異世界ノ狙撃手
小鬼たちが川向こうに現れた。
その数およそ三十。一人一人がマサカリや小刀、棍棒などを手にしている。牙を剥き出し、涎を垂らし、激しく吠えながらゆっくりと近づいてくる。
迎え撃つ帝国陸軍は、川べりに単純な横陣を敷いていた。
陸軍兵たちは、片膝をつき、小銃を構えて待機中だ。
鋼太郎は彼らの後方、家屋の屋根に腹這いになっていた。安定した姿勢で海零式狙撃銃のスコープを覗いている。
彼の隣で、商人の谷中正蔵が、同じように腹這いになっていう。
「海軍さん、あんた戦列に加わらんでいいのかね?」
「そのつもりでしたが、牧少佐に断られました。私が入ると部隊の統率が乱れるそうです」
過去のいざこざを考えれば、牧が鋼太郎を組み込むはずがない。
「ただ、わたしの銃は狙撃用です。この距離でも支障ありませんし、万一、横陣を突破されたときのことを考えれば、わたしがここに陣取った方がいいでしょう」
彼らの後ろで、村長が弓に矢をつがえながらいう。
「なあ、その〝銃〟とかいうやつは、本当にこの距離から攻撃できるのか?」
村人たちは全員が屋根の上にあがっていた。
男衆は、槍や刀、農具で武装している。弓は希少らしく、手にしているのは村長と、別の男の二人だけだ。
鋼太郎は村長の問いに頷いた。
「川までなら十分射程内です」
正蔵が自慢げに鼻を鳴らす。
「帝国陸軍の強さに、腰を抜かす準備をしておいた方がよいですぞ」
だが、鋼太郎は正蔵の言葉に、逆に不安を覚えた。
戦闘において慢心ほど恐ろしいものはない。
鋼太郎は、さきほど生物学者の滑川と共に、指揮官の牧に小鬼の遺体の検分結果を伝えたが、きちんと心に留め置いてくれただろうか。
小鬼は頑健かつ賢いのだ。
腕の時計を確認する。
時計は〝現世〟の時刻を示している。
彼の上官の米山中将は増援について言及していたが、どのくらいかかるものなのか。
小鬼たちが河岸に到着した。
一斉に得物を振り上げ、陸軍兵たちを威嚇する。
手斧を握った一匹が叫ぶ。
「なんだお前ら!ここの村の奴じゃねえな!どこから来た!」
小鬼も日本語を話す! 考えてみれば、村人と生贄の取引をしたのだから、言語が通じなければおかしいのだが、鋼太郎は衝撃を受けた。
牧が声を張り上げる。
「我らは大日本帝国陸軍特務部隊! 小鬼どもに告げる。そのまま立ち去れ! さもなくば我らが正義の鉄槌を下す!」
小鬼たちが一斉に笑った。
さきほどの手斧の一匹がいう。
「お前ら、バカか? 着てるもんはおかしいけどよ、お前らは人間だろう? 人間が俺たちヒルコに敵うとでも思ってんのか?」
「逆に問おう。お前たち小鬼が人間に敵うとでも? お前たちの仲間を殺したのは我々だぞ?」
手斧の小鬼が、ぎゃひひひひひ!と甲高く笑ったあと「死ね!ぶっ殺せ!皆殺しだ!村の連中ごと殺してやれ!」と、叫んだ。
小鬼たちが一斉に川に踏み込んだ。
川幅は二十メートルもない。深さは三十センチほどか。小鬼たちは流れなどものともせず、ずんずん進んでくる。
彼らが川の中ほどまで来た時、牧が吠えた。
「てぇい!」