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OH MY CRUSH !!  作者: 文月 七
13/32

12

 夕方の駅は混雑していた。

 足早に行き交う人々の邪魔にならない、駅舎の奥まったところにある大きな柱の陰。

 そこで、りんは立ちつくしていた。

 右手には灰色の錆びたコインロッカーが申し訳程度にあり、左手には自動販売機がある。

 柱はその狭間にあった。

 コインロッカーを利用する客などほとんどいないし、駅舎を出ればすぐにコンビニがあるので、柱の陰にぽつんと一つだけある自動販売機などを利用する人も、当然ほとんどいない。

 その、埃を被った自動販売機の白々とした光に照らさて、りんは予想外の展開におろおろと口元に手を当てると、忙しなく視線を動かした。

 彼女の目の前には、腕組みをして睨み合う2人の人間がいる。


 どうしよう。


 りんは冷や汗をたらして、震える両手を握りしめた。やっぱり、告白とかではなくて、ケンカとかタイマンとかお礼参り的なことだったのだろうか。 

 2人のうちの1人は、倖だ。

 彼は腕組みをしたまま、目の前の人物を睨みつけ微動だにしなかった。

 学校が終わってから、約束の時間まで少しぶらぶらと時間を潰して他愛のない話をした。

 道中、彼はとても機嫌が良かった。いつもより口数は少なく、いい意味で緊張している様子ではあったのだが、特に何も問題はなさそうだった。

 こんな険悪な雰囲気になる要素など、これっぽっちもなかったというのに。

 指定された駅の柱の陰で、先に来ていたいとこを嬉々として倖に紹介したとたん。

 今のような状態に。


 どうしよう。

 2人とも動かない。


 と、とりあえず、なんとかしないと?

「あ、あの慶くん。倖くん、こう見えて、っていうか、あのこのとおりすごく真面目な方で、一途なんです。」

 そう、いとこの慶に倖の良いところをアピールしてみる。

 倖は昨日の今日だというのに、髪を黒く染め直し制服も真面目にきっちり着こなして登校してきた。金髪の倖とはまた違い爽やかな好青年然とした彼に、いつもは遠巻きにするだけの女子達も心なしか距離が近く、いつも以上の視線が倖に向けられていた。

 そうして、ざわめく女子達の黄色い声を背中に、ここまでやってきたのだ。

 今日でいったい何人の女子が恋に落ちたことか。

 兎にも角にも、倖の良いところは第一に、好きな女性のためなら自分のスタイルをもかなぐり捨てられる、その一途さだ、と思う。

 必死にアピールするりんとは対称的に、慶はりんへとギギギィと表情のぬけた顔を向け、へぇ、と気のない返事をした。

 慶は社会人だ。

 確か今年で23歳。

 この駅の近くの眼鏡屋に勤めるサラリーマンだ。

 親戚であるという贔屓目を差し引いても慶はかっこいい、と思う。眼鏡屋らしく眼鏡をかけているが、それが伊達であることをりんは知っていた。

 今日は太めの黒縁眼鏡でグレーのスーツ。クールな大人の男性といった体で、りんでさえ思わずドキリとするほどかっこいい。

 すると慶の対面にいる倖までもが、ギギギギィとりんに顔を向ける。無表情の慶とは対称的に倖のそれは射殺さんばかりの視線でりんを睨みつけてきた。タイプは違うが顔のいい2人の男性に同時に凄まれ、りんはすくみあがった。

 そのりんの心情を知ってか知らずか、倖がさらに睨みをきかせながら口を開いた。

「おい。どういうことだ。」

「どういうことって言われても……」

「そうだな、俺も聞きたいな。どういうことかな。りん。」

「だ、だから、どういうことって、言われて、も……。」

 なぜか今度は腕組みをする男2人に、りんが追い詰められるかっこうになる。意味がわからずうろたえていると慶が、わかった、と手をあげた。

「話を整理しよう。俺はりんから、俺に気がある子と会って欲しいと頼まれた。で、連れてきたのがこれってことは、こいつが俺のこと好きってことか。」

「好きじゃねぇ!」

 間髪入れず倖が叫んだ。

「ちょっと待て。お前のいとこって、こいつか!?」

 倖が真っ赤な顔で怒りながら隣に立つ慶を無遠慮に指差した。

 目の前に突きつけられたその指を、慶がぞんざいに払う。

 何か、根本的なところで私は間違ったのではないか。

 焦りながらも、りんは倖に確認した。

「だ、だって、だって、倖くん、私のいとこに興味があるって言いましたよね?私、いとこって慶くん一人しかいないし、てっきり……。」

『まじか。』

 倖も慶も驚きに目を見開き、2人の声が見事にかぶった。

「あー、いまいちわからないな。なんでこんなことになってるんだ?」

 慶ががしがしと頭をかき、しかめ面でそう言った。その言葉に慶の苛立ちを感じ取り、りんは思わず、またピクリと身をすくめた。

「……ど、同性の方が好き、という人もいるから、倖くんもそうなのかな、て。あんまり、詮索とかしない方がいいのかなって思ったから、……ごめんなさい。」

 胸の前で組んだ手をもじもじと動かしながら 、りんは蒼白になって答えた。同性、と倖が絶望したようにぽつりと零すのが聞こえる。

「うーん、別に怒ってるわけじゃないんだよ、りん。……確かにりんの性格からしたら、男が好きなのか、なんてデリケートなこと確認しづらいだろうしね。……それに、怒っているというなら、君に対してかな。」

 と、慶はあろうことか倖を指差して言い放った。

「なんで、おれ?」

 と、倖が憮然とした態度で言う。

「身辺調査が甘いよ。自分の好きな相手くらい、しっかり調査しなよ。」

 その言葉に倖は深く息を吐く。そうして目を瞑ると眉間をもみながら低い声で答えた。

「……したぞ、身辺調査。後をつけたらこいつん家、入って行ったから。……こいつの親戚かと思ったんだけど。」

 人違いかもしれないとは覚悟してたけど、性別違うとは思わなかったよ、と倖がまた深々とため息をついた。

「……うちまで、つけてきたんですか……?」

「うわぁ、ストーカーだね、君。」

 動揺のあまり、うっかり口をすべらしてしまった倖が、しまった、という顔で2人から目をそらす。

 りんがじっとりと倖を見れば、ふと視線が合い、またすぐに逸らされた。

「見間違いだったんじゃないか?」

 慶が疲れたように柱にもたれながら、若干気の毒そうに言う。

「間違えねーよ。」

 間髪入れず、ぼそりと倖が答えた。

 その倖の様子を慶はしばらく眺めたあと、そう、と腕組みをして、何やら考え込みはじめる。

 首を傾げチラリとりんを見ると、視線を彷徨わせながら倖に問うた。

「あのさ、君の好きな子って、かわいいの?」

「……かわいくないのは、好きにならない。」

「ふーん。……めちゃくちゃかわいい?」

「今までみた中で、一番。」

 倖は慶を真っ直ぐに見据え迷うことなく、間髪入れずに答えていく。

 その倖の真っ直ぐな返答に、本当にその子のことが好きなんだな、と、りんは素直に感動した。

 感動しつつも、想いを向けられている子に対しては、少しだけ、羨ましくもあった。

「なるほどねー、うんうん。」

 慶は何やら納得したというようなしたり顔で顎に手をあて、また考えこむ。

 そんな慶に、りんは訝しげに眉を寄せスーツの袖をちょんと掴んだ。

「慶くん、もしかして、その子のこと何か心当たりあるの?」

 先程からの慶の思わせぶりな言動に、まさか、と不思議に思いりんが聞いてみる。

「いや?何も知らないな。」

 と、心なしかニヤけた表情で言うので、りんは更に眉をしかめた。

「何か知ってるんだったら、教えて?」

「いやいや、ホントわかんないから。そもそもりんの家のことを俺が知ってる訳ないだろ?」

「そ、それは、お父さん達と、何か結託してるとか、」

「どんな秘密結社だよ。りん、本当に知らないから。」

「……はぁー。」

 慶とりんの押し問を黙って見ていた倖が、やおら大きなため息をついてしゃがみ込んだ。

 今日は何度、倖のため息を聞いただろうか。

 力無くしゃがみこみ、倖は床につかんばかりに頭を下げうなだれている。

 それはそうだろう。

 今日ここで、告白するつもりだったのだから。

 直前まで緊張しまくっていたことを考えると、力も抜けようというものだ。

「そういや、おまえこそ心当たりないのか?」

 おまえんちに入ってったんだけど、と倖が勢いよく顔をあげて言いながら、りんを凝視した。

「い、いやいや、全然ないですよ。だって、倖くんが後をつけた人って、えっと、……女性、てことですよね?」

「ったりめーだ。」

 倖は半眼でりんを見上げ呻いた。

「あの、うちで女性って母と私しかいませんし、まだ遊びにきてくれるようなお友達もいませんし、正直、全く心当たりありません。」

 そう、りんが挙手をして断言すると、今度は慶が挙手をして口を挟んでくる。

「あのさ、ちょっとわかんないんだけど。普通こういう場合、そのかわいい彼女っていうのに該当しそうなのって家族構成からしてりんだろ、て思うんだけど、なんでそういう話にならないの。」

 慶のさも不思議と言わんばかりの言に、なぜかりんが狼狽える。

「慶くんあのですね、私、〝彼女〟という部分には該当すると思うんですが、〝かわいい〟の部分に該当しないというか、」

「だな。悪いが、顔が全然違う。」

 倖がりんの顔を凝視しながら即答した。

 あ、そ、と慶は気のない返事を返し、りんは握っていた両手を更にきつく握りしめた

 わかっている。自分でもわかってはいるが、こうも〝かわいい〟という部分を全力で否定されるとやっぱりちょっと傷つく、と、りんも倖とともにうなだれた。

 下を向くと嫌でも倖の落胆ぶりが目に入る。

 かわいくないと全否定されたばかりではあるが、この事態を招いたのは間違いなく自分だ。

 気落ちした倖を見ていられず、りんは倖の隣にしゃがみこむと背中に手をあてた。

 申し訳ないことをしてしまった。

 まさか、私が男を連れてくるとは思わなかったに違いない。さらに慶とりんに全く心当たりもないと断じられて、ダブルパンチとなったのだろう。

 天国から地獄とは、まさにこのことだ。

 ……申し訳ない。

「あの、倖くん、すみませんでした。期待させておいて、こんなことになってしまって……。」

「あー、……うん。大丈夫。ちょっと気ぃぬけただけだから。」

 そう言って、気にするな、とばかりにヒラヒラと手を振るが顔はあげてはくれなかった。

 普段の倖から想像できないような落ち込み具合に、地味に焦る。

 本当に申し訳ないことを、してしまった。

 なぜかりんの方が泣きそうになりながらも、優しく倖の背中をなでた。

 それを、なんだこれ、と慶が面白そうに眺める。そのままチラリと腕時計に目をやると、首を傾げて倖に問いかけた。

「じゃあ、君さ、もう俺に告白とかしないよな?」

「しない。」

 俯いたまま倖が即答した。

「てことは、俺、帰っていーよな?」

「どーぞお帰りください。」

 やけくそ気味に倖が言いはなつと、じゃあ、とりんに手をあげ踵を返しかけた慶にりんは慌てた。

「ま、まって!慶くん!」

 数歩先の慶を捕まえると、りんは思い切り頭を下げた。

「ごめんね、慶くん。私が早とちりしてしまったばかりに、ややこしいことになってしまって。」

 迷惑かけました、としょんぼりするりんの頭をポンポンと叩き、慶はニンマリと笑った。

「いや?意外と面白かったよ。りんもさ、あんまり責任とか感じなくていいと思うよ。」

 顔を上げると更にニヤリと笑って行きかけて、突然急に振り返り倖を指差した。

「あ、そうだ、そこの君!りんのこと送ってやってくれよ!一応女の子だしさ。」

 申し訳ない気持ちでいっぱいだったりんに追い討ちをかけるように慶が言う。

「だ、大丈夫ですよ!まだ明るいし。」

 パタパタと手を振りながら、りんが慌てて言った。

 こんなにショックうけてる人に送られても、会話に困るし。逆に自分がしっかりと倖を自宅まで送り届けた方がいいのでは?

 倖は慶に顔を向けると、うんうんとどうでもよさそうに二度ほど頷いてから、また俯いた。

「送る送る。でも、もうちょっと待って。」

 ショックはことのほか大きいらしかった。

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