4 婚活
オッティは公爵家を若くして継いだ。それは世間の笑い者となり、王族やイオヌーン公爵に目をつけられ、睨まれて閑職に追いやられた元カラヤント公爵が、いたたまれなくなって領地に籠もってしまったせいである。
婚約破棄後、オッティはなかなか結婚が出来なかった。それはそうだろう。国王陛下を支える有能な宰相イオヌーン公爵家を蔑ろにしたオッティと結婚する物好きな家などある訳がない。
もちろん斜陽になりつつあったとしても、公爵家の名と財力目的に縁を結びたがる家もあったが、自分の置かれている状況も理解できず自尊心だけ高い彼は、家格の低い家の娘など相手にしなかった。
彼は積極的に社交場へ参加して女性にアプローチしたが、却ってそれが余計に彼の評判を下げ、彼は避けられるようになった。
あの男は幼い頃からの婚約者を他に好きな女性ができたからと簡単に婚約破棄をしようとした。しかも、嫌がる少女を追いかけ回して彼女を精神的に追い詰めた。その結果今度は自分の方が婚約破棄されると、なんとロミオ化して元婚約者に付きまとった。
特に高位貴族のご令嬢達は彼に目をつけられたら大変だと言って、パーティーに参加するのを嫌がるようになってしまった。そうなると恋の相手とのチャンスを奪われたご令息からも怒りの声が上がった。
その結果、誰もカラヤント公爵に招待状を出す者がいなくなり、王城主催のパーティーも出入り禁止となってしまった。
このままではカラヤント公爵家は血が途絶えてしまう。息子を溺愛している元公爵夫人の母親もさすがに焦り、身内の娘から見繕おうとしたが全員に断られ、ようやく彼女は厳しい現実を受け入れざるを得なくなった。
元公爵夫人が広く貿易をしている実家の伝で、オッティは隣国の没落貴族の娘との婚姻を結んだ。莫大な結納金を支払って。
彼女は貧しいとはいえ伯爵家の出だけあって、教養やマナーも申し分なく、しかもオッティの好みの金髪碧眼の美人。公爵夫人として申し分がない令嬢であった。
そして結婚して八年ほどはカラヤント公爵夫妻は夫婦円満だった。
嫡男アンドレアの下にも息子一人と娘を二人授かって、彼らは大きな問題もなく過ごした。長い事子離れ出来なかった母親も、これ以上スキャンダルが出たらお終いだぞと夫にいい含められたため、嫁には優しく接していた。逃げられたら次はいないのだ。
隣国から嫁いできた妻のマーガレットは結婚してすぐに社交界へ夫と共に参加をしたが、言葉がまだ全く分からなかったので、ただ夫について回ってお辞儀をしているだけだった。そしてすぐに妊娠して、しかも悪阻が重かったので、その後長い事公の場に出なかった。
その間家庭教師をつけてもらったので、マーガレットは二年ほどで日常会話には困らなくなるほど語学が上達した。彼女はとても優秀で努力家だったのだ。しかし、そう間を置かずに次々と子供を授かった事で、マーガレットは社交界へ出る機会がほとんどなかった。
そしてそのうちにマーガレットは何か変だなと感じるようになってきた。彼女の実家があまり裕福ではなかったので、マーガレットもほとんど社交界へは出かけなかったので気付かなかったのだが、たとえ子供が小さくて夜会などには出られなくても、昼間のご夫人同士のお茶会ならば、お客様を呼んだり呼ばれたりするものではないのかと。
そこで義母にその話をすると、彼女はすっと顔色を悪くしたが、やがてこう言った。
「貴女が言葉の通じない異国の地で子育てに励んでいるので、きっと皆様遠慮なさっていたのでしょう。それではまず最初は、こちらからお客様を招待致しましょう」
その言葉に嫁はとても喜んだ。彼女は精一杯おもてなしをしようとあれこれと考えて、侍女達にきめ細やかに指示をした。
その後数回お茶会が催されたが、参加して下さるご夫人はいつも同じ顔ぶれだった。いつも上辺だけの社交辞令的な会話ばかりで、一向に親密になれない。しかも、他所のお茶会には一度も誘われない。
さすがにおかしいと思ったマーガレットは、突然の用事で義母が外出してしまったお茶会の日、これはチャンスだと、招待客に自分の疑問をぶつけた。もちろん誰にも言わないし、決して迷惑をかけないから話をして欲しいと。もうお茶会に参加したくないのなら、もう二度と無理なお誘いはしませんからと。
招待されていたご婦人達は皆困って一様に黙りこんだが、やがて一人の伯爵夫人がようやく重い口を開いてくれた。
いつも元公爵夫人から招待されてくるご婦人達は、親戚と商売上で付き合いがあって断れずに参加している家の方々だった。
そして何故付き合いたくないのかという事情を説明してくれた。とても言いにくそうに。
夫のこれまでの行い、そしてカラヤント公爵家の今の状況を知らされて、マーガレットは茫然自失となった。
名門公爵家の当主ともあろう方が、何故異国の貧乏伯爵家の娘なんかを高い支度金まで出して迎え入れたのか、ずっと不思議だった。何かあるとは思っていたが、まさか夫が女性関係でここまで悪評の高い人物だったとは。確かに容姿端麗で頭脳明晰、そして仕事が出来るとはいえ、婚約者がいながら他の少女につきまとい、婚約破棄されたら今度は復縁を迫ってロミオ化・・・・女性からすれば最低最悪な男だ。
「貴女はとても素敵な人だから、本当はこんな話はしたくなかったのだけれど」
「そうそう。私達はけして貴女の事を嫌ではないのよ。いえ、むしろ好きなのよ。いつも心を込めて接待して下さる事を知っているから。だけど・・・」
「ほら、元公爵夫人様がいつも側にいらして、余計な事は一切喋るなオーラを出しているでしょ。だから気軽にお話ができなくて」
今までよそよそしかったご婦人方が堰を切ったように話をし始めた。マーガレットだけでなく彼女達にもモヤモヤがずっと溜まっていたのだ。
貴族なら上辺だけの社交だって時には必要だが、本音を一切言えないような付き合いばかりでは心が疲弊してしまう。
「結局世間にばれなければいいのよ。これからは上手く付き合っていきましょうよ」
最初に説明してくれたご婦人の言葉にその場にいた全員が頷いたのだった。彼女は辛い真実と引き換えに、ようやく友人達を得たのであった。
その夜オッティと義父は領地に行っていて留守だった。義母も実家へ急用で出かけていたが、一泊して帰ると連絡があった。こんなチャンスは滅多にない。
マーガレットは夫の書斎に入り、机の一番上の引き出しに手をかけると、以前はいつも掛かっていた鍵が掛けられていなかった。彼女はフッと皮肉めいた笑いを浮かべた。最初は警戒していたのだろうが八年経ってすっかり油断をしているのだろう。妻は大人しく従順で、自分だけを慕っているのだと。
引き出しの一番上に置いてあったのは二枚の写真だった。取り出して見てみると、一枚は十二、三歳の少女の写真。もう一枚は十五、六歳の少女の写真。どちらも隠し撮りしたような写真で、彼女は思わずゾッとした。
そして彼女は間もなくして、写真に写っていた少女達が誰なのかを知った。長男アンドレアの入学式に参加した時、同じ新入生の中に、写真の少女とそっくりの少年を見つけたからである。
その少年の名前はべルーク=カスムーク。カスムーク男爵の二男で、母親の名前はロゼリア。かつて彼女の夫が追い回して北の辺境地に閉じ込めてしまった少女だ。
そして彼の病弱な母親の代わりに付き添っていたジェイド伯爵夫人が、もう一枚の写真の少女だった。夫の元婚約者で元筆頭公爵家のご令嬢。蔑ろにした挙げ句に婚約破棄された癖に、執拗に復縁を迫って迷惑をかけた女性。金髪碧眼のそれはそれは美しく気品溢れる女性だった。
マーガレットは気が付いた。夫が何故自分を選んだのかを。落ちぶれていようと一応伯爵家の娘で、そこそこの教養とマナーがあり、金髪碧眼である事。そう、自分は夫がかつて愛したあの二人の少女の身代わりだったのだと。
マーガレットは夫への愛情が一気に消え去ったのを感じた。しかし、夫は嫌いでも自分が産んだ四人の子供達はかわいい。子供達のためにカラヤント公爵家を守らなくてはいけない。役に立ちそうにない夫に代わってこの家の信頼を少しでも回復させなければならないと、彼女は固く決心した。
明日、最終章まで投稿します。