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小鬼検死

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


「なあ、あんたたち何をしとるのかね? 置いてかれちまうぞ?」


そういったのは、日本商工会議所副会頭、谷中正蔵だ。御年六十歳、大谷中財閥の創始者であり、日本でも十指に入る資産家といわれている。小男ではあるが、その精力は、英国仕立ての探検服から噴き出さんばかりだ。


正蔵の人生の指針は「己の目で見る」である。ゆえに、常世の情報を聞きつけるや、市場としての価値を見極めんと、あらゆる手練手管を駆使して偵察隊に己をねじ込んだ。


鋼太郎は、足元で小鬼の遺体を検分している滑川を指した。

「先生の護衛です」


「申し訳ありません」滑川は顔をあげずにいう。「しかし、このような生き物を前にして素通りするなんて、僕にはできませんよ」


間近で見る小鬼は、醜悪の一言だった。


身長は十歳くらいの児童ほどか。全身の筋肉は極めてよく発達し、不気味に盛り上がっている。肌は土気色で、よく見ると透明な産毛に覆われている。丸っこい指の先には、真っ黒で硬質な爪。


顔は狒々と人間のあいのこといったところか。鋭い犬歯が分厚い唇の間から覗いている。体に比して頭部が異様に大きく、バランスが悪い。油ぎった黒い頭髪からは、ねじれた灰色の角が突き出している。


身につけている衣服は腰布だけだ。動物の皮で作られたベルトには、鞘付きのナイフがさしこまれている。


風呂に入る習慣がないのか。全身垢まみれで異様な臭気を発していた。


滑川がいう。

「見てください。この首の太さ。それに腕が人間よりもずいぶん長いですね。完全な二足歩行ではなく、類人猿のように四つ足で歩くこともあるのでしょう。そうなると、この角は性的魅力を振りまくためだけでく、実用の面もあるのかもしれませんよ」


「知能はどのくらいのものでしょう」と、鋼太郎。


「そうですね。脳の容量は人間と大差なさそうです。ただ、この刃物はこの生物が作ったものではないですね。持ち手がずいぶん華奢だ。おそらく、人間から奪ったんでしょう」


「身体の頑健さは? 人間が素手で勝てる相手ですか?」鋼太郎は軍人だけに危険度が気になっている。


滑川が筋肉で膨らんだ二の腕を指した。

「ちょっとした力士くらいありますよ。そもそも、人間というのは銃なしの一対一で考えた時、自然界最弱の部類なんです。猫や犬相手だって、並の人間じゃ相手になりません。この小鬼とやらの体重は六十キロくらいですか? 中尉は六十キロの猛犬相手に素手で勝てますか? そういうことです」


実業家の正蔵が顎髭をなでた。

「ふむう。しかし、銃があれば駆除できるのでしょう?」


「おそらく。ただ、こいつはただの獣じゃないですからね。明らかに知恵がある」


風にのって、山々のどこかから、またうす気味の悪い悲鳴のような咆哮が響いてきた。


鋼太郎は銃を構えた。

声の主がどこにいるのかはまったくわからない。


「先生、そろそろ行きましょう。部隊から離れるのは得策ではなさそうです」


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


鋼太郎たちは駆け足で村に入った。


上から見た通り、東北の寒村でもここまではあるまいと思えるほどさびれている。


板張りの家々は海風に軋み、ガラスのはまっていない窓には海岸で拾ったであろうワカメや小魚がひもでくくられ、ぶらぶら揺れていた。


戸口から覗く子供達は一様に痩せ細り、着ているものもムシロに毛が生えたような代物だ。


家屋は中央の広場を囲むように並び、広場では本隊が村人たちと対峙していた。


「ただならぬ気配ですな」と、正蔵が小声で鋼太郎にささやく。


隊長の牧がいらだった様子で、村人たちにいった。


「我々はあの女性をお救いしたつもりなのだが」


牧と向かい合った四十路ほどの男、村長だろうか、が、顔を顰め、日本語でいった。

「たしかにトヨは助かった。おかげで、この村は終わりだ」


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