5 転機
この世界では同性婚が法的に認められている設定になっています。ただし、異性婚の方が一般的です。
社交界へ出るのは無理そうなので、その他でどうやって信用を得るかを思案したマーガレットは、独身時代に行っていた慈善事業を思い出した。裕福ではなかったので寄付は出来なかったが、その代わりに奉仕活動をして市井の人々から感謝されていた事を思い出した。
慈善事業をしても貴族達からの信用度は上がらないかも知れない。むしろ売名行為だと悪く言われるかも。
しかし、何もしないよりやって後悔した方がましだ。子供達の為にも前向きの姿を見せないと。
マーガレットは教会や孤児院、介護老人施設、病院などに定期的に寄付をし、バザーの商品を手作りして提供したり、女神誕生祭には子供達にクッキーを配ったり、絵本の読み聞かせをしたり・・・・・
夫も姑もそんなつまらない事をしても何の益もないといい顔をしなかったが、彼女はにこやかに微笑みながら、彼等の文句や嫌味を全てスルーした。
こうしてカラヤント公爵家はともかく、マーガレット自身の評価は次第に上がっていき、子供達が学校で肩身の狭い思いをする事だけはなかった。
マーガレットは使用人達のそれぞれの良い点を見てきちんと評価した。身分の差で人への接し方を変えたりもしない。そんな姿に使用人達も次第に彼女を慕うようになっていった。
それに比べてオッティは気位ばかり高くて、個人の能力を見ずに身分の高低だけで人を判断した。
使用人達は、次第に異国から嫁いできたマーガレットを女主と認めるようになっていった。
そして、嫁いで十年も経った頃にはマーガレットはカラヤント家の頂点に立っていた。もっとも愚かな夫はその事に気付いてはいなかったが。
そしてマーガレットに二度目の転機がきた。しかもそれは一度目の転機の原因よりも、彼女にとっては衝撃が大きかったかも知れない。これでカラヤント家も終わりだと思ったほどだ。
なんと長男のアンドレアが同級生のべルーク=カスムークを好きになって、校内、しかも人前で告白したというのだ。
男の子を好きになったという事だけでも衝撃だったのに、よりにもよってその相手があの夫の初恋の相手、ロゼリアの息子だったのである。
そしてアンドレアは見事に玉砕した。父親のようなプライドだけ高い女癖の悪い屑男にならぬように、愛情を込めしっかり育ててきたつもりだったのに、どこで間違えたのか?
それともこれは恋多きカラヤント一族の血のなせる業なのか?
亡くなっているロゼリア様や、べルーク様の主であるグロリアス様になんてお詫びをすればいいのだろうか、彼女は天を仰いだ。
そしてどう対処したものかと右往左往しているうちに、今度は突然屋敷に護衛隊の騎士がやって来て、息子と息子の侍従から話を聞きたいと言う。たまたまオッティが居て、
「公爵家に土足で踏み込んで何事か! 我が家の嫡男に話を聞きたいだと? 無礼者!」
と叫んで騎士達を追い返した。
珍しく公爵家の主らしいと思ったのは一瞬で、息子に事情を聞く訳でもなく、これで用は済んだとばかりに夫は書斎へ行ってしまい、マーガレットは少しでも見直した事を後悔した。
そして覚悟を決め、息子と向き合う為にアンドレアの部屋へ向かった。
マーガレットは息子と真摯な態度で向き合い、本音で話し合った。アンドレアはこう言った。
一度告白してはっきりと振られてはいたが、それでもまだべルークの事が好きで、彼が男爵令嬢のマリー嬢と付き合っていると聞いて、嫉妬心で我を忘れてしまったという。
しかし、真実かどうかを確認する為にマリー嬢から話を聞こうとしただけで、無理矢理拉致しようと思ったわけではないという。
べルークに怪我をさせたりマリー嬢を拉致しようとした連中とは、顔見知り程度で仲間では無いと。
「私は貴方の事を信じます。しかし貴方が犯罪者と疑われているのなら、自ら出向いて正直にお話ししなさい。たとえ信じてもらえずとも逃げ隠れしていてはいけません。誤魔化して有耶無耶にしていると、やはりあのカラヤント公爵の息子だな、血は争えないなと言われてしまう事でしょう」
「? ? ?」
息子ももう十五歳だ。成人ではないがもう子供ではない。マーガレットは覚悟を決めて父親の真実を話し、我が家が世間からどう思われているかを告げた。そしてこう尋ねた。
「貴方はどんな生き方をしたいの? お父上のような生き方? もしそうでないのなら、父上とは違う尊敬出来る方を自分自身で見つけてご覧なさいな」
アンドレアは翌日学校へ行って、べルークの主であるジェイド伯爵家の二男のユーリに話をして謝罪し、これから警護隊の詰所へ出頭すると告げた。
ただ一緒にいた侍従は自分を心配して傍にいただけで、何の関係もないので見逃して欲しいと頼んだ。
するとユーリはアンドレアの言葉を信じてくれた上に、べルークと共に詰所まで同行してくれ、擁護する発言までしてくれた。
結局アンドレアと侍従は話を聞かれただけでお咎めはなかった。元々護衛隊の騎士達はアンドレアを犯人グループの一味だとは考えておらず、ただ参考の為に話を聞きたかっただけらしい。
そして詰所にいる時、アンドレアはユーリ=ジェイドがそれまで隠れて行ってきた業績の事を知って驚いた。
学年一、いや学校一優秀なべルークが、何故平凡な主の為にあれ程尽くすのかがずっと疑問だったのだが、いかに自分の目が節穴だったのかを改めて思い知らされたのだった。
その後、べルークとマリー嬢の噂は、大罪人の彼女の父親の犯罪を暴く為に作為的に流した嘘の噂だという事が判明した。ユーリとべルークはいつも一緒、一心同体。そして二人でいつも人の為に動いている。
改めて二人の絆の強さを目の当たりにしたアンドレアは、自分の初恋が終わり、その思いが恋情から友情へと変化していくのを感じた。そして恋ではないが、新たにユーリ=ジェイドという尊敬できる人物を見つけたのだった。
親と子は別人格だからと、昔の親達の事情を知りながらも息子を友人として受け入れてくれたユーリに感謝したマーガレットは、何度も何度も躊躇ったが、ある日ジェイド伯爵夫人にお礼の手紙を出した。
返事が返ってくるなんて期待していなかったし、読んでもらえるとも思っていなかった。かつて自分に酷い事をした元婚約者の妻からの手紙なんておぞましいと思ったかも知れない。
嫌な思いをさせてしまって申し訳ないとそう後悔し始めた時、ジェイド伯爵夫人からお茶会の招待状と共に手紙が届けられた。
手紙にはこう書かれてあった。
「お手紙ありがとうございます。貴女の慈善事業でのご活躍には前々から尊敬の念を抱いておりました。一度我が家のお茶会へいらして下さいませんか。心よりお待ちしております。
ー中略ー
夫婦は別人格です。例え貴女の夫と私に過去にどんな嫌な事があったとしても、それは結婚前の事だし、そもそも貴女には関係がない事なので、何も気になさらないでいらして下さいね」
その手紙と招待状を見た時、マーガレットはあまりの嬉しさで天にのぼるような気持ちになった。
「グロリアス様とユーリ様は同じ事をおっしゃったわ。親と子供は別人格なんだと。育てたように子は育つって言葉は本当なのね。私も子供達の見本となれるように、これからもっと頑張らねば」
マーガレットはそう呟いたのだった。
次章が最終章になっています。12時頃に投稿します。よろしくお願いします。