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「ちょろいな。」
倖は缶コーヒーをぐびりと飲みながらりんを見下ろし、優越感たっぷりに顎を反らした。りんはそれを横目で恨めしそうに見ながらオレンジジュースをすする。
「初めてやったんですから、下手なのは仕方ないじゃないですか。」
「ま、そりゃそうだけどな。でも4回目あたりからは逆送しなくなったじゃん。」
「……レース中なのに人がふらふら飛び出してくること自体おかしいと思うんですけどね。」
「そんなこといったって、そういうゲームだしな。でもお前、意外と負けず嫌いだな。」
けっけっけっと笑いながら倖は言う。1回目、人が飛び出してきたことにびっくりして、終始逆走と回転を繰り返していたりんだったが、倖がゴールの雄叫びをあげた次の瞬間には100円玉を2枚投入していた。
それから連続6回レースをして倖に連敗したりんはふてくされ、喉が乾いたと倖に訴えたのだった。
「どうする?他に何かやるか?」
「そうですね、あの、私負けっぱなしは性にあわないのでもう一回UFOキャッチャーで勝負するというのはどうでしょう。」
「却下。」
「なんでですか、少しだったら教えますよ。」
少しかよ、と倖は毒づきながらUFOキャッチャーの台を流して見ながらりんと歩く。
「倖君、倖君、この台とかどうですか?倖君でも取れるとおもいますよ、たぶん。」
りんが指し示したのは巨大なパンダのぬいぐるみが大きく前傾している台だった。確かに取れそうな感じは、する、が。
「やらねーってば。てか巨大なもんばっかり取るなよ、これにパンダもプラスしたらめっちゃ大変だろう。」
倖の足下には店員に袋に入れてもらった巨大ポッキッキー達が無造作に置かれていた。それもそうですね、とりんは頷く。
「カーレースのせいでお金もだいぶ使ってしまいましたしね。」
「だろ?そもそもなんでそんなにUFOキャッチャーが超絶上手いんだ。」
「……前の学校の友達に欲しいものを取ってあげてるうちに上手になりました。一手でもはやく取らないとお金続かないんですよね。……私お小遣い少ないんで。」
りんは何でもないことのようにガラスの中のパンダを見ながらそう言った。後半はほとんど、独り言のように。
倖は眉をあげると疑問に思ったことをすかさず聞く。
「なんで友達の欲しいもん取るのにお前が金出してんだよ。」
りんはUFOキャッチャーの中をのぞき込みながピクリと肩を揺らす。返事は、ない。
聞いてるのか聞いてないのか、その視線はただひたすらにパンダに注がれているように見えた。
「それって仲良く遊んでたんじゃなくて、たかられてたの間違いなんじゃないのかぁ?」
冗談で軽く言ったつもりだった、の、だが。
次の瞬間弾かれたようにりんが顔をあげた。
「いいんですよ、私が出したくて出してたんですから!他に、お金、使うこともないし、」
泣きそうな顔のりんを見て倖はやべっ、と息を飲む。これでも空気読むのは上手いほうだと思っていたのだが、地雷を踏んだかもしれない。
「あー、やっぱ今のなし、わかっ、」
「倖君だって、そういうこと、したことあるんじゃないですか……!?」
「……何だ、それ。」
倖がくるりと振り向き、りんを睨みつけた。その視線に怒気を感じてりんはびくりと体を震わす。
「なんだよ、それ。俺がこんな格好してるからか?バカじゃねーの。人の金巻き上げたことなんかないっつーの。」
おまえのクズ友と一緒にすんなよ、と倖は吐き捨てた。
りんは俯き震える声で、クズなんかじゃないです、とようやく、そう倖に反論した。
思っていた以上にりんの声は小さく、か細かった。
「……ちゃんと、友達、でした。」
喘ぐように、りんは言った。
そんなりんの様子に倖は大きく息をつくと、この話しは終わったとばかりに、わかったわかったと言いながら巨大ぬいぐるみが入った袋を持ち上げた。
こいつもこんなだし今日は帰るしかねーよな?
まったく。
「おい、今日はもうかえ、」
「あぁーっ!倖じゃーん!」
倖がりんに帰宅を促そうとしたその瞬間、背後から倖を呼ばわる甲高い声がゲーセン中に響いた。
「え、まじまじ、久しぶりじゃない会うのーっ!」
と、倖の右腕にぐわしっと黒髪ボブの割とかわいい女子がしがみついてくる。
倖はそれを見下ろしながら眉間にシワをよせて考え込んだ。
重い、そして誰。
「なぁ、おまえ、誰だっけ、」
「え、ひっどーい!まじひっどーい!みぃちゃんだよぉみぃちゃん!」
そう叫ぶとみぃちゃんは、覚えてないのぉー、と腰をくねらせる。
黙ってれば清楚系でもてそうなのに。惜しい。
「ねぇねぇあそぼ?」
みぃちゃんは目をキラキラさせて腕にぶら下がり、上目遣いで倖の顔を覗き込んできた。
「遊ばねーよ。俺今忙しい。」
「えーっ、忙しそうに見えなーい!見えな~い!てゆーかー、まさかー、これと遊んでるとか言わないよねー?」
明らかに見下したような目で見てくるみぃちゃんに、りんはにっこり笑むと、わたしもう帰りますんで、とくるりと踵を返した。
「ま、まて、おれも、か、かえ、」
がさがさとかさばる袋を抱えて慌てて後を追おうとする倖に、しつこくぶら下がっていたみぃちゃんが、いいじゃーん私とあそぼー!とくねくねする。
「だぁっ!おまえまじでどけ!邪魔!去れ!」
ギンと睨みつけキレてみせると、ひどーいあたしサルじゃないもーん、とべそべそ泣きながら去っていった。
袋3つを抱えなおし、ゲームセンターの出入り口付近を見るとおさげがちょうど走って出て行く。
無理だ、この荷物じゃ追いつかねぇ。
一瞬捨てていこうかと頭をよぎるが、りんが楽しそうに取っていたのを思い出し何とか踏みとどまる。
仲良くなるどころかケンカしてしまうとは。いや途中まではいい感じに仲良しだったはずなのにな。
おれも、意外と楽しかったし。
ゴンッ。
倖はガラスに額を押しつけ脱力した。
何だかすげー疲れた。特に最後のみぃちゃんのせいで。
ガコン。
足元で何かが落ちてくる音がして、倖は薄目をあけて取り出し口に目をむけた。
すると、半端に飛び出したパンダと目があう。
もしかしてさっきの、ゴンッ、でか。
確かUFOキャッチャーって、揺らしたらダメですよ、じゃなかったか。
正面のガラスには揺らすなの貼り紙はしてあるものの、幸いなことに店員が周辺にいる気配はない。
ラッキー。
倖はいそいそとパンダを取り出すと、かるく一撫でする。なめらかでずっと触っていたいほど気持ちのよい毛並みだった。
そういやこのパンダ、俺でも取れるんじゃないかって、あいつが勧めてたやつじゃね?
思いがけず取れてしまった。
最初に取った景品の袋を両手に下げ、それに入らないパンダは小脇に抱えて外に出る。
もしかしたらその辺で待ってないかと思ったのだが、あたりにりんは見当たらなかった。
倖は周辺を行き交う人々の顔をぼんやりと見ながら、友人たちの話しになったときのりんの反応を思い出していた。
複数の友人達と遊んでいて、りんだけが金を出すって、それっていじめだったんじゃないのか?
まぁ、そんなに驚きもしないが。あいついじめられっ子感あるし。
とりあえず明日何となく謝ってはみるか、と駅の方へと歩きだしかけ、倖はハタと気づいた。
これ、おれが全部持って帰るのか?
やたらとリラックスしたくまに、青い猫、エロお姉ちゃんに巨大ポッキッキーに巨大パンダ。
部屋でめちゃくちゃかさばるじゃねえか。
と、その前に家にたどり着くまでの道中を思い、倖は重いため息とともに帰路についた。