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2  初恋

「それにしてもなんという人混みなんだろう。まるで祭りのようだ。

 何故あんな父親そっくりな地味な男が人気なのだろう? 黒髪、黒い瞳で中肉中背、人混みに紛れたら探し出すのも難しいくらい平凡で地味な容姿なのに。まあ、能力は高いのだろうが、それだけではこの貴族社会ではやっていけないだろうに。

 やはり貴族なら私のように金髪碧眼でなければ。さもなくば栗毛色。黒髪? ふん!

 それにしても、カスムーク男爵家は本当に忌々しい。娘が生まれてすぐに己の主の息子と婚約させるとはなんて身の程知らずな・・・しかも娘を妻の実家の辺境伯の所に閉じ込めて、一切社交界へ出さずに隠していたとは、貴族としてあるまじき振る舞いだ。

 病弱だったなどと作り話に決まっている。うちのアンドレアに目をつけられぬように画策したに決まっている。

 もっと早く娘の存在を知っていたなら、どんな事をしてでも息子の妻にしたものを」

 

 オッティ=カラヤント公爵はブツブツと恨めしそうに呟きながら人混みの中を歩き続けた。彼のすぐ後ろに付いて歩いていた護衛は、その呟きを聞いてギョッとした。

 この国の英雄に対してなんて無礼な事をいうのだろう? 平凡地味だと? あの方ほど理知的で慈愛の心がそのままお顔に表れている方はいないだろう。きちんと短めに切り揃えられた黒く艷やかな髪、輝く大きな黒い瞳、鍛えられてバランスよい筋肉のついた体躯。凛々しく、爽やか、涼しげな容姿に誰もが心惹かれているというのに。

 その護衛は普段はご子息のアンドレアの護衛をしていたので、今日の花婿とは面識があった。何度か会話もしたし、ご子息を暴れ馬から守ろうと怪我をした時には、彼が駆け付けてくれてすぐ様癒しの魔法で治療をしてくれた。その上、その護衛の仕事ぶりをとても褒めてくれた。自分の家臣でもないのにだ。

 今まで、ご子息はともかく主の公爵からは、身を挺して守っても感謝どころか褒めてもらった事がないというのに。家臣なら主を守って当たり前。そう言われただけだ。

 しかし、あの聖女様はこう言ったのだ。

 

「この世に当たり前な事なんて何ひとつないんだよ。人にして頂く事に当然なんて事はない。だから誰かに何かしてもらったら感謝しないとね。友人を守ってくれてありがとう」

 

 と。護衛は思った。アンドレア様だけじゃなく、自分にとってもユーリ様が最も尊敬出来る方だと。

 それなのにあの方の大切な婚約者を息子の嫁にしたかっただと? なんとおぞましい事を言うのだろう。国民を敵にまわすつもりか? アンドレア様だって知ったら激怒して親子の縁を切るかもしれない。

 しかし、護衛はご子息の事は好ましく思っていたので、ご子息の心の平安の為にとりあえず黙っていようと思った。ただし、公爵がもし結婚式で花嫁に何かしようとしたならば、ただではおかないとそう決心した。

 

 カラヤント公爵は、自分の護衛が自分のことを今にも殴りかからんばかりに、後ろから睨み付けているとも知らずに、必死に教会へ向かっていた。

 

 彼はどうしても花嫁の顔を見たかった。何故なら花嫁の亡くなった母親は、彼の初恋の人だったからだ。

 花嫁の双子の兄は髪の色こそあの憎き父親と同じ薄茶色だが、顔立ちは母親に生き写しだ。男とは思えないほど超絶に美しかった。

 王家主催のパーティーでジェイド家の侍従である彼を見た時、あまりにも初恋の人そっくりで心臓が止まるのでは無いかと思う程驚いた。息子があれだけ似ているのだから、娘ならばもっと母親に似ているに違いない。会いたい、会いたい、会いたい・・・・・

 

 十二歳の時に彼女が辺境伯の家へ帰ってしまってから、ずっとずっと逢いたかったが、彼女は二度と都に足を踏み入れる事は無かった。いや実際はカスムーク男爵と結婚して都で暮らしていたらしいが、彼女が亡くなるまでそれを知らなかった。あの時のショックは言葉では言い表せない。

 公爵家の嫡男で完璧な貴族である自分を袖にしておきながら、たかが男爵ごときと結婚していたとは!(はらわた)が煮えくりかえった。

 

 その当時彼には婚約者がいた。それなのにその自分の婚約者の友人を追いかけ回していたという事実など、何処かはるか遠くに吹き飛んでいた。

 

 大切な友人の婚約者に目を付けられ、執拗に交際を求められたせいでその少女がどんなに辛い思いをしたかなんて、彼は想像した事もない。そのせいで彼女が辺境地に引きこもる事になったのだとは考えてもいない。そのせいで彼女の精神に酷いダメージを与えていた事にも当然気付いていない。

 そんな心身ともに病んでしまった初恋の人を救い出したのが夫となった男爵だったなんて、もちろん知る由もない。彼女の古傷が再度開いて正気を失った為に、彼女の夫と子供達がどれ程過酷な日々を過ごしてきたかも・・・・・

 

 □□□□□□□□□□□□□

 

 

 カラヤント公爵のオッティと現在イオヌーン公爵となったアグネスト、そして彼の初恋の人のロゼリアは同い年。そしてアグネストの姉グロリアスとアグネストの婚約者であったアンリエットは一つ年上で、五人は幼馴染みだった。

 

 アグネストとアンリエットは幼馴染みであると同時に生まれた時からの婚約者同士だった。まあ当然の事ながら政略的なものだったのだが、運良く二人は相性が良く、とても仲が良かった。

 

 ところがもう一つの政略カップルは相性がいいとはとても言えなかった。そう、オッティとグロリアスも同じ公爵家の子供で、物心付く前から婚約者同士だった。こちらの方ももちろん、親によって勝手に決められた婚約だった。

 とは言え、オッティとグロリアスが仲が悪かったという訳ではない。オッティは本人が思っているように金髪碧眼で麗しく愛らしい容姿と、優れた運動能力と頭脳を持っていた。

 そしてグロリアスも何もかも彼を上回るほど優秀で、美人で、その上癒しの公爵家の娘らしく、強い癒しの魔力を持つ完璧な少女だった。

 二人は友人としては互いにリスペクトし合ってはいた。だが、それが恋愛感情ではなかっただけである。

 

 そしてオッティが七歳の時、とある侯爵家のパーティーでロゼリアと出会った。

 婚約者と同じ金髪だったが、婚約者のきつそうな碧眼とは違って優しい薄水色の瞳。雪のように真っ白な肌、そしてピンク色に頬を染めた少女は、まるで薔薇の妖精のように光り輝いていた。

 彼と共に参加していた母親にその少女が誰かと尋ねると、カルストード侯爵のご息女であるフリーゲン辺境伯夫人の娘ロゼリア嬢で、里帰りした母親と共に今都の祖父母宅に滞在しているという。

 一目で彼は彼女に恋をした。初恋だった。

 

 そしてその初恋の相手であるロゼリア嬢は、なんと自分の婚約者の幼馴染みでとても仲が良かった。普通なら婚約者の友人にむやみに近づいてはいけない、過度な接触は控えなければならないと考えるだろう。しかしオッティは違った。

 せっかく婚約者の友人なのだから彼女に会えるチャンスとばかりに、今までは避け気味だった婚約者宅への訪問もまめになり、子供の為に開かれるパーティーにも婚約者グロリアスのエスコート役として積極的に参加した。もっとも、ファーストダンスだけはいつも婚約者と踊ったが、それ以降はロゼリアと踊りたくて必死になってはいたが。

 

 最初のうちはそんなオッティの様子を、まだ子供だからいつかその初恋の熱も冷えるだろうと大目に見ていた大人達も、彼が十歳を過ぎてもその態度を変えなかったので、流石にこれは世間的にまずいだろうと思い始めた。

 オッティの両親は当然の事ながら息子に何度も厳しく注意をしたし、幼馴染みで婚約者の弟であったアグネストからも注意を受けた。そしてそのアグネストの婚約者でグロリアスの親友だったアンリエットからはメチャボロに貶され、妨害され続けた。

 まあ婚約者のグロリアス自身はオッティがロゼリアに夢中になるのも致し方ない事だと思っていたようで、特に何も言わなかった。逆にあのロゼリアに夢中にならない男の子の方がおかしいとさえ思っている向きがあった。

 

 しかし、である。婚約者グロリアスがどう思っていようが、ロゼリア自身がそれを良しとはしなかった。

 ロゼリアはオッティの事なんて好きでも何でもなかった。いや、婚約者がいる身でありながら自分に言い寄って来るような男を毛嫌いしていた。 

 そして、彼からグロリアスとは婚約解消をするから付き合って欲しいと言われたロゼリアは、大切な友人の婚約者に懸想(けそう)されるなんて!と恐れ慄き、すぐ様辺境伯の自宅へ帰ってしまった。

 オッティは何度も手紙を出したが一度も受け取ってもらえず、当然返事も返ってくる事はなかった。

 

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