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OH MY CRUSH !!  作者: 文月 七
24/32

 りんと2人でたらふくコンビニスイーツを平らげたあと、なんとなくそのまま一緒に帰宅の途についた。

 倖は少し前を行くりんの後ろを、先程からの予想もしていなかった怒涛の展開に頭をフル回転させながら歩いていた。

 りんの話は、俄には信じ難かった。

 信じ難いが、倖自身が実際にその目でしっかりと視てしまっている。


 ゾンビ映画にでも出てきそうな、皮膚が焼けて真っ赤に爛れた、人のようなものが蠢くさまを。


 視てしまったが、それでも現実として受けいれられていない自分も、確かにいた。

 最初は何かの冗談かと思ったのだ。

 例えばりんの友人が倖を騙すために、あのグロいのを演じているとか。

 けれど、りんにそんなことを頼める友人がいないことなど、倖がよく知っている。

 では、以前の学校の友人なら?それもすぐさま脳内で却下する。倖が眼鏡をかけたのは全くの偶然だ。その偶然を狙って遠くから友人を呼び寄せて、あんな大掛かりな格好で配置しておくなど、出来るはずもない。それにそれでは、眼鏡を取ると消え、かけるとすぐに視えた説明がつかないし、第一あんなものが目に見える形で這いつくばっていれば、運動場で部活動をしている生徒が気づかないはずもない。

 眼鏡がAR用のデバイスではないのか、と疑いもしたが。そもそもりんはARという言葉さえ知らない様子だった。眼鏡も普通の眼鏡でどこも不審な点はなかった。

 りんはコートを避け左端へと歩いてゆく。

 運動場の真ん中ではサッカー部が元気に部活動をしているので、ゴール横を通って帰るのだ。

 ブロック塀横の花壇では背丈の低い色鮮やかな花が、風に吹かれて寒そうに揺れていた。

 倖はふと、そういえば、と思う。

「なぁ、そういや、結局ここに何置いてたんだ?」

 濁したってことは幽霊関係なんだろ、と倖が前方を歩くりんに問いかける。

「……。」

 りんは振り返ってばつが悪そうに倖を見ると、そのまま立ち止まり無言で花壇の方へと視線を移した。

「ゴミ、置いてたわけじゃないんだろ。」

「……あれが、内蔵、置いてくじゃないですか。たまにあれにつまずいて体調崩す人がいるから、転ぶ人がいないように、どかしてました。」

「……あれで転ぶやつがいるのか?……篠田か。」

 確か、りんと2人で帰っていたときに何もないところで転んでいたのは、同じクラスの篠田ではなかったか。

「篠田さんと今田さん。あれに躓いて体長崩して一週間休んでました。……でも。」

 りんは逡巡するふうを見せて結局口を噤んだ。

「ていうか、あれって触れるのか?」

 転ぶってことは足が触れてるってことだよな、と倖が気味悪そうに言った。

「そうだとおもいます。私も、視えてないときは触れないんですけど。……昔、まだ慶くんの眼鏡じゃなかったときに触られたことあったから、物は試しに、と思って。」

「……ど、どんな感触、だった?」

 倖が思わず勢い込んで聞くと、げんなりとした表情でりんが答えた。

「何でそんなこと聞きたいんですか。……別に普通でしたよ。普通の、生肉?レバーとか鳥もも的な、」

「やっぱもういいや、」

 自分で聞いといて気持ち悪くなったので、すかさず拒否する。自分で聞いてきたくせに、と憮然とした表情でりんは歩きだした。

 その後ろから倖は漫然と歩いてゆく。

「なぁ、今日はどかさないのか?内蔵。」

「んー、……篠田さんも今田さんも、元気になってるんですよね。……だったら、もういっかなって。」

 りんは振り返りもせずに小さな声でそう答えた。

 歩調に合わせて揺れるりんのおさげを見ながら、またチラリと花壇の方へと視線をやる。

 さっきのアレは花壇横を通っていた。ということはゴール横のこのルートには内蔵はないということだ。それにどこかホッとした。

 ホッとしながらも、どこに置いてあるか視えないという状況に、寒々とした空恐ろしさを覚えた。

 ……放課後前までは、ただ、何とかしてこいつの眼鏡を外したい、という一心だったのに。

 それだけだったのに、何だこの展開は。

 りんはいつもと変わらないように見える。

 眼鏡をかけているときは視えないと言っていたが、端からチラチラ視えるとも言っていたし。

 こいつにとって、ああいうのが視えてしまうのが日常ということか。


 ……難儀なことだな。


 りんの背中で揺れるおさげを見るともなしに見ていると、それが急にクルリと振り向いた。

「あの、倖くん。」

 西日に照らされ逆行になったりんが、こちらを振りむく。

 それまで見ていた栗色のおさげが、りんを追いかけてフワリと宙を舞った。

 その一連の動きに不覚にも見惚れてしまってから、はっと我に返る。

 これ、前にもあったな。あった。

 あったけど。

 何なんだ今日は。

 顔が赤くなっている自覚があった。

 昼飯食ってたときも、屋上でスイーツ食ってたときも、ふとした瞬間のりんの仕草に胸が高鳴ってしまった。

 それに、倒れかけたりんを支えてあんな体勢になったのが、更によくなかった。

 

 これではまるで、俺がりんに好意を持っているみたいではないか。


 あいつと過ごしてきた時間の中で、好きにならざるを得ないような出来事があったかと言うと、断言できる。

 ない。

 ではなぜ?

 全く好みのタイプではないというのに。

 まぁ、一緒にいてもなんの気兼ねなく過ごせて言いたいこと言えるし、楽なことは確かだが。

 いや、でも、好きになるってそういうことじゃないだろ。

 好きになるっていうのは、こう、あの子と会った時みたいにビビっとくるもんだろ。

「……すか?……倖くん、聞いてますか?」

「ん?わり、聞いてなかった。」

 思考に没頭しすぎて、りんの言うことを全く聞いてなかった倖は悪びれなくりんを見返す。

「で、なんだって?」

「……あの、だから、気持ち悪くないですか?」

 りんは小さな声でぽそりと言った。

「さっきのやつ?気持ち悪かったな。」

 倖が何でもないことのように返答する。

 気持ち悪かったが、何だか夢でも見ているようというか、現実味がないという感覚の方がまだ強い。

「違います。さっきのあれじゃなくて、私の、こと、です。」

 倖はキョトンとしてりんを見返した。

 何言ってんだ?こいつ。

「お前の何が気持ち悪いんだよ。」

「だから、ああいうのが視えたりして、人と違うじゃないですか。中二病じゃないけど、何か精神的におかしいんじゃないか、とか思いませんか?幻覚視てるんじゃないのか、とか。……薬やっるんじゃないか、とか。だから、ちょっとでも私のこと嫌だと思ったら、無理して仲良くしてくれなくても、いいです、と、思った次第で、」

 ゴニョゴニョと俯きながら言い募るりんに、倖は半眼になりデコピンをした。

「ったい!」

「んなこと、ちょっとも思わんから早く歩け。それに気持ち悪いも何も、俺も視てるし。」

「ちょっともですか?……嘘ですよ。」

「何で、お前が決める。おら、とっとと歩け。」

 半ば強制的にりんを反転させると、背中を押しながら歩きだした。

「……嫌じゃないですか?一緒に歩いたりするの。」

 りんが額を押さえながら倖を見上げる。歩みを止めて、その手をどかしてやると思った以上に赤くなっていた。

「デコピン強すぎたな、わり。」 

「聞いてますか?倖くん。」

 なおも焦ったようにしつこく聞いてくるりんの手を掴んだまま、倖はため息をついた。

 そうして、そのまま手を引き歩きだす。

「何なんだお前、誰かに気持ち悪いとか言われたことでもあんのか。」

「……。」

「あんのかよ。……前の学校のやつか?ゲーセン行った時に話してた。」

「……。」

「まったく。お前がどう言おうと、んなやつ友達と認めんからな俺は。」

「で、でも!」

「でももくそもねぇっつーの。」

 有無を言わせず引っ張りながら正門へと向かう。後ろからついてくるりんが、でもツグミちゃんは小学校からの友達で、としどろもどろになりながら呟いているのを、倖は顔をしかめて聞きながした。

 正門を出たところで、あの個人商店が目に入る。先程、あの赤い人のようなものが、這いつくばって入っていった店だ。

「なぁ、お前この後用事とか何かある?ないよな?」

「え?用事、ですか?特に何も、」

「だよな。よし、何かジュース奢ってやるよ。」

 そう言うと、りんを連れてずんずんと店の方へと歩いてゆく。

 その様子にりんはギョッとして、慌てて倖を引っ張った。

「あ、あの、倖くん!?」

「なんだよ。いいだろ、別に。喉渇いたから飲み物買うだけだよ。それに、お前この店入ったことないだろ?」

「ありませんよ!」

 必死に抵抗しようとするりんに倖は呆れて視線をやった。

「おまえ、内臓は平気で掴むくせに何で店入るの嫌がるんだ。」

「へ、平気だったわけじゃないですよ。それに、もしお店の中に、いたら、どうすればいいんですか!」

「どうもしなくていいんじゃね?」

 そう言うと、開けっ放しのドアから店内へと入っていった。

 店内は西日差す外に比べるとひどく薄暗く感じた。

 昔ながらの小さな商店だった。

 壁際に並べられた駄菓子の数々。

 部活動の生徒が多いせいだろう、大きめのアイスの冷凍庫が2台並び、飲料の冷蔵庫もでんと幅をきかせている。

 同じ理由で、菓子パンやお菓子、カップラーメンなども種類豊富に揃えてあった。

「何飲む?」

 スタスタと飲み物が並べられている冷蔵庫をがばりと開けて倖がりんに聞く。おっかなびっくり後をついてきたりんは倖が開けた冷蔵庫の中を覗き込んだ。

 そのとき、レジの後ろの障子がカラリと開く。

 その音にりんが反応し視線だけを横に動かすのが見えた。

 眼鏡の端から何か、視えてしまったのだろうか。そのまま固まってしまったりんを小突き、飲み物を選べと促しながら、倖もチラリとレジへと視線をやった。

 開いた障子からは小太りのばあさんが一段下がった店内へと下りてくるところだったが、りんが視ていたのは、どうやらその後ろ。

 障子のその向こう側は居間になっているらしく、丸い卓袱台といくつかの収納家具、そして仏壇があるのが見えた。


 仏壇。


 普通ならじいさんの仏壇かな、と思うところだが、黒い縁取りの写真立てには遠目にもかなり若い男性が写っていた。

 りんはまだ動かない。

 固まったまま動こうとしないりんを不審に思ったのか、ばあさんが不思議そうにりんに視線を向ける。

「おい、飲み物選べ。」

 倖は肘で再度小突いてりんを促すと、何かいたか、と小声で確認する。

 りんは僅かにコクリと頷き、あれが仏壇前にうずくまっています、と答えてオレンジジュースを手にとった。

 仏壇前。意味深ではある。本人の仏壇ということだろうか。

 飲み物を手にレジに向かうと、ばあさんは無言で電卓をたたきはじめた。

 ばあさんの後ろ、ちょうど真正面に仏壇が見える。

 写真の若い男性は、どうやら男子高校生で、まさしく倖が今着ている制服を着用していた。


 まじか。


 倖は冷や汗をたらしてそれを眺めた。

 今、さっきのりんの眼鏡をかけたらうずくまっているあれが、俺にも視えるのだろうか。

 電卓の表示をドンとこちらに向けてばあさんが支払いを要求してくる。

 トレーにぴったりの金額を入れると、りんのオレンジジュースと倖のコーラをドンドンとテーブルに叩きつけるようにして渡してきた。

 その音にりんがびくりとしている気配を背後で感じながら、あざーす、と礼を述べりんにオレンジジュースを手渡した。

 倖のコーラは必要以上に泡立っている。

 爆発したらどうしてくれるんだ。

 むっとしながらも出口へと向かうと、ちょうど入口から入ってくる人物がいたのでりんの袖を引っ張り脇へとよけた。

 が、入ってくる男が予想以上に横にでかい。個人商店の通路の広さなどたかがしれているのに。

 倖はさらにりんを引っ張ると菓子パンの棚に押しつけて挟み込んだ。

 これで通れるか、と背後に気を使っているとふわりとやたらといい匂いが鼻を擽る。

 目の前にはぴったりと密着したりんの頭がある。あぁ、こいつのシャンプーの匂いか、と納得した瞬間に心臓が一際大きく鼓動した。

 やばい、絶対顔、赤くなってる。

 収まれ収まれとぶつぶつと呟きながら、男はもう通っただろうかと後ろをチラリと見やると、その男と目があった。

 『あ、』と、同時に声をあげたのは男とりんだった。

 何だ知り合いか?と倖が訝しげにりんを見下ろすと、りんは明るい声でスーツを着たサラリーマン風の男に声をかけた。

「佐藤さんじゃないですか?」

 偶然ですね、とりんは笑顔で言った。男はといえば、なぜか倖の顔を見て目を泳がせている。

「知り合いか?」

「はい、図書館で、よく会うんですよね?」

 と、りんが佐藤に同意を求めるように首を傾げる。

 当の佐藤はりんに、こんにちは、と挨拶をしつつ、再び倖の方にそっと目をやり静かに後ずさりだした。

「……ほぅ、図書館で、な。」

 半眼になりながらりんに相槌を打つと、佐藤を睨みつけた。図書館で倖を見て挙動不審になるデブに、1人だけ心当たりがある。

 佐藤はカップラーメンのある棚の方へと器用に身体を滑り込ませると倖の視界から隠れてしまった。

 ほら行きますよ、とりんに促されて店外へと出ながら、倖はりんの腕を掴んで向き直らせた。

「おい、図書館、もう行くな。」

 唐突な倖のその言葉にりんはポカンとした顔で返した。

「……そんなこと言われても、借りたものは返さなきゃですし、返したら借りなきゃ損じゃないですか。」

「借りなくても損にはならない。……他にもあるだろ、図書館。」

「やですよ。」

 むっとした表情で口を尖らせるりんに、ちっ、と舌打ちして睨みつける。

「せっかく帰り道にあんな素敵な図書館があるのに、寄らないなんてのは無理ってもんです。」

 倖くん、たまに意味わかんないこといいますよね、と倖に手を掴まれたままりんは駅の方へと歩きだす。

 仕方なくりんに引かれる形で倖も歩きだした。

 誰のために言ってやってると思ってんだ、と心中で毒づくと、そういや、とあの店に寄ったそもそもの理由を思い出した。

「なぁ、あれ、仏壇の前にいたんだったか?」

 りんは歩くスピードを緩めると、振り向きもせずにコクリと頷いた。

「うずくまって、というか、何か寛いでいる感じでした。」

「……寛ぐ?」

 あの赤くてグロいものが寛いでいる絵が浮かばず倖は困惑する。

「横目でちらっとしか視えなかったんですけど、座布団の上にうずくまってて何か猫みたいだなぁて。……あとは何か雰囲気が。」

 寛ぐ、ねぇ。

「もっとこう気味悪いこととか、悪いことしてるんじゃ、と思っていたのでちょっとホッとしました。」

「そっか。……あのばあさんの息子、だったのかな。」

「そう、かもしれません。……そういえば、あれが塩対応、ですか?」

 りんが不思議そうに倖に尋ねた。

「そ。感じ悪かっただろ?」

「はい、接客業とは思えない態度に度肝を抜かれました。」

 度肝ときたか、とりんの語彙選択に倖が1人苦笑したときだった。

 ギャハハハ、と品のない笑い声が響いてきた。

 駅のロータリーを挟んだ向かいには有名なコンビニチェーンがあり、その店先で同じ学校の男子生徒が数名騒いでいた。それを見ていた倖がピタリと足を止める。

 倖に掴まれていたりんも後ろに引っ張られてよろけながら足を止めた。

「どうしました?」

 コンビニを凝視する倖をりんが不思議そうに見る。

「あー、おまえやっぱ1人で帰れ。ちと、用事できた。」

「? ……わかりました。じゃあ私、図書館に寄って帰ります。昨日、倖くんのせいで借りれませんでしたし。」

「お前のぬいぐるみのせいだろ。」

「倖くんのせいです。じゃ、また明日ですね。」

「ん。」

 そう返事すると倖はとっとと踵を返しスタスタと今きた道を戻り始める。

 そうして、はたと気づいたように振り返ると、寝るなよな、と釘をさした。 

 それをりんが半眼で見返して倖が歩いていくのをしばらく眺めていたが、やがて図書館へと脚を向けたのだった。


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