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OH MY CRUSH !!  作者: 文月 七
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 りんと別れると、倖は今しがた通って来たばかりの道を急いで戻りはじめた。たいして離れてもいないので、すぐに先ほどの商店が右手に見えてくる。

 そのとき、都合よく佐藤が店から出てきてこちらへと歩いてくるのが見えた。大きな体を揺すりながらタオルで汗を拭いている。どうやら駅方面へと向かうようだ。

 それを見て倖が険しい顔で、佐藤に声をかけた。

「おいこら、佐藤。」

 前も見ずに歩きながらスマホを弄っていた佐藤はびくりと巨体を震わせて倖を見た。

 次の瞬間、唐突に方向転換して大きな体を左右に揺らしながら逃げるように駆け出す。

「あっ!なんで、逃げんだ、よっと!」

 素直にまっすぐ逃げてもすぐに追いつかれるとわかっていたのか、またもや急に方向転換して商店の脇へと入り込んでいく。通り抜けられるとでも思ったのだろうか、勢いよく飛び込んだはいいが慌てて戻ってこようとして、そのまま倖と鉢合わせた。

 佐藤が逃げ込んだのは商店の勝手口がある路地で、行き止まりとなっている通路だっだ。

 ダンボールやゴミ箱が所狭しと並び頭上には換気扇のダクトがあるごみごみとした通路で、佐藤はあたふたと周囲を見回す。逃げ場がないと悟ると側に積み上げてあったダンボールを倒しはじめた。

 倖はそれを器用に飛び越えながら佐藤を追い詰めてゆく。通路奥の行き止まりの物干場で、倖は軽々と佐藤の首根っこを捕まえた

「てんめぇ、いい根性してんな。この体型差で逃げきれるわけないだろ。」

 佐藤は観念したのか抵抗らしい抵抗もせず胡乱な目で開き直ると倖へと向き直った。

「逃げきれると思ったわけでもないんですけどね。……君、ガラ悪いんですよ、顔恐いし。」

 咄嗟にびびってしまったじゃないですか、と口を尖らせてぶつくさと言ったあげくに。

「で?何か用ですか?」

 と、やたらと偉そうに聞いてきた。

 予想していたのと真逆の反応に面食らった倖は、それを隠すように掴んだ襟を絞りあげた。

「なにか用かじゃねぇよ。おまえ、何でこの店で買い物してんだよ。」

「……僕がどこの店で買い物しようと君には関係ないことだろう?」

 その不満げな声に強めに壁に押しつけるが、佐藤は怯むことなく倖を睨みつけてくる。倖もまぁまぁ背の高い方だが、その倖とほぼ同じ高さで視線が合った。

 横に無駄にでかいだけでなく、上にもでかい。何となく見下ろす気でいた倖はむっとしながら口を開いた。

「この店の客ってな、、99%学生なんだよ。」

「……高校の目の前にあるんだから、そうだろうね。」

「おまえ、こっちから来たよな。」

 と、駅とは反対方向の道を倖は指し示した。

「通り道にコンビニあっただろ。なんでコンビニ行かねんだよ。」

 佐藤はバカにしたような顔で倖を見返す。

「さっきも言ったけど、僕の勝手だろ?」

 そういいながら倖の手を思い切り払い、さらに物干し場の奥の方へと逃げ込んだ。そして倖に向き直ると、ふぅ、と右手に持っていたタオルで汗を拭う。

 そのタオルにどこかで見たような女の子のキャラクターが描かれているのを見て若干ひいた。

「駅方面に行こうとしてたよな?あっちにもコンビニあんだろ。おまえみたいなのが何でわざわざクーラーも効いてない狭い通路の店に来るんだよ。」 

 そしてチラリと佐藤の左手に下げられたビニール袋を確認する。

「炭酸、買うだけだったらコンビニでいーし、もっと言えば自販機でよくね?」

 佐藤は渋面でため息をつく。

「……そうだったとしても、一体君に何の関係があるんだい?」

「大方、あいつに会えるかも、とか思ってわざわざこの店利用してたんじゃねぇの。」

 倖の言葉に佐藤は目をパチクリとさせた。あいつ、ね、と小さく呟くと苦々しげに吐き捨てた。

「あの子のこと、あいつ、だなんて言ってほしくないね。」

「……あの子、ね。お前こそやけに親しげに呼ぶじゃねぇか、ストーカーのくせに。」

 ストーカーなんかじゃないさ、と佐藤はバカにしたように鼻をならした。

「彼女、似てるだろ?この子に。」

 と、手にしていたハンドタオルを広げてみせる。かほりんて言うんだ、と恍惚とした表情でそうのたまった。

「……かほりん、」

 アニメは有名どころは何となく読んだり見かけたりはしている、くらいの知識量しかないなのだが、これは知らない。 

 誰だ、かほりんて。

「てか、似てるか?」

「そっくりじゃないか!小さくて眼鏡かけてておさげで制服!」

「……その条件に当てはまるやつ、そこら辺にゴロゴロいそうだけど。」

 半眼でそう言う倖に、かっ!と目を見開き佐藤が抗議してきた。

「違うんだよ!あの子はねぇ、えぇと、何て名前だったっけ?」

 聞いたんだけどなぁ、と言いながら倖のことをチラリと見てくる。教えるわけねーだろ、と心の中で呟きながら教えてほしそうにしている佐藤を無視した。

「あの子はね、いままで見てきた子の中で一番なんだよ。」

 と、うっとりとハンドタオルのかほりんを見つめる。

「そっくりだろ?」

「……そっくりではない。あいつはこんなかわいくないだろ。」

「……あ、ありがとう。まさか……君にかほりんのことを誉めてもらえるなんて、ね。でも、嬉しいよ。」

 うっとりとかほりん見つめながら言う佐藤に、しまった、と倖は内心頭を抱えた。別にかほりんを誉めたわけでもないのだが、佐藤を喜ばせる結果となってしまった。

「でも、君知らないの?あの子は眼鏡取ったら、すんごい美少女だよ?素顔がものすごくかほりんにそっくりなんだ!」

 眼鏡取ったら美少女だなんて萌えるしね、と呟く佐藤に、倖は驚愕の眼差しで答える。

「……今、なんつった?」

「かほりんのすごいところはねぇ、」

「かほりんのことは聞いてねぇ。」

 ぐっと拳を握りしめてみせると、佐藤はしかめ面をしつつ、少し怯えた様子で口を噤んだ。

「今、眼鏡とったら、て言ったか?」


「言ったよ。そこら辺のアイドルなんか目じゃないよ、あの子。」


 うそだろ、と倖は放心状態でつぶやいた。

 あれが眼鏡取ったくらいでかわいくなんのか?

 いやしかし、佐藤の美的感覚はおそらく『かほりん』が基準だ。鵜呑みにするには怪しすぎないか。

「まて、おまえ、どこであいつの眼鏡とったんだよ。」

「僕がとったわけじゃないよ。図書館であの子派手に躓いてさ、その時本と一緒に眼鏡も落としたから、その時にね。」

 図書館、と倖が佐藤を睨む。

「そういやおまえ、あんな犯罪まがいのこと、何度もあいつにやってないだろうな?」

「犯罪?なんてしたことないよ。何のこと?」

 佐藤は薄ら笑いを浮かべてそう言った。

「スカートの中に手ぇ突っ込むのは犯罪だろ。」

 反射的に殴ってしまいそうになるのを我慢しながら倖は聞く。

「あぁ、あれね、鍵落としたんだ。冷房効きすぎて寒そうだったからジャケットかけてあげたんだけど、ポケットから鍵が落ちちゃって。」

「鍵、落とした?ほう、じゃ何でおまえ、俺と目があったとき逃げたんだよ。」

 倖が格段に低い声で凄み佐藤の方へとにじりよる。

「さっきも言ったけど、君、恐いんだよ。そんな風に睨みつけられたら普通逃げるだろ?」

 参ったな、と髪をかきあげてさも迷惑そうにのたまった。

 ……こいつ、確信犯だ。

 ギリと音がしそうなほど倖は歯を食いしばった。

「君、あの子の彼氏か何かかと思ったんだけど、違うみたいだね。素顔も知らないんじゃ、ね。」

 素顔。

 そういえば。

 眼鏡とったらって、本当だろうか。

 考えながら倖は足元の石をひとつ拾った。

 佐藤はそんな倖を訝しげに見ながら、あざ笑うように顎を上げる。

「彼氏でもないんだったら、からんでこないでくれるかな?『あいつ』呼ばわりもやめてくれない?ムカつくから。性格はまったくタイプじゃないんだけど、あの子とは僕が遊んであげ」

 ガンッ!!

 佐藤の顔の真横を拳の半分ほどの大きさの石がかすめて、背後の板に当たって大きな音をたてた。

「何が遊んであげる、だ。おまえ、あいつのこと好きなのか?」

 けっこうな年の差なんじゃねーの、とまた足元の石を探す。

 佐藤はいきなり石を投げつけられ、ひどくびくつきながら答えた。

「……好きじゃない、よ。かほりんに似てるから、確かめたくなるじゃないか。」

「何を?」

 残念なことに先ほど投げた石がここら辺にある物の中では最大だったらしい。

「ど、どこまでかほりんにそっくりかな、って。公式の設定で全身の黒子の数とか、いろいろあるしさ。……君こそ、何でそんなに気にするのさ。関係ないんだったら、放っておけばいいだろ?」

 それには答えず、石を探すのを諦めた倖は佐藤に向き直る。

「好きでもないのに、ほくろ数えて遊ぶのか。」

「そうだよ。僕、あの子の外見しか興味ないし。」

 そうして、倖を睨みつけて言う。

「君の方こそ、あの子のこと、好きなんだろう?じゃなきゃ図書館についてったり、今日みたいに僕みたいなのに釘さすためだけに、わざわざ戻ってきたりしないよね?」

 佐藤は、じり、とわずかに前に出ながら倖を挑発する。

「僕はね、君みたいな人種が一番大嫌いなんだよ。図書館で会ったときから気にいらなかったんだ。」

 そうしてまた一歩前に出てくる。

「あの子はね、やっと見つけたんだ。僕の、一番のかほりん。」

 そうして佐藤は、まるで恋バナでもしているかのようなうっとりとした笑いを浮かべた。

 何が、僕の1番のかほりん、だ。

 てことは、2番も3番もいるってことか。まぁ、どっちにしろ。

 まともじゃない。

「かほりんじゃねぇつってんだろ。」

 一気に佐藤に詰め寄ると、右手で佐藤にアイアンクローをかました。

「い、だだだだっ!」

「今までの、お前の話しを、要約すると、だ。これからもあいつに、ストーキングして痴漢行為を続ける、ということ、だな?」

「そ、そんな端的に言、われるとっ、い、たいって!」

 顔を掴んでいる倖の指を離そうと佐藤がもがく。身長は同じくらいだが体重が違うのでそこそこ勢いと力がある。

 佐藤が倖の手首を掴み、さらに倖の顔にも手を伸ばしてくる。指に入れる力を強めながら伸びてくる腕を掴み返した。

 その揉みあいの最中、倖は気づいた。

 佐藤の左手薬指に、キラリと光るものがはまっているのを。

「おま、まさか、結婚してんのか!?」

「わ、わる、いか……っ!」

 佐藤が巨体を左右に振る。倖は堪えきれずにバランスを崩して隣に据えてあった洗濯機にぶつかった。

 ガタン!と大きな音をたてて開け放してあった蓋が外れ、落ちて転がる。そのまま、もつれあったまま反対側へと倒れ込み、物干し竿を軒並み下に落とした。

 ガランガランと、けたたましい音があたりに響く。

 ガチャリ。

 その時、勝手口が少し開いたのを倖は横目で確認した。

 商店のばあさんが何事かと顰めっ面でこちらを見ている。一瞬注意がそれた倖を佐藤が突き飛ばすと、脱兎のごとく通りの方へと逃げていった。

「あ、こらまて!さとう!」

 と倖が叫ぶ。

 すると、ドアから覗いていたばあさんが転がっていた倖の目の前までやって来て、ばちこんと頭を叩いた。

「人ん家の裏で何をバタバタとやっとるの。」

 叩かれた頭を押さえながら今度は違う意味で倖は冷や汗をかいた。

 ばぁさんは散乱した物干し竿とハンガー類、壊れた洗濯機の蓋を眺めてため息をついた。

「けっこう前からドアのそばで話し聞いてたんだけど。さっき逃げたお相撲さんみたいなお兄さん、前から危ない人や、と、思ってはいたんだけどねぇ。」

 やっぱり変な人だったんだねぇ、とばあさんが呟いた。

「……悪い。いろいろ壊した。」

「うん、まぁ、えぇわ。」

 ばあさんは辺りを見回すと、そうあっさり言った。そうして佐藤が逃げていった通りの方を見て顔をしかめる。

「しばらく前から来てくれるお客さんなんだけど、えらい挙動不審で。店内にいる生徒さんを棚の陰からチラチラ見てたり、外の電柱に寄りかかって携帯いじりながら学校の方見てたりねぇ。」

 そろそろ学校に注意喚起しようかと思ってたところだったんだけど、ありゃいかんねぇ、と深々とため息をついた。

「あんたの彼女をつけまわしていたなんてね。」

「……彼女ではない、けど。」

 そう呟く倖を小馬鹿にしたように、ばあさんはふんと鼻をならした。

「とっとと彼女にしてしまいなさい。ああいう変態に、横からかっさらわれてしまうよ。」

 騙されやすそうな、ぼーっとした子だったしねぇ、と何やら1人で頷いている。

「そういうんじゃねぇったら。」

 素早く否定して、落としてしまった物干し竿を手にとる。幸いなことに折れたりはしていないようだった。

「散らかして悪かったな。ちゃんと片づけるから。……それは、どうすっかな、直るかな?」

 壊れた洗濯機を見て眉を下げる倖を後目に、ばあさんはスタスタとそれに近づき外れた蓋を手にとる。

「こういうのは外れていても、要するに蓋ができればいいんだよ。洗濯できれば、それでいいよ。」

 ガタガタと蓋をはめようとするばあさんを倖が手伝ってやると、驚いたようにこちらを見てきた。

「……ありがとうね、……あんた意外性のある男だね。」

「何で意外なんだよ。……これ、洗濯機動くか?脱水する時、蓋でロックかからないとエラーになって動かなかった気がするけど。」

「蓋が外れたくらいで動かなくなるなんてあるかね。」

「最近のは安全性を重視してっから、たぶん。」

「安全ねぇ、……ま、いいよ、とりあえず明日朝洗濯してみりゃわかるさ。」

 それに倖は頷いて、床に落ちていた洗濯ばさみやハンガーを片づける。

「明日また寄るから、店に。もし動かなかったら直せないか見てみるよ。」

 その言葉に再度ばあさんは驚いた顔をして、意外だねぇ、と呟く。

「……だから、何で意外なんだよ。」

 しつこく繰り返される質問に倖は脱力する。ばあさんは決まり悪そうにそっぽを向いた。

「……あんたみたいな髪の子に、あんまりいい思い出、なくてね。」

 そう、ばあさんは苦しそうに俯いて言った。

「せっかく買いに来てくれてるのに、嫌な態度とって、悪かったね。わかっちゃいるのに、なかなか難しいよ。……あんたは何にも悪くないのは、わかってるんだがねぇ。」

 洗濯機は気にしなくてもいいよ、とため息を一つこぼしてばあさんは後ろ手に手を振って勝手口から店へと戻っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、チラリともう一度洗濯機へと目をやる。今、脱水だけしてみたら動くかどうかはすぐに分かると思うのだが、ばあさんの態度が気になってやめた。

 それに、話をするいい口実になる。あの匍匐前進する幽霊のことが、わかるかもしれないし。

 しかし洗濯機、本気で壊れてたらどうするか。

 弁償するとなったら、安くても5万近くはするかもしれない。

 ……親父に相談してみるか。

 怒られんだろうなぁ、と肩を落とす。本当だったら、あの佐藤と料金折半したいくらいなのだが。

 倖は佐藤の顔を思い出すと、むかつく気持ちを押さえきれずブロック塀を思わず蹴りつける。

 佐藤の言ってたことは、本当なのだろうか。


 あいつが、眼鏡とったら美少女系、ってやつ。


 こうなると本格的に、一刻も早く素顔を拝みたいが、いかんせん連戦連敗中である。眼鏡のめの字でも言おうものなら、思いっきし距離を取られかねない。

 なるだけ自然に、偶然を装い眼鏡を外す手だてがないものか。

 路地から出ると、視界がオレンジに染まる。いつのまにか太陽が沈みつつある時間帯になっていた。

 目を細めて日が沈む方角を見ながら、とりあえず帰宅した後、親父になんて切り出そうと、倖は頭を悩ますのだった。

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