再び当惑する。謝られているような、謝られていないような。

「……あ~、それから、お前が節操なく捕ったぬいぐるみをうちで預かってるぞ。」

 若干言いにくそうに切り出してきた倖の視線はりんの左後方あたりでうろついている。

「節操なく捕った覚えはないですけど、うーん、あげますよ?」

「いらん。」

「いらん、と言われても。私の部屋、引っ越しの荷物がまだ片付いてないし、置くとこないですもん。」

 倖は目を見開いて、じゃあなんで捕った、とぼやいた。

「邪魔ですか?」

「……おまえ、邪魔じゃないと思うか?ポッキッキーは食っちまったけど、あと3体巨大なのがいるんだぞ。」

「じゃあ、部屋片づくまで預かっておいてください。」

「……しゃあねぇな。早く片づけろよな。」

「やけに優しいですね。」

 りんは怪訝に思い首を傾げた。

 もっとこう、今日すぐに取りにこいとか言われるかと思ったのだが。

「そりゃ、まぁ、仲良くならないといけないし……。」

 倖はそっぽを向いてごにょごにょと口ごもっる。

 りんは呆れて小さくため息を零して倖を見返す。

「……そんなにですか?」

「なにがだよ。」

「そんなに、連絡先欲しいんですか?」

「欲しいって、言ってんだろ。」

「理由はやっぱり、教えてもえませんか。」

「……教えねー。」

 倖はそっぽを向いて口をへの字にまげている。それでも若干照れているらしいことが何となくりんにもわかった。

 まぁ、照れる要素がどこにあったのかは全くわからないのだが。

「……わかりました。」

「教えてくれんのか?!」

 りんは慌てて大きく手を振り、否定の意を現す。

「そっちじゃありません!教えてくれないということに対しての、わかりました、であって!」

 途端に倖はしかめ面になり、ちっ!と舌打ちする。 

 偉そうにしたり照れたり喜んだりしかめっ面になったりと、忙しいことだ。

「舌打ちしないでください。舌打ち、嫌いって言いましたよね。」

「キライ言うな。」

 とブツブツ文句を言いながら倖は席に戻っていった。

 前の席の吉原君がホッとしたように椅子と机を元の位置に戻しはじめたので、すみませんでした、と頭を下げて謝った。

 吉原君は軽く頷いて何事もなかったかのように前を向いた。ついでにその前の席の鎌田くんと目が合ったので、彼にも会釈して申し訳ないとの意を伝えておいた。

 2人に謝り居住まいを正しながら、結局倖には謝ることができなかったな、とりんはぼんやりと思った。



 ホームルームも終わり、さて一限目は何の授業だったか、とごそごそしていると、後ろから迫田さんが話しかけてきた。

「ねぇねぇ、りんちゃん。倖くんとホントにつきあってないの??」

「つきあってないよ。」

 迫田さんが不思議そうに聞いてくる。

「ごめんね、何度も。不思議でさー。」

「大丈夫。私も不思議な状況だと思っているから。」

「でもさー、」

 迫田さんは倖の方をチラリと見ると声を潜める。

「倖くんのああいうフレンドリーな一面、初めて見たから、何か新鮮。りんちゃんに優しいからあたしが話しかけても普通に返してくれそうって思っちゃうよ。」

「普通に答えると思うよ?」

 迫田さんは、いやいや、と手を振り困った顔で首を傾げた。

「返事してくれないと思うなー。りんちゃんと一緒だったらわかんないけど。すでにクラスの女子が2人ほど、玉砕してるしねー。」

「玉砕?」

 予想外の単語に思わずりんも声を潜めた。

 迫田さんもぐっと声を小さくして顔を近づけてくる。

「そそ。倖くんさ、りんちゃんと話してるときめっちゃ楽しそうだし。2人が話すの見てたら自分もいけるかもって勘違いしちゃうんだよ。」

 彼女は口に手を添えりんの耳元に寄ってくる。

「山内さんと篠田さん、倖くんに話しかけてガン無視されて、それでもめげずに食い下がった篠田さん、倖くんにすごい睨まれたらしいよー。」

 りんは驚いて迫田さんを見返した。たかだか話しかけられただけで何もそんな対応しなくても。

 それではクラスメイト全員敵にまわしてしまうではないか。

「篠田さんもあの倖くんに食い下がったなんて、根性は大したもんだと思うけどねー。相手が悪いよね。」

 篠田さん。りんはふと教室内を見回し彼女がいないか探してみる。

「あ、多分いないよ、篠田さん。彼女、昨日校庭で転んでさ。その後からお腹痛いって言って。今朝も腹痛が収まんないらしくて。」

 だから今日は休みだと思うよ、きっと、と迫田さんは神妙な顔でいった。

 早く治るといーんだけどね、と心配そうにする迫田さんにりんも、そうなんだ、と神妙に頷いた。



 1時限目は体育だった。

 ざわざわと喧しい更衣室でりんは途方に暮れて立ち尽くしていた。

 体育着を忘れてしまった。

 昨夜のうちに準備して入れておいたような気がするのだが、りんの目の前で口を開けているスポーツバッグには体育着が入っていない。

 ノーブランドの少しくたびれた紺色のバッグをりんは再度ガサガサと探した。

 ない。

 ドアを開ける音が更衣室内に響き、着替え終わった生徒が次々と出てゆく。

 忘れたものは仕方ない、か。

 早々に諦め、りんは制服のまま更衣室を出ると職員室へと足をむけた。

 こういうことは授業が始まる前に先手を打って、早めに報告しておくにかぎる。

 その時、女子更衣室の隣のドアががちゃりと音をたてて開いた。

 隣は男子更衣室だ。

 タイミングよく出てきたのは倖だった。りんを見ると怪訝そうな顔で口を開く。

「どこいくんだよ。制服のまんまで。体育やらないのか?」

「それが、体育着忘れたみたいで。」

 今から先生に言いにいくところなんです、と倖の隣をすり抜けようとしたとき、その倖に腕をつかまれて引き留められた。

「香取、忘れ物に厳しいぞ。誰かに借りれないか?」

 言われてりんは戸惑ったように倖を見返した。

 体育担当の香取先生は、数学の先生だと言われた方がしっくりくるようなひょろっとした先生だが、忘れ物に厳しいとは知らなかった。

 具体的にどう厳しいのかはわからないが。

 よそのクラスの女子から借りることができればいいが、自分のクラスの女子ともまともに話せていないのに、よそのクラスに友達などできるはずもない。

「借りるあてがないので、諦めて申告しにいこうかと思って。」

 言いおいて行こうとするりんの腕を倖が離そうとしなかったので、りんは軽くつんのめった。

「あー…、仲良しさんだから忠告しとくが、香取は制服のまま体育やらすぞ。」

「制服って、嘘ですよね?……正直に言ってもですか?」

「言っても言わなくても。ホントに誰からも借りれないのか?」

「…借りれるものなら、借りたいんですが…。」

 りんはさらに途方にくれて眉を下げる。

 友だちがいないとこういう時に困ってしまう。

 最近しゃべるようになった唯一の友だち?の迫田さんは残念なことに同じクラスだ。

 借りれるはずもない。

「……仕方ないな。俺、予備持ってるけど借りるか?」

「予備?」

「あぁ、いつ制服汚れるかわからないし。念のため。」

「……まじめですね。」

 まじめ言うな、と軽口を叩きつつ倖は男子更衣室へと引き返した。

 その間、更衣室から出てくる男子生徒の好奇の目にさらされながらりんはしばし大人しく待つ。

 出てきた倖から体育着をありがたく受け取ると、りんは急いで女子更衣室へと戻った。


 で、でかい。

 倖から借りた体育着は、思いのほか大きかった。

 倖の体型はすらりとしていて華奢に見える。

 なので、りんが着ても少し大きいくらいかな、と思っていたのだが、予想以上に大きい。

「でかいな。」

 ハーフパンツがずり落ちないよう手で掴まえながらりんがそろりと更衣室を出ると、腕組みをして待ちかまえていた倖にそう言われた。

「ですよね。」

 りんはがっくりと肩を落とした。

 手を離せば脱げてしまうようなハーフパンツを履いて授業を受けるより、まだ制服の方がましな気がする。

「……いや、ちょっと待っとけ。」

 再び更衣室に戻る倖を見送り、もう制服でもいいかな、と投げやりな気持ちになりながら倖が消えたドアを見つめてりんはため息をついた。

 数分後、戻ってきた倖が手に持っていたのは数本の輪ゴムだった。

「これで縛っちまえばいんじゃね?ちょっとはましに、ならないか、と。」

 何本か一緒にして結べば強いんじゃないか、と言いながらりんの背後に回り込み、体操着の首回りを後ろで結びだした。

「おら、ズボンも結べ。」

 差し出された輪ゴムは3本。

 これで結ぶのか、と戸惑いながら言われたとおりにズボンのウエストを結んだ。

「よし!なかなかいんじゃね、と。……うーん、ま、制服よりましか?」

「ホントですか?こ、これ、制服の方がましじゃないですか?」

「んなことはない。おまえ、汗びっしょりの制服で次の授業受けるつもりか。」

「た、たしかに。でも、大分みっともない気がするんですが……。」

「みっともないかみっともなくないかと言われれば、みっともないかもしれん。でも、大丈夫。もう見慣れた。」

「いや、倖くんが見慣れてもしょうがないって言うか、て、どこ行くんですか。」

「運動場だよ。もう予鈴なるぞ。」

「ゆ、倖君、私やっぱり制服に、」

「んな時間、もうないな。」

 倖の言うとおり次の瞬間には校内に予鈴が鳴り響く。走るぞ、と倖に手をひっつかまれてりんは引きずられるように走った。

 運動場へは玄関を通り抜ければすぐなのだが、更衣室が何故か3階にある。3階から階段を下りなければ行くことができないので、倖と2人、転びそうになりながらその階段を一気に走り降りた。途中で体育の香取先生を追い越すと、玄関をぬけ運動場へと駆け込み、すでに整列しているクラスメイトの一番後ろにすべりこんだ。

 りんは大きく肩で息をしながら、先生がくるまでに何とか息を整えようと胸を押さえた。

 横を見あげれば、倖は何事もなかったように静かに並んでいる。じっと見ていても息を乱している様子さえない。

 私がこんなに息が切れてるのにずるい、これが体力の差というものか、と納得はするけれど、やっぱり何だかずるい。

 りんが1人でぼやいていたとき。

 その眼鏡のきれた視界の端っこ。

 赤い何かが蠢くのを、りんはとらえた。

 いまだに視線は見上げた先の倖にあるというのに、それは視野の隅の隅でその存在を主張するかのように目立っている。

 りんは慌てて前を向く。

 香取先生のその向こう、正門付近の地面にそれはいたはずだが、今はもう何も見えない。

 りんは先ほどとは違う意味で暴れだす心臓を宥めるために、胸においた手に力を込めた。

 香取先生はみなの前に立つとじっと最後尾のりんを見つめてくる。体育着を輪ゴムでしばっていることを指摘されるのかとヒヤヒヤしながらじっとしていると、そのうち日直が号令をかけはじめたので皆にならって礼をする。

 香取先生はりんから視線を外し連絡事項などを話しはじめている。

 どうやら山場は乗り越えたらしい。

 りんはようやくほっと息をついた。

「あの、倖くん。」

「ん?」

 倖はちらりと視線だけ寄越して応える。

「体育着、ありがとうございました。」

 小さな声でお礼をする。

「ん。」

 前方では噂の香取先生が何やらぼそぼそと話している。

 途端に、えーっと湧き上がる非難の声。

 倖はにやりと笑ってりんを見た。

「よかったな。今日、マラソンだってよ。」

 制服で走ってたら大変なことになってたな。と倖は嬉しそうにイシシと笑う。

 マラソンのコースが正門付近を通りませんように、と祈りながら、りんは倖に頷いて返す。

 太陽の光で金色の髪が更に輝いてみえた。



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