11
放課後、当たり前のように倖がりんの席にくると、かーえーりーまーしょ、とやたら低い声で誘ってきた。
ちなみに朝、あれを視てから右から通らなくなっている。
だから、言ったのに。本当に視るのかって何度も聞いたのに。
実際に視るああいうものは、かなりえげつないのだ。
「準備するので、ちょっと待ってください。」
とごそごそとしだすと、急に教室内のざわめきがピタリと止まった。
その妙な雰囲気にそっと周囲を伺うと、何名かのクラスメイトが眉間に皺を寄せてこちらを見ている。そうでない生徒も、困惑したようにりんを見る。
ふと後ろの席の迫田さんと目があったが、彼女もこの雰囲気に気圧されているようで、戸惑った様子が伺えた。
既視感があった。
前にもあった。
前にも。
小学校で。
そして中学校でも。
前の高校でも。
学年が変わるたび、進学するたびに急に今のような雰囲気になって、それまで仲良くしていた友人たちが。
……準備しないと。
倖くんが、待ってる。
りんは震える手で筆記用具入れのファスナーを閉めようとするが、手を滑らせ中身を盛大に床にぶちまけてしまった。
何でこんな時に、と慌てて拾いあげていると横から手がのびてきて迫田さんが手伝ってくれる。
「何か用か?」
頭上から憮然とした倖の声が聞こえてくる。
それは顰めっ面で内緒話をしていたクラスメイト達へと向けられていたようだった。
その瞬間、教室内にあった妙な空気が霧散する。
ひそひそとしていたクラスメイト達も、用なんて、別に、などと言いながら三々五々散り始める。
その様子を不機嫌そうに見やって、行くぞ、と顎で示して倖は先に出て行った。
「りんちゃん、これで全部だよ。」
迫田さんがは戸惑ったように辺りをちらちらと見回しながら、そう言い定規を渡してくれた。
「迫田さん、本当にありがとう。助かったよ。」
「いーのいーの。……さっきみたいなの、あんま気にしないでね。てか、なんか、変だった、ね。」
「……うん。」
「ほら!倖くん先帰っちゃうよ!」
パンッ、と背中を叩かれてりんは慌てて立ち上がった。
また明日ね、と迫田さんに手を振ると倖を追いかけてりんも教室を後にした。
靴箱の少し先で倖に追いつくと、りんははぁはぁと弾む息を必死に整えようと膝に手をついて倖を見上げた。
「ちょ、ちょっと、倖くん、待って、ください。」
その声に倖は足を止めて応えてくれるが、相変わらずの渋面だ。
急いで走ったせいで吹き出した汗を、りんはぐいっと袖で拭った。
「眼鏡。」
「はい?」
倖はしかめ面ではあるものの、めずらしく真剣な目をしている。
「あの眼鏡、従兄弟に作ってもらったって言ったか?」
「そうですよ?」
「俺も行く。」
「どこにですか。」
「新しく眼鏡作り直すんだろ?縁ありのやつに。」
「……あぁ、作り直しますけど。」
「それ、一緒に行く。」
「そうですか、……え?」
突然の倖の申し出にりんが困惑する。
「……どうしてまた。」
「行くっつったら行く。」
それだけ言うと倖はとっとと歩き始めてしまう。
「まぁ、別にいいですけど。……朝のワンピースの人、そんなに怖かったんですか?」
「……こわくねぇよ。」
怖かったんですね、とりんは頷いた。
「だから言ったじゃないですか。視ないほうがいいって。」
「……そんなんじゃねぇ。」
正直倖がこんなに怖がるとは思わなかった。
予想外だし、かなり意外でもあったが、何やら少し可愛らしくもあった。
口をへの字にしてむっつりと黙り込む倖をりんは目を細めて見上げた。
さっき、教室で変な空気になったとき、声を出してくれた、それがものすごく嬉しかった。
倖にしてみたら、何でもないことだったのかもしれないが。
倖のことを知れば知るほど、その外見や態度とはかけ離れた内面に驚くことばかりだ。
そうしてふと、思い出す。
あのゲームセンターで、倖にひどいことを言ってしまったことを。
そのことが、ずっと気にかかっていた。
もうずいぶん前のことのように感じるが、まだあれから1ヶ月も経っていない。
謝るタイミングをずっと窺ってきたが、こういう物はタイミングよりも勢いが大事なのかもしれない、とりんは思った。
「あ、あの、倖くん。」
「んあ?」
「わたし、倖くんに謝らなきゃいけないことが、あってですね。」
倖は歩調を緩めると、目線だけで先を促した。
「あの、以前ゲーセン行ったじゃないですか。」
「……行ったな。」
「あの時、ですね、えと、ひどいこと言ってごめんなさい!」
ガバリ!とりんは勢いよく腰を折る。かなり勇気を出して謝ったというのに、チラリと見上げた倖は怪訝そうな顔をしていた。
「ん?何か、言ったか?」
本気で不思議そうにしている倖にりんは焦る。
あれを、もう一度言え、と?
「……だ、だから、〝金銭を巻き上げたこととかあるんじゃないか〟って、〝そういうことしたことあるんじゃないか〟って、わたし、言ってしまって……。」
尻すぼみに小さくなる声と同じように、肩も落として実際に小さくなりながら、りんはそう告白した。
「そうだったか?……そうだったな。ひっで、おまえ、ひどいな。」
「だから、こうして謝ってるじゃないですか。」
「……律儀なやつ。忘れるぞ、普通。俺は忘れてた。」
そうして、眼鏡屋に連れてってくれたらチャラにする、と軽く言われた。
「そんなことでよければ、わたしは全然いいんですが。……あの、あのですね、倖くんが本当に、カツアゲ的なことをしてるんじゃって思っていった訳じゃなくて、あの時は売り言葉に買い言葉っていうか、苛々してしまったっていうか、」
「わぁかってるってば。」
「……あと、ですね。眼鏡屋さん一緒に行くのは構わないんですが、その、慶くんに何かするとかはちょっと困るんですが、大丈夫ですよね?」
「何かって、何だ。」
「け、けんか売るとか、告白す」
「おまえそれ蒸し返すかまた。」
すみません、と小さく呟きよそを向くりんを見て倖は口を尖らせた。
正門を出ると件の商店が目の前にある。りんはチラリとそちらを見ると、そういえば、と倖を見た。
「洗濯機は弁償になったんですか?高いですよね。洗濯機って。」
「あー、とりあえず動くから弁償はしなくていい、ってばあさんに言われた。……何か詫びの品でも持ってくかな。」
「もう壊しちゃダメですよ。」
倖とりんは駅の方へと右に曲がる。
りんがちらりと横目で運動場へと視線をやるので、倖もつられて見た。
「いんのか?」
「はい。野球部のグラウンドの方に。チラッと視えました。」
ふーん、と倖は視線を進行方向に向ける。
「そういやおまえ、あれから図書館で佐藤に隙、見せてないだろうな。」
「佐藤さんですか?会ってませんけど。……隙って何ですか。暗殺でもされるんですか、わたし。」
「似たようなもんだと危機感をもて。……今日は寄らねえの?」
「大丈夫です。まだ読み終わってませんから。」
そうしてりんが進行方向の駅へと顔を戻した、その時だった。
微かに異臭が鼻をついた。
焦げ臭い。
何かが燃えているような、煙の臭いがする。
「なんか、……臭いな。」
足をとめた倖がポツリとこぼした。
「そうですね。……近くで何か燃やしてるんですかね?」
野焚きは禁止されているはずだが、少しだったら、と雑草や落ち葉などを庭先などで燃やしてしまう人もいる。
2人して鼻をひくつかせているが、周囲の人は足を止める様子もない。
倖が頭を巡らすのでりんも周囲を確認する。右手側は高校のブロック塀がまだ続いている。中からは運動部員の威勢の良いかけ声が聞こえているので、学校側ではないのかもしれない。
正面にある駅方面へと向かう人々も、特に異変を察知している様子もない。
左手には住宅街だ。
野焚きとかではなく、もしかして、そのうちのどれかで、と想像したりんは背筋がヒヤリとするのを感じた。
立ち並ぶ住宅を前の方から順に見ていると倖が、あ、と低い声をあげるのが聞こえた。
見上げると後ろを見ている。倖が見ている方へと振り返ると、果たしてそこにはうっすらと灰色の筋のような煙を筋吐き出す商店の姿が目に入った。
「あ、」
りんも呆けたように声をだした。
数瞬2人とも動けずに立ちすくんでいたが、我に返った倖が商店へと走り出した。りんも慌ててその後を追う。
商店は店の入り口から煙を吐き出していたが、それがみる間に濃くなってゆく。さっき通った時は何でもなかったのに。
店の周辺には生徒や通行人が異変を察知し少しずつ立ち止まり始めていた。
「ばあさんはどうした!?」
近くでスマートフォンを構えていた男子生徒に倖が怒鳴るとびくりとして、さっきまではレジにいたけど煙がでてからはわからない、とぼそぼそと答えた。
周囲に集まっている人々も皆一様に首を振る。その人の群れの中にも店主のおばあさんの姿は見えなかった。
大きな舌打ちが聞こえた。
倖は背負っていたリュックをりんに押しつける。ブレザーを脱ぎ口と鼻に当てるとあっという間に店の中へと突入していった。
残されたりんは渡されたリュックを抱えながら、突然のことにおろおろとしていたが、とりあえず消防署に電話しないと、と自分に言い聞かせるように呟く。
倖から預かったリュックを抱えなおして、背後の自分のリュックからスマホを取りだそうと手をのばす。すると傍にいたOL風の女性が、消防には連絡済みだよ、と教えてくれた。
背後に伸ばしていた手を、りんはゆっくりと下ろす。
では、自分にできることは、もう何もないのか。
呆然としている間に店の戸口の上部から出てくる煙の量が一層増えた気がした。
倖があの中に飛び込んでどれくらいたっただろうか。
5分?10分?それとももっと?
おばあさんが見つからないのだろうか。
それとも、もう見つけただろうか。
そういえば見つけたとしても1人で連れてでてこれるだろうか。
だって、鍛えられて訓練された消防士さんと違って、倖はまだ高校生なのだ。
背も高くて、意外と体格もよくて、金髪で荒事なんて何でもないような見た目をしているけど、倖はまだ高校生で、子供なのに。
まわりの野次馬の中には、倖よりも余程体格のよい大人が何名もいるというのに。
スマホを向けるばかりで倖に続こうという男性など皆無だった。
腹がたったが、怖くて竦んで動けない自分に、一番腹が立った。
辺りの空気がほんわりと熱を帯びる。
それはちょっと暖かいかな、という程度のものだったが、中にいる倖は、きっと、もっと。
焦燥で涙が滲んだ、その時。
視界の隅にチラリと赤いものがよぎった。
咄嗟に眼鏡を上にあげて店の横手を見ると、いつもは正面の扉から入っていくそれが、店とブロック塀の間の通路のようなところを這いつくばって進んで行くのが煙の向こうに微かに視えた。
あちらからも入れるのだろうか。
店の扉からは大量の煙が吐き出されているが、あれが行った先からは少しの煙しか出ていない気がする。
私でも、中に入れるかもしれない。
そう決断してしまえば、後は早かった。
りんは2つのリュックをその場に置き、もうもうと煙を吐き出す店へと向かって走り出した。
通路と思われた場所は、物干し場となっていた。そこを少し進むとすぐに行き止まりで、正面に物干し竿、その一番奥にはゴミ置き場が見て取れる。
左手には蓋の外れた洗濯機が設置されている。倖が壊したというのは、きっとこの洗濯機のことだろう。
奥の左手に店の勝手口があり、銀色のドアが開けっ放しになってゆらゆらと揺れている。
思った通り、その勝手口からはたなびくような細い煙しか出ていない。
思い切って一歩中に入ってみる。中はいきなり浴室になっていた。レトロなタイル張りをそろそろとすすむと目の前に脱衣所へと続くだろう引き戸が目に入る。りんはその引き戸を躊躇いもせずに思い切り引き開けた。
直後に真っ黒な煙に襲われ慌てて袖で口を覆うが間に合わず、思い切り煙を吸い込みげほごほと咳き込んでしゃがみこんだ。
煙が目にしみてぼろぼろと涙が出る。りんは咳き込みながら浴室にとって戻りポケットからハンカチを取り出した。浴槽の蛇口をひねってハンカチをバシャバシャと濡らし、絞ることもままならず、そのまま涙の止まらない目を拭く。ハンカチから零れ落ちる水が制服を濡らしたが構ってなどいられなかった。少し落ち着いてからハンカチを絞り、それで鼻と口を覆うと姿勢を低くして再び脱衣所へと向かった。
煙は上を通って外へと流れてゆく。それをごく薄目で見上げながら脱衣所に足を踏み入れ、りんは盛大につんのめって転んだ。
「っっ!?」
正確には、何かに乗り上げて前のめりに床に突っ込んだ。下半身はその何かにまだ乗り上げたままだ。咄嗟に出した両手で顔は庇ったがかしゃりと音を立てて眼鏡が落ちる。じん、と痛む手のひらをゆっくりと動かして眼鏡を確保し、いったい何があったのかとチラリと背後に視線をやって、りんは大きく目を見開いた。
あの、真っ赤に爛れたアレが、何かに覆い被さるようにしてうずくまっていた。
けれど、薄もやのように漂う煙とド近のせいでそれ以外のものがさっぱり見えなかった。りんが震える手で眼鏡をつけて見ると、茶色のカーデガンをつけた人物が横倒しに倒れている。
慌てて足をどかし這いよると、おばあさんは苦しそうに顔を歪ませて呻いていた。ひゅうひゅうという喘鳴が聞こえる。
手を伸ばしかけ、そういえば上にあれが、とその手でそっと眼鏡を押し上げる。
間近で見ると、その肌が焼けた有り様が子細に目に飛び込んでくる。
まるでたった今、大火傷を負ったかのような。
何かが焼けて焦げるような臭いが強く漂っているが、それはこの商店が燃えている臭いなのか。
それとも、これが、この人が、焼けた時の臭いなのか。
それが上に被さるように。
おばあさんの頭に手をのせ彼女の白髪混じりの髪に、その肉がむき出しになった痛々しい頬を寄せ、ギュッと抱え込むように、抱きしめていた。
しっかりと、抱きしめていた。
この人は、おばあさんを庇おうとしている。
必死に、守ろうとしている。
そうとしか、視えなかった。
りんは眼鏡を支えていた手をゆっくりはなすと、おばあさんの体を起こそうと手をかけた。しかし、りん程度の力ではびくともしない。
倖くん。
倖くんが、まだ家の中にはいるはずだ。
脱衣所から居間に続いているだろうと思われる木の扉に目を向ける。隙間から漏れる煙の量が心なしか少なくなっている気がした。
戸を開けて叫んでみようか、とりんがおばあさんから手を離したとき、その戸がバンッ!と大きな音をたてて開いた。
開いた戸から低姿勢で姿を現したのは倖だ。たぶん。
何故かびしょ濡れのブレザーを頭から羽織り、さっきまでは着けていなかったマスクとピンクの水泳用ゴーグルをしている。
呆気に取られて固まっていると、そのままりんの傍までズカズカと近寄ってくる。
「おまえ、何で来てんだよ!」
と、やおら思い切り怒鳴られた。
自分はほいほい突入した癖に、と思ったが倖のおかしな格好のせいであまり腹はたたなかった。
「そんなことより倖くん、おばあさんの肩一緒に持ってくれませんか?」
「おまえなぁ!煙なめんなよ!マジでバカじゃねぇのっ!?」
そう怒鳴りながら倖は自分のマスクをはぎ取ると、りんに無理やりつけさせる。
驚いたことにその下からはもう一枚のマスクが顔を出す。
重ねづけをしていたらしい。
「ったく!おら、ばあさん大丈夫か!?」
煙は最初に吸い込んでしまった時よりも、かなり少なくなっているのでマスクはもういらないのではとりんは思ったが、怖かったので黙っておいた。
しかし、倖から借りたそのマスクがやたらとびしょびしょと濡れているのが気にかかった。
重ねづけしていたようなので、もしかしたらブレザーと一緒で煙対策として濡らしたのかもしれない。
そうこうしているうちに倖がおばあさんを抱き起こしにかかっていたので、慌てて反対の肩に体を入れ込んで持ち上げた。
「よし、行くぞっと!」
倖の掛け声に、2人でおばあさんを抱えて浴室へと足を踏み出す。
意識のない人間というのは思った以上に重たくて、たった一歩踏み出しただけだというのに、りんはよろよろとたたらを踏んでバランスを崩す。おまけにりんよりもおばあさんの方が身長が大きいので、足を引きずってしまっていた。
「風呂の外まででいいから頑張れ!」
「う、……は、い、」
先程りんが水を出してしまったせいで、濡れて滑りやすくなったタイル張りの浴室をよたよたと進み、狭い勝手口を倖からゆっくりと抜ける。
外の通路に出た倖はりんからおばあさんを背中へと受け取り、そのまま背負って1人で外へと連れ出して行った。
外にいた人達が、わっ、と大きな歓声があげるのが聞こえた。
それにほっとして、浴室を出ようとしたその時、先ほどの光景がりんの脳裏をよぎった。
りんは背後を振り返る。
まだそこにいるような気がして。
煙はもうほとんどない。
眼鏡をそっと押し上げると、果たしてそこに『彼』はいた。
どうしてこんなところに人が、とりんは驚き動きを止める。
そうして慌てて声をかけた。
「か、火事、ですよ?外、行きましょう!」
同じ高校の生徒だ。
倖と同じ制服を着て、脱衣所の床に正座をしている。そして只静かに『彼』はりんを見ていた。
微動だにしない『彼』に業を煮やし、りんは脱衣所へと駆けよりかけて、また、足を止めた。
いない。
今、目の前に、確かに。
そうして気づく。
手を、離した。
裸眼で『視る』ために押し上げていた眼鏡から、手を、離した。
まさか、とりんは震える手でゆっくりと眼鏡を上にずらした。
精悍な顔つきの青年が、そこにいた。
その顔や半袖のシャツからすらりと伸びた骨太の両腕は、健康的な色に日焼けしている。
短髪にきれいに整えられた髪がよく似合っていた。
運動部にでも入っていたのかもしれない。
逞しい体躯をぴしりと伸ばして、その『彼』が、今にも泣き出しそうな顔で少し笑い、外を指差す。
そうして、ゆっくりと、深く頭を下げた。
「おい!」
ぼぅっと視ていたりんの二の腕が、強く外に引かれた。
そのままよろけて、ぽすりと頭が何かに当たる。
『彼』が着ていたシャツと同じデザインの、長袖。
見上げるとピンクのゴーグルとマスクを外した倖が恐ろしい形相で睨んでいる。
「何やってんだ。」
「え、えっと、」
「えっとじゃねぇ。」
そうしてぐいっと引かれて浴室から通路へと降りた。
歩き出す前にもう一度脱衣所へと視線を向けたけれど、今度は眼鏡をしっかりかけていたから。
そこにはもう、何も視えなかった。
視えなかったことを残念に思ったのは、初めてだった。




