13
火事から数日経った放課後、学校から5駅離れた町にある慶の眼鏡屋に倖はりんと向かっていた。
あの翌日はさすがに教室内がざわついていたが、対象が倖とりんであるということも相まって取り囲まれるなんてことは終ぞなかった。ただ1人、迫田だけは登校するなりりんに飛びついてきて、ひどく心配していたが。
昨夜から気温がまた下がり、一気に冬到来といった風だ。
見下ろしたりんは薄手の黒のハーフコートを着ている。倖はといえば黄色いパーカーを着てきていた。客観的に見ても金髪と黄色の上着でちょっと目が痛いだろうな、と思ったが引っ張り出せたのが親父のこのパーカーだけだったので仕方ない。
りんと2人、駅近くの商店街を急ぎ足で抜ける。通りは風の通り道になっているのか、向かい風が強く吹いていて顔が痛かった。
「ここか?」
蛍光色のド派手な看板を見上げながら倖はりんに尋ねた。看板には有名な眼鏡屋の名前がデカデカと書かれてある。
「そうです。」
りんはなぜかえらく神妙な顔をして、そう答えた。
通りの角にある慶が勤めるその店は、何の変哲もない店だった。何となく奥まった路地の奥とか、看板がなくて知る人ぞ知る、みたいな名店のようなものを想像していたのだが。
目の前にあるのはどこにでもあるような、いわゆる全国チェーンの店だった。
ガラス張りの店の中にはずらりと陳列された色とりどりの眼鏡。窓際にテーブルと椅子が並べられ、その奥には視力を測る機械が鎮座していた。
でかでかと掲げられている軽薄な印象の看板を倖は再度見上げ、そうしてまた店内に視線をうつした。
店の中では、同じく軽薄そうな笑みを浮かべたりんの従兄弟の慶が、入り口付近で待ちかまえている。
今日は銀縁の細身の眼鏡をかけている。パッと見は真面目そうに見えるのだが、慶の場合、何故か胡散臭さのほうが際立つ。
立ち止まったまま動かない倖をりんが不思議そうにのぞき込んできた。
「どうしました?入らないんですか?」
キョトンと問いかけてくるりんに、入るよ、とぶすくれた声でそう答えた。
なかなか入店してこない2人に業を煮やしたのか、慶がドアマンよろしく扉を開け右手で入店を促し頭を垂れた。
開けた扉から、きゃあ、という黄色い声が聞こえた。眼鏡を物色していた女性客が3名、慶を見て色めきたっている。
「ほら、行きますよ!」
よっ、とかけ声をかけながらりんが倖の背中を押す。そのまま押されるままに眼鏡屋へと入店した。
「いらっしゃいませ。」
大仰に一礼してみせる慶に倖は目を眇めると、一言もなく視線を外した。
慶くん、こんにちは、と挨拶してからりんは倖へとちらりと視線を投げる。
「何なんですか。行きたいっていったの倖くんじゃないですか。」
りんが腰に手を当て、怒ったように言う。すると慶が困ったように眉を下げながら、りんを窘めた。
「りん、無理言わないの。複雑なんだよ男心は。告白して振られた男の店に来るなんて、勇気のいることだよ?ねぇ?」
「こくはく、して、ねぇから。」
慶の嫌がらせに一語一語強調しながら、倖は反論する。
えー嬉しかったのにぃ、とにこやかに嗤いながら、慶がさらに嫌がらせを被てくる。そのまますぐそばの陳列棚へとりんを誘った。
「りん、結局縁なし、嫌だったの?」
「せっかく薦めてもらったんですけど、縁がない分、あれがよく視えてしまって。」
「あ~、そうなんだ。……ん?りん、こいつ、りんの事情知ってるの?」
倖がいることを全く気にせず漏らすりんに慶が驚く。病院ではそんなこと一言も言ってなかったのに、と呟いた。
「……いろいろあってばれちゃいました。」
すると慶はなぜか感慨深げにため息をつく。
「そっか、ばれちゃったか。へー、いろいろねー、うんうん、ばれちゃったかー。」
とポンポンとりんの頭を叩いた。
りんは微妙な顔して、やめてください、と横に一歩ずれて逃げると、目の前の棚にある眼鏡を物色しはじめた。
その様子を眺めていた慶が、すすすっ、と倖の方へと近づいてくると、倖の前にあった眼鏡を差し出してくる。
「倖くんは、こんなんどう?」
眼前に持ってこられたのは、極太ヒョウ柄の眼鏡だった。
「……なんで、これ。」
「似合うかなって思ったからに決まってるじゃないか。」
「俺は眼鏡いらん、……というより、一つ聞きたいことがある。」
「え、何。改まって。」
慶は銀縁の眼鏡をくいっとあげた。
「あいつのあの眼鏡って、何なの。」
倖の唐突な問いかけに、慶は目をパチクリとさせて、何なの、と言われてもなぁとりんを見る。
りんは黒縁の眼鏡を手にとって矯めつ眇めつしている。
「まぁた、おんなじようなのを取って。」
慶はそれを見て目を細めると、独り言のように呟いた。
それには答えず倖は淡々と質問を続ける。
「前の眼鏡も、ここで買ったんだろ?」
「うん、そうだね。」
「あいつが言うには、あんたが『おまじない』してくれたおかげで、視えなくなったって言ってたけど。」
「……そのとおりなんだけど、さ。そんなことまで言ったの?りん。」
「でだな、……お?」
倖の視線の先でりんが俯いて黒縁の眼鏡を試着している後ろ姿が目に入った。
それを見て倖は驚愕する。
いま、素顔見るチャンスだったんじゃね?
いや待て、つけたんなら外すはずだし、いや、度なしの眼鏡つけてるんだったら素顔と一緒てことはないか? よし、試しに声かけてみるか。
「おい、ちゃんと鏡で見たほうがいいんじゃね?」
倖は鏡が見える位置に移動しようとして、素早く縁なしの眼鏡に掛け替えたりんと目が合った。
「倖くん、今、見ようとしてました?よね?」
「……んなわけねぇだろ。鏡、勧めただけだっつの。」
「ド近なんで、鏡見ても自分の顔がわかりません。」
自分の顔がわからない?と驚いて呟く倖の袖を捕まえて、慶がずりずりと端の方へと引っ張っていく。
「大丈夫だよ、りん。よくわかんないけど、僕がちゃんとこの子見てるから。」
この子言うな、と倖はぶすくれた顔で口を尖らせ慶を睨みつけた。
「何で君、りんの素顔見ようとしてんの。」
あんなに一目惚れした子とは顔が違うって言い張ってたのに、と慶が面白そうに言った。
「……一応、確認しとこうと思って。」
「ふーん、……いい心がけだと思うよ。」
うんうんと頷く慶を胡散臭げに倖は見ながら、でだな、と気を取り直したように続ける。
「あいつのまえの眼鏡、何気に俺がかけてみたんだけど、……視えちまってだな。」
「かけたって、君、あれ度数ものすごく強いから何も見えないでしょう。」
「何も見えなかった。あれ、すごいな。何かホント滅茶苦茶気持ち悪かった。……じゃなくて、別のもんが視えたんだよ。」
りんは両手に持った似たような黒縁眼鏡を片っ端からつけては首を傾げていた。
「……あいつさ、鏡見ても顔見えないんだったら、試着する意味なくね?」
「つけ心地を比べてるんだよ。」
微笑ましげにりんを見ながら聞いていた慶が、別のって何?と聞き返す。
「だから、これ。」
と、両手を胸の前でたらしてお化けのポーズを倖がしてみせると、しばらくそれを眺めていた慶が呆気に取られたように大きく口を開けた。
「……え?……ん?見えたって、何が?」
意味が分からず再度同じ言葉を繰り返す慶に、だから幽霊が、と倖が苛立たしげに語気を強めてはっきりと言った。
「あいつが眼鏡外したときに視えるもんが、あいつの眼鏡かけたら俺にも視える。」
「……まっさかぁ。」
全く信じてない顔で慶が断じた。
「何がまさかだよ。本当だっつの。……あれ、お前が作ってんだろ?どうなってんだよ、あの眼鏡。」
「……さあ?」
部外者には言えないとかそういうことなのかと慶を睨むが、予想に反して彼はひどく困ったような風の顰めっ面で倖を見返す。
「作ってる、というのも、そもそも違うっていうか。その辺はさ、いろいろあるっていうか。というよりも、いろいろ、何もないんだけど。」
そうゴニョゴニョと言いながら慶は頭を掻いた。
「……あれさ、最初は単なる気休めだったんだよね。」
と、りんに聞こえてしまうのを警戒してか極々小さな声でそう言う。
「気休め?……嘘ってことか?」
倖は目の前に並べられているサングラスを手にとりながら、眼鏡の試着を繰り返しているりんをちらりと見た。何回試着したところで、大して変わらんだろうと思うが、りんなりに何かフィット感の違いとかあるのかもしれない。
そうして気づく。
慶は、りんが選ぶ眼鏡に何の頓着もしていなかった。
ということは、やはり『眼鏡』が重要なのではなく慶がしている『おまじない』とやらが鍵なのだろう。けれど、それを〝気休め〟であった、とは一体どういことなのか。
「……嘘、とまでは言わないけどさ。りんが小学生の頃、何かが視えて泣いてたあいつを誤魔化すために〝痛いの痛いのとんでけー〟的なノリで、やったげたんだよ。……そうしたら、本当に視えなくなっちゃって、さ。」
「……はぁ?」
何を言ってるんだ、こいつ。
倖がポカンと間の抜けた顔をすると、慶は倖の手にあったサングラスを取り上げると手を翳し、〝怖いの怖いの視えなくなぁれ〟とやってみせた。
何だそれは、と倖がイタい者でも見るような目でみると、慶は肩をすくめてみせた。
「最初は偽薬的な効果で視えなくなってんのかと思ったんだけど。何て言うか、気の持ちようなんじゃないのっていうか。でも、うちの母親のコンタクトレンズにやってやったら、やっぱり視えなくなったって喜んじゃってさ。」
自分でも何でそれでそいうことになるのかわからないってのに困ったもんだよ、と慶はごちる。
「……ちょっと待て、そんなんで偶然出来上がったっていうのか?あの眼鏡。」
倖は驚愕して慶を凝視した。
てっきり慶が霊能者とか陰陽師とかエロエロエッサイムとかあんな感じ?で、卓越した技術とか力とか超能力とか持っていて、りんの眼鏡に〝おまじない〟しているのだと思ったのに。
「偶然も偶然。いまだに僕も意味がわからないよ。」
あっさりとそう言ってのける隣の男に、倖は軽く眩暈を覚えた。
「あいつの眼鏡をかけたら視えてしまう理由とか、いろいろ、……ああいうのの退治のしかた?とか成仏のさせ方とか、あんたに聞いたらわかるかなって思ったんだけど。」
「さっっぱりわからない。そもそも俺視えないし、感じることすらない。」
「……あっ、そ。」
それに、そんなこと出来るならとっくにやってるよ、と自嘲気味に慶は嗤った。
視線の先ではりんが同じような黒縁の眼鏡を両手に持ち顰めっ面で悩んでいる。どうやら2つの眼鏡に絞り込んだらしい。
「あの2つって違うのか?デザイン。」
「……微妙に違う。おっ。」
りんはどうやら右手に持っていた眼鏡に決めたようで、明るい表情で振りむく。
慶はゆっくりとりんに近づくとポンポンとりんの頭に手をのせる。眼鏡を受け取ると倖からは見えない、奥まったところにある検査機器のほうへとりんを連れて行った。
倖は知らず詰めていた息を、はぁ、と吐き出した。
あの眼鏡をりんに渡した慶になら、対処の仕方を教えてもらえるのではないかと思ったのに。
主に、教室にいたあの白いワンピースの幽霊の。
りんは視えなければ大丈夫だと言ったが、本当なのだろうか。正直、疑わしいと倖は思っていた。
倖の脳裏に、キョトンとした顔で血に濡れていくりんの姿がよぎる。
あんなに禍々しいものを、倖は他に知らない。
あれで本当に大丈夫なのだと、信じることができなかった。
でも、誰にもどうすることも出来ないのであれば、只漫然と時が過ぎていくのを待つしか出来なくなる。
そうして例えば、席替えしてあの席からりんが離れるとか、学年が上がってクラスが変わるとか、卒業してしまうとかした時に、りんがあれから逃れられることを祈るしかない。
あのワンピースの幽霊が『りんが座る席』に憑いていることを、願うしかない。
灼きついて離れない光景を払い落とすようにふるりと頭を振ったとき、背後からトントンと肩を叩かれた。
「あのぉ、私達、サングラス買いにきたんですけどぉ。」
振り返るとキレイめのお姉さんが3人、キラキラした目で見上げてきていた。
「よかったらぁ、どんなのが似合うか一緒に見てもらえたらぁなんてぇ。」
と、3人で目配せしあいながら、きゃあ言っちゃったぁ、と小突きあっている。
久しぶりだな、こういうの。
最近は、何かっちゃりんと連んだり、屋上で柴田とダラダラしたりとあまりこういう方面で活動的ではなかった。
たまにはいいよな、と憂鬱だった気持ちを一掃するべく、倖は瞬殺スマイルを浮かべた。左からぶりっ子、ツインテール、おかっぱとあだ名をつける。かわいいのはぶりっ子だな。ぶりっ子狙いということで。
「うーん、お姉さん達キレイだから何でも似合いそうだけどなぁ。」
倖が目線を合わせるように、少しだけ屈んで小首を傾げた。え~ほんと~?と3人がハモる。こっちとぉこっちぃ、どっちが似合うと思いますぅ?とおかっぱがサングラスを順にかけてみせた。
正直どれでもあんま変わらなかったが、こっち、と大きめのサングラスを指差した。
「本当はぁ、林田さんに選んでもらおうと思ったんだけどぉ。何か忙しそうだからぁ。」
と、おかっぱは勧めたサングラスをかけたまま、ちらりと奥の方を見る。
倖もそれに釣られて視線をやると、りんのそばに立っている慶と目があった。
りんは死角になっていた視力測定機から、いつのまにか洗面台のほうへと移動している。そこはコンタクトレンズを着用する際に使用する場所でりんには用のない場所のはずではないのか。
訝しげに目を細めてよくよく見てみると慶が手にしているのは先程までりんがかけていた縁なしの眼鏡だ。
……ということは。
あいつ、今眼鏡してないのか?
途端に見える角度がないかと右往左往する挙動不審な倖に、半眼になった慶が、しーっ、と口に人差し指を当てた。
2人が話す声が、微かに聞こえる。
「りん、試しに両方入れてみようか。」
「りょ、両眼、ですか?……ちょっと、勇気、出ないです。」
「コンタクトレンズつけるのに勇気はいらない。ほら、練習しないといつまでも眼鏡だよ、っと。」
慶がりんに覆い被さるようにしてコンタクトレンズをつけてあげている。
「け、慶くん、……ストップストップ!無理です!」
「……まだ左しか入れてないけど。」
「むりむりむり、痛いもん!」
「わかった、わかったから、とりあえず一回目開けてみようか。ほら、立って、こっちの大きな鏡見てごらん。」
何を思ったのか慶は左手の壁にかけられている大きな鏡を指し示す。
そうして倖に背中を向けて立ったりんが、鏡のなかで目に当てていた両手をそっと外した。
『少女がよろけてポールをつかむ。
電車に乗り慣れていないのか、ちょっとした揺れでよろよろとたたらを踏む。』
顰めっ面でボロボロと涙をこぼす、ひどい表情ではあったけれど。
『白いセーラー服。
襟の縁取りとスカートはグレー。
もしかしたらリボンも。』
慶が、倖を振り返る。
どうだと言わんばかりの嫌みったらしい笑みを浮かべて。
『顎のラインでそろえられた短めの髪。
その向こうに見える、頬の丸み。』
倖は慶に応えることも出来ずにただゆっくりと口元に右手の甲をあてた。
吐く息も頬も目頭までもが、熱くて仕方なかった。
『眉根をよせた、少し辛そうな、悲しそうな表情。
どんな出来事があったら、そんな表情ができるのだう?』
りんと『あの子』の顔が重なった。
倖は勢いよく顔を真横にそむけてそこにあった柱に額を打ちつけた。そばにいた3人組みのお姉さん達が驚いて、大丈夫ですか、と声をかけてきていたが、全く耳に入ってこなかった。
柱に取りつけられた試着用の鏡に、耳まで真っ赤になった自分の顔が映っているのを目にすると、倖はたまらず両手で顔を覆った。
あの子だった。
あの子、だった!
あの、子、だった!!
嬉しい。
それはもう心臓が破裂しそうなほどに。
しかし、だからといって果たしてどんな態度でりんに顔を合わせればいいというのか。
いや、顔あわさずにいっそのこと帰るか。
え、どうしよう。
ボロボロと涙をこぼしながら慶に抗議しているりんをよそに、倖は1人柱の陰で身悶えしつづけた。
そんな倖にひいたのか、3人組みのお姉さん達が、かっこいいのにちょっと可哀想、とかひどく失礼なことを呟きながら離れていくのがチラリと見える。
あ、逃がした。
一瞬顔をあげて冷静にそう思ったが、あの子の前で3人のお姉さんをお持ち帰りすれば、きっと彼女との未来はないので、これで良かったのだと、また柱に寄り添った。
いやいや、彼女との未来って、あいつ林田りんだから。
未来もくそもない。
ん?林田りんはあの子だから、未来はないと困るわけで、でも林田りんだから、えっと……。
混乱の極地に至り再度洗面台の方へと視線をやれば慶がふんぞり返ってドヤ顔をしている。
……あいつ、最初から知ってやがったな。
なんて意地の悪いやつだ。
りんはその慶の前ですでに縁なしの眼鏡を装着してこぼれた涙を拭いていた。
それを見て倖は一気に脱力する。
……何で眼鏡かけただけで、あそこまで顔変わるんだ。
充血してしまった左目を鏡で確認しているりんは、打って変わってしょぼい目ん玉の下瞼を引っ張って眼球を確認していた。
引っ張ったところで先程の、あの大きくて可愛い瞳には欠片も及ばないが。
赤い目で振り返ったりんは、例えようもなくいつものりんだった。
へらりと笑って、終わりました、と口パクで伝えてくるりんに、ぎこちなく右手を少しだけあげる。
笑えばいいのか、いつもみたいにぶすくれていればいいのか、どうすればいいのか。
ただ今の自分の状況としては、この動揺を一切りんに知られたくなかったので、必死に無表情を装う。
無表情に、なっててほしい。
慶に何やら話しかけているりんを見ながら、倖はまた柱に頭をつけた。
『だって、もう可能性としてはそれくらいしかなくね?
眼鏡とったら、美少女系ってやつ。』
『君知らなかったの?
そこら辺のアイドルなんか目じゃないよ、あの子。』
柴田と佐藤の声が重なり、脳内で再生される。
同時に、ほらな!とふんぞり返るだろう柴田の姿も。きっと佐藤ですら得意気に倖を見下すに違いない。
あぁ、だけど、柴田にだけは、言いたくない。
りんと慶の話し声を遠くに聞きながら、倖は渋面で目をつぶったのだった。




