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お嬢様は平穏無事な日常をお望みです  作者:
第一章 春休み
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6 お嬢様、親友と再会する


 その時、玄関のインターホンが鳴った。


「あ、俺、出るよ」


 凌久が話を切り上げ、立ち上がって玄関に行った。


「円華ちゃん!!」

「ほ、蛍ちゃん!?」


 ガチャリ、とドアを開ける音がした、と思ったら、凌久のびっくりした声と、女の子の大声が聞こえた。

 そのまま、ドドドッと駆け込む足音が響いた。

 居間に飛び込んで来たのは、長い艶やかな黒髪を揺らす、清楚な美少女。

 その手にあった、大きな花束を居間の入り口でバサッと取り落とす。

 大きな瞳を涙で潤ませて私を見つけると、そのまま私に抱きついた。


「よ、良かった~、円華ちゃん! 目が覚めて……! 今日、病院にお見舞いに行ったら、退院したっていうから、もう……! ひどいよ、凌久くん、私に教えてくれないなんて!」

「ご、ごめん、蛍ちゃん。姉ちゃんの目が覚めてからいろいろバタバタしてて、知らせるの、忘れてたよ」


 後ろから入ってきた凌久が、落ちた花束を拾い上げて、すまなそうにそう言った。

 私はぎゅうぎゅうその娘に締め上げられながら、ふわりと香る髪のいい匂いを感じていた。


「……あなた、誰?」


 抱きしめられたまま、私が思わず問うと、その娘がビクリと震えて、私を離した。


「ね、姉ちゃん……!」

「……円華ちゃん……、頭打って私のこと忘れちゃったの……!? ひ、ひどいよ、親友を忘れるなんて……!」

「蛍ちゃん! 姉ちゃん、まだ起きたばっかで混乱してるんだよ……! ところどころ記憶も曖昧みたいで……!」

「そ、そうなの?」


 ぽろり、と大きな黒い瞳から涙が零れた。

 ――ああ、綺麗だな、と私は思う。

 そして、円華の記憶を探ると、その娘の記憶は確かにあった。

 どこか、温かい感触がする。

 ――親友だわ。……円華は、この娘のことが、とても好き。


「……蛍。ちゃんと、覚えてるわ、私の親友。……少し混乱しただけよ。心配かけて、ごめんなさい」

「円華ちゃん……! よ、よかった、生きてて! このまま、し、死んじゃったらどうしようかと……!」


 蛍の肩越しに、凌久がほっと、息を吐くのが見えた。

 そして蛍は、もう一度私を抱きしめて、うわーんと泣き出した。


「蛍ちゃん、落ち着いて。ほら、今、お茶淹れるからさ」

「うん、あ、ありがとう……」


 蛍は私にしがみついたまま、思う存分泣くと、真っ赤になった鼻を啜りながら、凌久が差し出したお茶をずずーっと、啜った。そして、不思議そうに私の顔をじっと見る。


「円華ちゃん、眼鏡外したんだね?」

「……メガネ?」


 私は、顔に手をやる。

 メガネ、ってなんだったかしら。――ああ、そう、視力を回復させるガラスが嵌め込まれた、顔に装着するもの。

 でも――なくても、目は良く見えている。

 円華の記憶を探ると、確かに眼鏡をかけていた気はする。

 自分の顔はあまり何度も見ないから、はっきりしないけれど。


「ああ、池に落ちた時になくしたんだよな。そういえば、それからかけてないな。なくても大丈夫だろ、姉ちゃん?」

「えぇ、そうね。……私、目が悪かったのかしら?」

「ううん、円華ちゃん、両目2.0だよ。あれ、伊達眼鏡だったから。やっと外す気になったかー。うん、いいよ、その方が絶対!」


 伊達眼鏡。円華はなんでまた、そんなものをかけていたのだろう。

 顔を隠したかったのか。

 ――確かに。円華の顔って、なんかうっすいのよねぇ。平たい、というか。凹凸が少ない……まあ、それは大半の日本人に当てはまるのだけれども。

 あと、なんか髪がぼっさぼさなのよね。前髪が伸びすぎているし、後ろも伸ばしっぱなしで、手入れもされずぼっさぼさ。逃亡中の私みたい。

 別に逃げているわけでもないのに、手入れしない、とか有り得ない。


「やっぱねー。もったいないよー、美人なのに」

「美人? ……うっすい顔だと、思うけれど」

「そんなことないよ! アジアンビューティーって言うんだよ、円華ちゃんみたいなのは! ちゃんとすれば、すごい美人になるのに!」

「……そうかしら」

「もったいないなーって、ずっと思ってたの。――いつだったかなぁ、勉強集中したいから、顔を隠す、と言い出したの。小学校の高学年かなぁ? くだらない人間関係全部面倒くさくなった、って言って髪伸ばして、突然伊達眼鏡かけ始めたの」


 ――ま、円華? 何があったの?


「髪切るのも手入れするのもお金かかるし、いいやって。後ろは伸びてきたら自分で適当にザクザク切っちゃうし。私が何度お願いしても切らせてくれなくって!」

「蛍ちゃん、美容師志望だもんな」

 

 凌久が私に情報をくれるみたいに、そう言った。

 なるほど、蛍は髪結い師――美容師になりたいのか。

 私は顔を覆い尽くすかのような髪を一房摘まんでみた。

 ……確かに邪魔ね、これ。


「あんなお金持ち学校に入るんだから、絶対綺麗にした方がいいよー! ねぇ、私切るからやらせて! 絶対可愛くするから! プロじゃないからタダだよ!?」

「その話、乗った!」

「……なんで、凌久が答えるのよ。私の髪でしょう?」

「いや、姉ちゃん、イメージチェンジは必要だって! タダで切ってくれるんだから、やってもらえばいいだろ? 蛍ちゃんうまいよ。……それに、俺は、クリストフォロス入るまでに、いろいろ対策が必要なんだって、今、気づいた」

「対策?」

「浮かないようにお嬢様っぽくなる必要だよ! 俺、今からちょっと、対策練るから!」

「そうだよね~。第一印象はやっぱり大事だよ。――よし、お嬢様っぽい髪型、研究してくる!」


 来たときと同じように、唐突に蛍は立ち上がった。


「私、いったん家に帰るね! あ、そうだ、凌久くん、今夜、退院祝いする?」

「うん。父さんと母さんが帰ってきたら」

「じゃあ、後でうちのお好み焼きも届けるよ。うちの親も心配してたし、目が覚めたって言えば、喜ぶから。いっぱいスペシャルを焼いてくるよ!」

「おー、ありがとう! 助かるよー!」

「そんで、私はSNSとか雑誌とかで研究してくる! 家にあるヤツ、サンプルに後で持ってくるね!」


 あっという間に蛍が出て行き、それを見送った凌久と目を合わせた。


「……良かった。あんまりおかしく思ってなかったみたいだな? この調子ならなんとかなるかも」


 ほっと、凌久が息を吐く。


「……ねぇ、凌久。対策って?」

「ああ。うちみたいな庶民がお金持ち学校に混じったらやばいんだって。漫画でもそういう話ある。それ思い出したんだよ。目立たないことが一番安全なんだって。庶民なのは変えようがないけど……、こうなったら、そのお嬢様の記憶は逆に役に立つかもな」

「えぇと、意味がよく……?」

「後でまたゆっくり話す。とりあえず、姉ちゃんは夕飯できるまで『胸キュン』でも読んで待っててよ」

「む、むねきゅん?」

「姉ちゃんがこよなく愛してる漫画、全三十巻。こつこつ買いためて、そろえたやつ。これに憧れたせいで、聖クリストフォロスに行くことになったんだから」


 凌久にもうひとつの部屋に連れて行かれ、本棚の前に立つ。手に取りやすい本棚の一番良い場所に、カラフルな本がズラリと並んでいた。


 ――『愛されて胸キュン』? ……ひどいタイトルだ。


「いい教科書だよ。内容、忘れちゃった? 庶民がお金持ちに紛れたらどうなるかって、いい例だよ。……まぁ、現実にあるかどうかわからないけどね。参考にはなる」


 凌久が漫画の一巻を、私に渡した。


「アニメ化されて、ドラマ化も映画化もされて、オリジナルの実写続編も作られた名作だよ。それ、読んだ方がいいよ。――じゃあ、俺、夕飯の買い物に行ってくるから。蛍ちゃん以外はドア開けるなよ。絶対、ひとりで外に出るなよ、危ないから!」

「――わかったわ」


 私は一巻を手にして、こくり、と頷いた。


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